Re: 即興三語小説 ―「温度差」「逃がす」「祭」 〆切7/8まで延長します ( No.1 ) |
- 日時: 2018/07/08 22:30
- 名前: もげ ID:8.movsac
藁葺き屋根に白羽の矢が立った。 その小さな矢尻が私達をばらばらに切り裂いたんだ。
蒼乃と菊枝と宗次郎は、いつも三人一緒だった。小さな村だから同じ年頃だってだけで特別な意味はなかったのかもしれないけれど。とにかく、何をするにも一緒だった。 蒼乃は庄屋の娘で、器量もよく利発だった。ぐいぐいと引っ張っていくお姉さん気質で、とんまな私はいつもあおちゃんあおちゃんと言いながら追いかけていた。活発で太陽のような笑顔のあおちゃんが私は大好きだった。 宗次郎は村医者の次男坊で、いつもにこにこしていた。私やあおちゃんが怪我をするとしょうがないなぁって顔をして家からこっそり持ち出した薬を塗ってくれた。 私はというと、農家の4番目の子どもで、のろまで不器量。あまり頭も良くなく、溌剌としたあおちゃんとそうちゃんが羨ましくもあり、また、その二人の仲間というのが誇らしくもあった。 14歳になる今年、13年に一度という大きなお祭りが行われると聞いて、私達の話題は専らその話でもちきりだった。 「お屋根に白羽の矢が立ったら、そこの娘が今年の姫巫女様になるんだって」 あおちゃんはさすが庄屋の娘とあって、村の事情には詳しかった。 「姫巫女様は何をするの?」 私が聞くと、あおちゃんはぐいっと顔を近づけた。長いまつげが触れそうに近くて、同姓なのに少しどきどきする。 「姫巫女様はお祭りの主人公なのよ。綺麗に着飾って、お神輿に乗って村中をまわるの」 「へぇー」 私はあおちゃんがお嫁さんのような格好をしてお神輿に座る姿を想像した。 「でも誰がその矢を射るの?」 そうちゃんが尋ねると、あおちゃんはそっちに振り返った。 「そりゃあ神様じゃないの?神様が一番のお気に入りを決めるのよ」 「へぇー」 それじゃあきっと選ばれるのはあおちゃんか、川上に住む二つ年上の俊江姉さんかなぁなんてぼんやり思った。 「お祭りに向けて新しい浴衣を作ってもらってるの。菊枝も浴衣を着てくるでしょ?」 どうかなぁ、と私は首を捻った。新しい浴衣を仕立てる余裕はもちろんうちにはない。姉のお古があるけれど、母は既に他界していたし、姉たちが着付けてくれるほど暇があるかどうかはわからなかった。 「きくちゃんも浴衣着れるといいね、きっと可愛いよ」 そうちゃんがにっこり笑ってそう言うと、私はなぜかどぎまぎして思わず下を向いてしまった。「あおちゃんには敵わないよ……」 そう言ってちらりと見上げたあおちゃんの表情が何を表しているのか、その時の私にはわからなかった。
そしてその日、白羽の矢が立ったのは私の家だった。 その上、姫巫女様に選ばれたのは3人の姉ではなく、私だった。お前が今年の姫巫女様だと言われたとき、今まで何かの一番に選ばれたことのなかった私は、誰かに「選ばれた」ということに有頂天になっていて、家族に笑顔がないことをまったく不思議に思わなかった。 すぐに真っ白な絹の着物と装身具が運ばれてきて、村のおばば達が着付けと化粧を行った。いつもと違う自分の姿に私はすっかり夢見心地で、今日一日は神様に与えられた特別な日で、明日になればすっかり元通りになると信じて疑わなかった。 綺麗な服を着てうきうきしていた私と、涙をこらえる家族との温度差を、私はまだその時気づいていなかったのだ。
