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RSSフィード [61] 即興三語小説 ―「作品できませんでした」ってレスをつけてもいいか?
   
日時: 2012/02/12 23:13
名前: RYO ID:kEsqAJ2g

 出来なかった宣言をするべきかもしれない。
 参加したい人の把握のために。

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●基本ルール
以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。

▲お題:「トリュフ」「あんこう」「あしたは雨だって」
▲縛り: なし
▲任意お題:なし

▲投稿締切:2/19(日)21:59まで
▲文字数制限:6000字以内程度
▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません)

 しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。

●その他の注意事項
・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)
・お題はそのままの形で本文中に使用してください。
・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。
・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。
・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。

●ミーティング
 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。
 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

●旧・即興三語小説会場跡地
 http://novelspace.bbs.fc2.com/
 TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。

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○過去にあった縛り
・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)
・舞台(季節、月面都市など)
・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)
・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)
・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)
・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)
・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)

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 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ!
 それでは今週も、楽しい執筆ライフを!

メンテ

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『雨だれ』 ( No.1 )
   
日時: 2012/02/15 20:06
名前: 沙里子 ID:BpSXFJz.

 如月さんのことを思いながらまばたきをしたら、一粒の涙がこぼれた。
 落下してゆく雫をてのひらにつかまえても、ゆびのすきまからまたこぼれだし、糸水のようにただゆるゆるとどこまでも引きずられてゆくのを、どうすることもできずに眺めていた。
 窓の外は夜。雨の夜だった。けぶる煙がちいさな浴室を満たしていて、わたしの白い裸体をあまやかにつつんでいる。浴槽の底にはいろんな色のビー玉が敷きつめられていて、ふむたびに足の裏がにぶくいたむ。流れ出ようとする湯をせき止めていた栓をひきぬくと、ガラス玉たちが音を立てて水の底に落ちていった。すこしずつ減っていく温水に浸りながら瞼の裏にショパンの雨だれをえがいた。足元に音の、光の粒が降りつむ。濃い橙や淡い檸檬いろの光の層ができてゆく。
 この曲を教えてくれたのは如月さんだった。三鷹の天文台を見学した帰り道、如月さんは並んで歩きながらそっと片耳のイヤホンを貸してくれた。
わたしたちは同じひかりで鼓膜を震わせながら、いま見たものたちをゆっくりと思い出していた。太陽と月、星とブラックホール。彗星。銀河。
「なにかあたたかいものがたべたいですね」
 如月さんが言った。
「スープとか」
「前、読んだ本に魚のスープが出てきたんですけど」
「魚の」
「ふかいところにいる魚の」
「リュウグウノツカイとか、ですか」
「あんこう鍋もいいですね」
「鯛がたべたい」
 とぎれることなく鳴り続けるピアノの淡い音にのせてぽつりぽつりと、会話ともひとりごとともいえないような意味のないことばをうみだしてゆく。結局ふかいところにいる魚のスープは飲まなかった。かわりにつめたい果物を買い、その場でふたつに割ってほとばしる清冽な匂いを肺いっぱいに吸いこみながらふたりで食べた。さむさで指がまっ赤になった。
 如月さんがあまいものをたべたいと言ったので、材料だけ買って如月さんの家でチョコレート菓子をいくつかつくった。クッキーと生チョコとトリュフと、ひととおりつくってお腹におさめたあと、「そういえばもうすぐ十四日ですね」というと如月さんも「そういえば」と頷いた。
「最後に、なんだかふつうっぽいことしましたね」
「ふつうとは」
「チョコレート、つくって食べたじゃないですか」
「それが、ふつう」
「そう。なんだかふつうの恋人同士みたいで」
 それからなんだかしんみりしてしまって、互いに何も言わないまま後片付けをして別れた。家に帰っても指先にはまだ果実のにおいがのこっていて、爪の先を舌で舐めているうちにだんだん悲しくなってきて、それでも指を噛んでいたら血が出てきた。鉄の味と柑橘の香りと如月さんの気配とすべてがないまぜになって、銀河、とほうもなくふくらみつづけてゆくこの世界で今夜もまた一対の恋人たちが別れた、そんなふうに考えるとすこしだけ楽になって、でもこらえきれずに一粒だけ涙をおとした。
 くるぶしまで埋もれた光の結晶は、瞼をあけると嘘のように消えてしまった。とたんに流れこんでくるのはさやさやという雨音。
 如月さんは雨が好きだった。ラジオの天気予報で雨のしらせを聞くたび嬉しそうに、あしたは雨だって、とわざわざ言いにくるほど、如月さんは雨が好きだった。思いでのなかの如月さんに、そうですね、よかったですねと返し、目を瞑った。浴室に雨の音がひびいている。均質に、ひそやかに。くちのなかでそっとつぶやいた。
 ねえ、如月さん。雨が降っていますよ。



