黄昏の船 ( No.1 ) |
- 日時: 2015/01/13 01:35
- 名前: 海 清互 ID:jNzKyqWM
「クローン羊ドリーから、コピーキャットCCまで、21世紀までにやり尽くされた研究は、結局倫理の壁を超えてクローン人間を生み出した。それらはクローンであるにも掛からず、いや、クローンだからこそ、CCと同じく『個性を持った』人間へと成長した。もちろん彼らは体内に埋め込まれたIDタグによって管理され、近親交配を禁じられた。言い方を変えれば彼らは恋愛を禁じられたと言ってもいい。そもそも彼らのような存在はそもそも大した教育を施されずに生まれて死ぬまでプランテーションで働かされたのさ。そう。ずっとずっと旧時代の流用だ。ああした制度を何度も作ってしまうのが人間の悲しい性さ」 ジョン・ディーはそうひとりごちた。夕闇の光が輝く海辺で、この周辺を回る世界のことを考えた。 ダナはそれを聞いて、とても悲しそうな顔を浮かべた。それは演技かもしれないとダナは思った。 天井には樹木の枝が敷き詰められており、その隙間には水面の反射光が揺らいで見える。夕日は空を指さし、海鳥がその光を浴びつつも太陽の方へとは決して振り向かず、高空を横切ってゆく。 ダナの名前は、旧約聖書から取られた名前でないことを知った。それは世界を覆うキリスト教とは別に、大地の名前を残すダーナ神族から取られたと聞いた。それを知ってダナは大いに喜んだ。きっと私には地の神様がついてらっしゃるのだわ、と。 ジョン・ディーの名は16世紀の錬金術士からである、とジョン自身は語った。ダナは最初それを聞いて、よく似合ってらっしゃると頷いた。訝しげな表情も、顎に手を載せる仕草もそれっぽいと思ったのだ。
奴隷制度と言っても過言ではないそんな制度が長続きするはずもなく、遺伝子は交雑し、劣性遺伝により多くの奇形が生まれた。遺伝子提供者は自分の分身が奴隷扱いとなることをよしとせず、その為に5000人程度の数少ない提供者の胚よりそれらは作成された。中には同じ胚を操作して男女に区分けたものも有り、実質上近親者と言っても差支えがなかった。もちろんCCの例に則ってそれらは外見上の特徴は似ても似つかず、性格も個別に存在したため『生殖する情緒=恋愛』そのものに深刻な影響を及ぼすはずもなかった。同じ遺伝子の中でもいじめられるものは存在したし、特に任命もされていないが実質上のチームリーダーとして活躍するタイプも居た。 問題は奇形たちにあった。異様な大きさに成長した巨人症の子供、脳が2つに分裂したまま死んでしまった胎児。それらは管理側の遺伝子実験の材料とされ、多くは倫理的な法律の適用など成されないまま死んでいった。 そんな中にジョンは居た。 ジョンは外に居た人間たちにその情報を公開するやいなや、管理者側と敵対する資本の味方につき、管理者側の体制と内情をリークした。世界にその情報が浸透するに従って、管理者側の提供するサービスや食料に対して非難の声が上がったが、多くの人間はそれをボイコットすることを選ばなかった。インフラ化した管理者の利益を破ろうとするものは一人も居なかったのだ。否、それが利益であるかどうかではなく、それを破壊すれば労働階級と支配階級の層が今のように二層ではなく、それこそ21世紀までの社会のように多重階層化する事が皆分かっていたからだ。 当然のように開かれた裁判においてジョンは管理側の不義を訴えたが、それは根回しによってことごとく退けられた。ジョンはこのことを支援派の資本に報告したが、コングロマリット化する支援派企業はポーズのみの反対派であり、ジョンの訴えの内、使えそうなものだけをチョイスするように進言し始めたのだ。