じきに、迎えのお神輿が家の前までやって来て、私は一抱えほどある大きな鏡を持たされて輿に乗り込んだ。大きな鈴を鳴らす人や幣のようなものを振る人達と一緒に、しずしずと村をまわっていく。 お神輿の御簾の隙間から外を眺めていた私は、途中であおちゃんとそうちゃんが並んで立っているのに気付いた。 思わず声をあげそうになるが、そうだった、今は私はお姫様だからそんなはしたない真似は出来ない。お神輿に乗っているのが私だと気付いていないのか、二人は何だかとても暗い表情でこちらを見つめていた。その表情を見たとたん自分が選ばれてしまったことに少し後ろめたい気持ちがした。あおちゃんは自分が選ばれると思っていたかもしれない。 そうやって二人の前を通りすぎてしばらくすると、お神輿は村の外れの洞窟の前につき、私は降ろされた。いつもは立ち入り禁止の洞窟の中に、女性数人と入っていくという。 私は大きな鏡を両手で捧げ持ったまま、促されるままに暗く小さな穴を進んでいく。後にぴったりと人がついていたので進む先に不安はなかったが、両手が塞がっているため足元はとても心許なかった。 入り口の人の気配を感じなくなるほど歩いた頃、先の方に光が見えはじめた。ほどなく、潮の香りと冷たい風がこちらに流れ込んでくるのを感じる。光が次第に海を望む空の景色へと変わっていくにつれて、私は落ち着かない気持ちになってきた。 この先にあるのはきっと断崖だ。そう思った瞬間、私は悟った。なぜ、今日私を見る人は皆暗い表情をしていたのか。なぜ、私は両手が不自由な状態で隊列の先頭を歩いているのか。なぜ……。 理由は何となくわかった。『誰か』が選ばれねばならなかった。それは慣習という名で行われる村の浄化の儀式だった。共同体の秩序を守るため、13年に一度、村は一人の人間を間引く。悪い芽を摘むときもあっただろうし、そうでない場合は“育ちの悪い”蕾を摘む場合もあるのだろう。それに理由は他にもあった。来年一番上の姉がお嫁に行くことになっていた。結婚にはお金がかかる。村全体の食い扶持を確保するためにもある程度の口減らしは必要だったんだと思う。 でもそれが私だった。神へと捧ぐという美しい大義名分を与えられて、私は村に殺される。 神様なんているとは思えなかった。龍神様のお嫁に貰われると信じられればまだ救われたかもしれないが、そこまで私は子どもでもなかったし、全体主義に殺されて良しとするほど大人でもなかった。 ちらりと視線だけで後ろを窺うと、ぴたりと後ろについた付き人の持つ杖が目に付いた。先端の鋭い金属は飾りではないようだった。人一人すれ違えぬ細い道。逃がす気はないということか。私は絶望的な気持ちで足元に視線を落とした。 あおちゃんは知っていたのだろうか。私が殺されるということを。もしかしたら知っていたのかもしれない。あおちゃんは庄屋の娘だから。それでも止めなかったのはもしかしたらそうちゃんのことがあったからかもしれない。そうちゃんが私の浴衣姿がきっと可愛いよと言ったから。あおちゃんは知らない間に大人になっていたのかもしれない。私だけが子どもだったんだ。だから未熟な私は永遠に子どものまま時を止められる。 そうちゃんは私を助けられるほど大人ではなかったし、全てを投げ打って助けてくれるほど私を愛しているわけではなかったと思う。 そうか、と思った。村の総意で私は殺されるのだ。今ここから逃れられたとて、私には生きていく術がないのだ。 ついに断崖の縁に立って、私は目を閉じた。もはやなす術はなかった。 涙が足元に落ちた瞬間、誰かが私の背中を押した。 ふわりと足が浮いて、重たい鏡が私を海の底へと連れ去っていった。 (おわり) ---------------
久々に投稿したのになんだかとんでもなく暗い話になってしまいました。 もし気を悪くされたら申し訳ありません。
|
|