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即興で一時間弱。1444文字。
久々の三語楽しかったです、ありがとうございました。

メンテ
ある日、チョコレートが降ってきた ( No.2 )
   
日時: 2012/02/16 22:16
名前: zooey ID:R0GIaQio

明るいリビングに少年が一人。手に持っているのはバレンタインにもらったチョコレートの箱だ。それは水玉模様の包装紙に包まれ、ピンクのリボンがあしらわれていて、リボンには丁寧な字で書かれたメッセージカードまでついている。まるで小さくて可愛らしい、一つの作品のような箱だった。
 彼はその作品を、ちょっとの間眺めていたが、すぐに給食の牛乳パックを潰すみたいにして、あっさりと紙を破って箱を開け、その中身に目を落とす。と、そこには――まるで小さな宝石みたいなきれいなトリュフチョコレートが三つ、礼儀正しく並んでいた。彼はその中の一つを、寒さや、乾燥で赤くなった指でつまむと、ぱくりと口に含む。と――トリュフチョコのくせに、固っ。その繊細な見た目とは正反対に、歯で噛み砕くのはもはや不可能に思われる強靭なボディを持つトリュフらしきチョコを、仕方なく口の中で溶かしていく。一つ目を溶かしきるのに、三十分かかった。二つ目も同じように、口の中で溶かしたが、三つ目になると、もう、口の中自体がチョコになってしまったように、甘ったるくて、気持ち悪い。もう食べたくなかった彼は、宝石みたいなチョコに見つめられながら、考えた。――と、ポケットの中でケータイが鳴り始め、出る。学校の友達だ。
「うん……、うん……」
 友達が話すのに合わせて、相槌を打ちながら、チョコをつまむ。
「そう、あしたは雨だって、天気予報で言ってたよ」
 そう言いながら、つまんだチョコを、観葉植物とか枯葉なんかが入った水槽にぽとりと落とす。
 その水槽の中には、一匹の、コノハカメレオンが住んでいた。小さくて精巧な模型のように固まっていた彼の前に、突然、茶色い物体が降ってきたのだ。驚きで、一瞬、ピクッ、と後ずさった彼は、片足を上げた状態で再び模型に戻る。そして、目だけキョロっと動かして、目の前に現れた物体を確認する。しばらく、じいっと見つめたまま固まっていたが、どうやらそいつは動く気配がない。見つめているうちに好奇心がぽつりと胸で輝き始めた。未だに彼は片足を上げたポーズのままでいたが、次の瞬間、さささっ、と動いて茶色い奴に近づいてみる。そして、ぺろりと長い舌でなめてみると――それはまるで天国の味だった。突然、目の前の世界が輝きを増して、心にも輝きが増して――彼はぺろり、ぺろりとチョコを全て食べてしまった。
 その日を境に、彼は上を見つめて過ごすようになった。もう一度、あの天国の味に出会いたい。彼は、ぱっちり開いた目を上へ向けて、ずっと、幸せが降ってくるのを待っていた。
 月日は流れた。その間、晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雪の日も、台風の日も、いろんな一日が過ぎていった。しかし、彼はそんな変化とは無関係の、無機質な世界の中、ただ、ひたすら、待ち続けた。
 少年はどんどん成長していき、毎日いろんなものを食べた。ハンバーグ、寿司、あんこう鍋、スパゲッティ、野菜炒め、それにアイスクリームやクッキー、チョコレートなんかを。
 カメレオンは、毎日、毎日、与えられたコオロギを捕まえて食べた。でも、どんなにコオロギを食べても、彼の心は満たされなかった。彼の待ち続ける天国の味は、いつまでたっても現れなかった。
 そして、彼は年を取った。もうコオロギすら食べることができなかった。それでも待ち続けた。せめてもう一度、一口だけ、あの甘い幸せに包まれてみたい――
 それから間もなく、彼は動くこともできなくなった。足を動かそうとしても、それは鉛のように重い。目がかすんで、観葉植物の緑も、枯葉の茶色も、白い膜の向こう側に行ってしまった。彼は上の方を仰ぎながら、悟った。これが最期なんだと。――その時、
「そう、あしたは雨だって、天気予報で言ってたよ」
 ふいと、そんな声が聞こえてきた。そして、かすんだ目で、それでも、はっきりと、見た。あの茶色い奴が、天国の味が、上から降ってきたのを。