ジョンは焦った。このままでは管理側だけでなく支援側にも潰されてしまう。連中は間違いなく管理側と裏でつながっている。 夜中研究データと管理側の資料を自宅から持ちだしたジョンは、虹色に輝く反重力部を持つ車両に乗り、マニュアルモードで起動した。こんな小細工が通じるような連中ではないことを知りながら全くどことも通信していない時計を取り出すと時刻を眺めた。 駆動音が静かに車内へと伝わると、オレンジ色のラインがスライド・ドア側に浮かび上がったが、ジョンはそれをすぐに切ってしまった。超高層ビルのライトアップが深夜にもかかわらず上空を貫いおており、帰路につく空中バスが時々映しだされる。 ジョンは研究所のことを思い出した。あの狭い一室でジョンはDNAの塩基配列を組換え、今ある生物と植物の垣根を取り払うことを考えていた。その考え方が単なる実験の域を出ず、倫理にまで踏み込んでしまうことは全く度外視したままだった。実験はある程度の成功を見せ、ジョンによって生まれた第一子は小さな奇声を上げたまま、シャーレの中で死んでしまった。バオバブと人間の遺伝子を組み合わせたその子はマンドラゴラと名付けられ、死んでしまったにも関わらずジョンはひどく興奮した。未知かつ謎の化学反応に違いないとジョンは乱雑にノートした。 車両の中でジョンは脂汗をかいた。その時喜色を浮かべてしまった自分に対してと、おそらく逃走を予期してくる追手に対してである。 殆ど帰りの車両しか存在せず、通勤用滑走路に人が居ない時間帯であることを見越して、ジョンは反重力航行を有効にすると森林保護地区へと向かった。
ジョンは植物に囲まれていた。管理者側の区域内部、森林保護地区に作られた秘密の場所。そこにはマングローブやヤドリギ、蔦植物系の生命力の強い種が生い茂っている。周囲は青臭い空気に満ちており、閉めきっているはずであるのに昆虫がどこからか入り込んでいる。しかし計器類やコンピュータ類の周囲は不自然なくらい何も生えていない。 「こんばんはジョン博士」 ジョンはその問いかけにニッコリと微笑むとコンピュータの前に膝を組んで座り込み、モニターされている『彼女』の状態を一目して午後のゆりかごに揺られるように言った。 「もう、制御は必要ないね、ダナ」 植物の一部に面長の顔が現れており、一部の柔らかい枝はゆっくりと動いている。 「はい、博士。しっかり捕まっていてください」 彼女は博士の言葉を聞くが早いか、身体を変化させ、天井を破り、地上へと幹を伸ばした。 数分の内にみるみる伸びてゆく幹は一定の上空で止まり、幾度か折り返しては編み込まれ、四角い形をかたどってはまた折り返し、近くにある泉を巻き込んではミシミシという音を立てながらストライプ状の籠を形成してゆく。一つの部屋ができるとそれを連結する幹が部屋同士をつなぎ、もう一つできるとそれをつなぎ、ダナは全体として楕円形状の形を形成した。 揺れ動く木の中で捕まっていたジョンだったが、やがてステルス施設をも破壊したその大改築が終わると、目の前の端末に反重力モードを入力した。 「はるか昔にマインクラフト、ってオンラインゲームがあったらしくってね。記憶装置を作ってしまった奴だって居る。仕組みというのは、木でだってできるものさ」 ジョンがそう言うと、ダナは外側の枝からわざと水分を抜き、幾多も絡んだ枝は数十分の内に紅葉となった。反重力装置を入れた大樹の船は、紅葉を輝かせながら誰もいない秘密の区域より離脱し、月明かりを受けながら大気圏を抜けると、酷寒の海である宇宙空間へと乗り出していった。