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時間内に書き終えました。このくらいの尺がちょうどいいのね。
前に書いた「せみ」に似てしまった気がします。

メンテ
安らかに雨よ降れ ( No.3 )
   
日時: 2012/02/19 21:55
名前: ラトリー ID:EOcBxFtU

 正午前の白い空。雨が降り始める前の、湿って鼻につんとくるあの匂いが、ベランダに出た少女を戸惑わせる。
 きっと晴れてくれるって、思ってたのに。苦しい時だけむやみに頼ろうとする神様が、少女に現実を教えようとしてくれたのかもしれない。
 学校を休んだ日は、平日なのにベッドに入っている時間が長いからか、起きてからも自分がまだ眠っているのではないかと錯覚するようなことが多い。体育の時間に気分が悪くなって、保健室で横になっても同じような状況になる。
 もう身体は充分元気なのに、布団を抜け出て冷たい床に足を下ろすと、まるで夢の中をさまよっているように不安定な感覚にとらわれる。一歩、また一歩と足を進めてみても、頭の中はぼんやりとして、まともな考えをいつまでも抱けずにいる。
 それでも、思考の片隅にある意思がわずかな力をふりしぼって、少女の身体をベランダへと運んだ時、彼女は自然がもたらす強烈な臭気によって気づかされる。今日が特別な日だと。今ごろ学校では同年代の少年少女、誰もがみんな恋の駆け引きに励んでいるのだと。いやおうなしに理解させられる。
 せめて晴れてくれてたら、一年前を思い出さずにすんだのに。
 あの、今にも泣き出しそうな空の下、泣き出しそうな意気地なしの心を隠して、頭二つ分も背が高い憧れの先輩に差し出したトリュフチョコレートは、愛想笑いと短いお世辞だけで軽そうに受け取られ、二度と帰ってこなかった。想いもまた、同じように。
 そして翌日は大雨で、少女は学校からの帰り道、傘もささずにずぶ濡れで帰った。しきりに目をこすっていたのは、ゴミが入ったからではない。ただ、目の中にあるものを早く追い出したくて、雨の中を濡れて帰ったのは間違いなかった。
 ベッドのわきに置いたイヤホンつきケータイからは、慰めの音楽が流れ続けている。すでに何百回とリピートしたお気に入りの歌手は、そんなこと誰にでもあるじゃん、なんて楽しそうに歌う。楽しそうに歌えるのは、それだけ悲しいことを経験していることの裏返しだ。自分はそこまで強くなれるだろうか。少女の小さな胸には、不安ばかりが募る。
 部屋へと戻り、ガラス戸を閉めた。とたんに外の雑音が断ち切られて、イヤホンからこぼれ出す歌声だけの世界となる。少女は目を閉じ、両手を頬に当てる。今ここにいる自分だけが真実で、すべてなのだと、強く、強く心に言い聞かせる。
 他の誰でもない、自分だけがありのままでいられる場所。ここで眠ったり、本を読んだり、音楽を聞いたり、パソコンやケータイで見知らぬ人たちとつながっている限り、自分は無敵だ。誰にも負けない。誰にも邪魔されない。真の意味で自由なのだと。
 そうやって安心したところで、今度はお腹がすいてくる。朝ごはんを食べず、今日は休む、とドアの向こうの母親へぶっきらぼうに告げたのが朝の七時。それから四時間以上も経って空腹でないはずがない。晩ごはん何だっけ、と言いたげな顔で人さし指をあごに当て、部屋の中をぐるぐると回る姿からは、先ほどまでの憂いを見てとるのは難しい。
 歩き回るうちにイヤホンを取り、耳に押しこみ、鼻歌さえ歌い始めながら、最後にパソコンのある場所へと落ちつく。椅子に腰かけ、ふんぞり返り、電源を入れてディスプレイに顔を近づける。今さら眼鏡をしていなかったことに気づいたらしく、あわてて立ちあがって勉強机に向かった。
 レンズの小さい、ふちの太い眼鏡は少女のつぶらな瞳によく似合う。一年前、先輩に断られた日からの涙を受け止めてばかりいたレンズは、今や彼女の新たな魅力を発信するのに大いに役立っているようだった。
 パソコンが起動すると、少女はさっそく晩ごはんの食材で検索をかける。何だっけ、そうそうあいつだ。うちの家にいる化け物によく似てるやつ。あんまり表面がぶよぶよぬるぬるしてて切りにくいから、特殊なやり方が必要なんだった。
 えーと、吊るし切りだ。下あごにフックを引っかけて吊るして、口から水をしこたまぶちこんで膨らませる。で、身に張りが出たところへ一気に刃を入れる。いい方法じゃん。すごくきれいに解体できる。あいつにこうやったらさぞうまいことバラバラになるんだろうな。でも鍋で煮込んでもまずそう。魚ですら鍋の食材でおいしく仕上がるってのに、あいつはいったいナニ様? ああ、アニ様だった、考えるまでもなかった。
 そんなことを言いたげなニヤニヤ顔で画面へ向き合っていたと思ったら、ちょうどディスプレイの反射でこちらの存在に気づいたらしい。

「えっ……は? 何やってんだよクソ兄貴」
「何って、寝てて暇だからちょっと来てみた」
「学校はどうしたんだよ、ずる休みすんなよ」
「お前と同じくインフルエンザだ。仲がいいな、はは」
「笑うんじゃねーよ、きめえんだよ。勝手に開けんなって言っただろうが」
「ノックしても返事がないから、心配になったんだよ。ほら、ちょうど一年前――」
「あー、うっさいうっさい! 二度とその話すんな。だいたいお前のせいだろうが。あの時先輩に告って絶対うまくいくはずだったのによ」
「その先輩、女の子同士はさすがに無理だって言ってたじゃないか。この話もう何度目だよ。お前もいい加減あきらめて、もっと自分にふさわしい相手を見つけないと」
「だーむかつく! あんこう顔のクソ兄貴に言われるとすっげーむかつく! てか勝手に入ってくんなよ、いつから見てたんだよ」
「そりゃもう、ベッドで『お兄ちゃぁん……』と愛しげにつぶやくところから――」

 道化とは悲哀である。ピエロのメイクが白塗りに赤く大きな笑みを浮かべ、それでいて大粒の涙を貼りつけているのは、笑いすぎて目がにじんだからではない。泣き疲れて自嘲自虐に走ったからでもない。おそらく、もっと内面的で永続的なものだ。
「二度と入ってくんなよ、クソあんこう!」
 部屋を追い出されたあげく、ついに兄とさえ呼ばれなくなってしまった。反抗期にしてもとがりすぎの妹を持つと、世の中にはこのような女子しかいないのではないかと暗澹たる気持ちになってくる。もちろん考えすぎなのであるが、学生の世界とは狭く濃密である。早く世間へ飛びだしたいという衝動と裏腹に、いつまでもこのぬるま湯に浸っていたいという思いもないわけではない。
「ああ、何だあんた、起きてきてたの。元気そうじゃない。昼ごはんの準備するから、ちょっと手伝ってよ」
 二階から下りてくると、さっそく声をかけられた。見れば見るほど、小学生のころ図鑑で見たあんこうそっくりの母が台所で包丁を振るっている。振るわれるのは母の側ではないか、と思いかけて、笑えない冗談にとりあえず心の中で笑っておく。もしそんなことになったら、母の顔面遺伝子をそっくり受け継いだ兄と妹も無事ではすまないだろう。
 居間のテーブルに投げ出されたビニール袋を横目に見て、今晩の食材がきちんと買われていることを確認する。すでに切り身になったあんこうは、鍋に放りこまれるのを今か今かと待ちかまえているように見える。いや、自分自身の食欲がそうさせるのか。
「何やってるの、早く来なさい。お昼食べたくないの?」
 母にせかされ、しばらく手伝いに動きまわる。居間のテレビがお昼のニュースを始め、ちょうどいいBGMになると活動に精が出る。下がりきっていない熱を帯びた身体で食器を並べていると、どたどたと階段を下る音が聞こえてきた。
「ああ、ちょうどいい所へ来た。あんたも手伝いなさい、めずらしくお兄ちゃんもその気になってるんだから」
 妹は母と兄の顔を見比べ、みずからの頬を両手でつかんでつねっていたが、観念したように手伝いの列に加わった。本当は愛嬌があって可愛いのに、それを自分で気づいていない。自分で気づかなければ意味がないから、兄はいつまでも黙っている。
「そういえばさ」
「何だよ」
「……あしたは雨だって。一日中」
 ニュースで知ったことをさりげなく告げて、反応をみる。
「あっ、そ」
 予想通り。やはりちょっと寝起きが悪いだけなのだ。うちの妹は。
「二人とも、さっさとそこどいて。お皿運べないでしょ」
「はーい」
 テーブルにつき、あんこうに似た三人の昼食が始まる。
 雨が降り始める前の大地の匂いが、どこからか漂ってきていた。


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 一時間半くらいのお話です。何だろう、これ。

メンテ

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