ダナは重力発生装置のレクチャーを十分に受けた後、それを傷つけないようにより繁茂すると、地上で吸い上げた水を循環させ湖を作り上げた。ダナはそうして、ジョンと一緒にいる時間を選ぶと、何年もの月日が流れた。 「一度でも本物の太陽を見てみたかったかい」 そうジョンが問いかけるたびにダナはそれを柔らかく否定した。本当は光合成も外に出れば出来るのだろうけど、厳しい宇宙線がそれをさせてくれないだろうとダナは思う。せめて、ダーナの名前から作られたこの自分がジョンという人と知り合ったことを幸運に思うほかなかったジョンは次第に皺が増えて行き、そのたびにダナは私達にも年輪があるのです、と折れた枝をさして言った。ジョンはそれを聞いているのか聞いていないのか良く分からない顔で窓から外を眺めると、池の中でしか生きられない鳥達に目配せして全く関係のない話をするのだった。 「なあ、ダナ。暮れゆくこの嘘の景色みたいに、この船に名付けよう。神々の黄昏、ラグナロクの名前を」 ジョンがその言葉を何度か言うようになり、10度目の時にジョンの鼓動は窓辺でその役割を終えた。紅葉の主はどうしたら良いのか分からないまま地球の重力圏を飛行し続け、地球という世界に落とされた大地の雫に、光が宿らなくなってゆくことを確認した。ジョンの死から1000年ほどが経過したことを計器は示していた。 ダナはその光景を観て、泣けない自分が悔しいと思った。そして、本当の孤独とは一体何であろうかを考え続けた。ただ思い出すのは、何も語らないジョンの涙だけだった。 ジョンは死んでしまったバオバブの木の意味をダナによく伝えた。 その意味は『千年紀の大樹』であるといった。
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Re: 即興三語小説 ―今日で最後と羽目を外して、警察の厄介になる成人式― ( No.3 ) |
- 日時: 2015/01/18 21:06
- 名前: マルメガネ ID:j72Wobks
丸底フラスコの中で謎の化学反応が起こり、怪しげな煙と異臭が漂う。 塩とおぼしき粉末をその怪しい謎の化学反応を起こしているフラスコにティー教授は投げ入れた。 とたんにその怪しい反応は収まり、代わりにストライプ模様の結晶ができはじめた。 ティー教授の着ている白衣は、薄汚れて実験のたびに起こる謎の破裂で飛び散った薬品のシミがたくさんマーブルのように散らばっている。 「純粋な結晶とはまだ程遠いな」 彼はそう呟く。 彼は次世代の電子回路の半導体を作る研究をしている。 怪しげな煙と異臭を撒き散らしていた謎の化学反応を起こしていた丸底フラスコは、その象徴であり、中身はこれまで投げ込まれた試供体と呼ばれる様々な物質の溶液であった。 それが塩を加えることにより変化し、ストライプ模様の結晶体となったのである。 ティー教授は出来上がったそのストライプ結晶体を詳しく分析し始めた。 構造からそれらに備わる特性などなど、多岐にわたり半導体として有効なものとして扱えるかどうかということであるのだ。 出来上がったその結晶体は数日に渡る分析の結果、半導体としての特性が認められたが、実用には程遠いものだった。 落胆することもなく、淡々と実験を繰り返し、そしてその結果などのレポートなどが蓄積されていく。 それらのデーターをもとに解析を行い、加える薬品を変えながら淡々と実験は続けられていくのだ。 ある日そうしたなか、投げ入れた塩とはまったく別の物質を誤って加えてしまったティー教授はストライプ模様の結晶とはまったく異なる結晶体になることを突き止めた。 しかし、それは半導体ではなくて不導体の純然たる塩の結晶だった。 そしていつもと異なる結晶体とこれまで生成した結晶体を坩堝に入れて溶かし、再度結晶化させてみると、半導体素子に近しい存在となることが判明して、ティー教授は喜んだ。 しかし、あまりにも喜びすぎて強烈な酸の入ったビーカーを倒してしまい、これまでの資料が焼け焦げ、触媒となるものも存在していたために火災になってしまった。 消すまでもなく研究室から飛び出すティー教授。 そしてその火災がもとで、彼は何もかも失い、二度とストライプ模様の結晶体も半導体に近しい存在になった新結晶体も作り出せることはできなくなってしまったのだった。
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