使い捨て勇者の異界召喚譚 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/01/28 20:23
- 名前: お ID:TjM6Fuyo
お題【深雪】【やぶる】【鎧武者】 縛り【異世界召喚】 とっくに期限は過ぎてますが、投稿0は少ない方がよかろうと。
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使い捨て勇者の異界召喚譚
さて、見たこともない場所だ。 海津月人は素っ裸で引っ繰り返っている。直前までの記憶は曖昧。ウチにいて何かしていたような気がする。たいしてどうでもいいことを、ただあり余る時間を消費するためだけに。もちろん服は着ていた、はずだ。別に床に仰向けに寝ていたわけでもなく、ちゃんと椅子に座っていた……はずなのだが。 これで何度目だろう。詛われているのではないだろうか、本気でそんなことを考えてしまう。 極々平凡な少年。人より目立つ才能のあるわけでなし、体力は普通、学力は中の下、受ければ誰でも入れる地元の普通科高校に通い始めた十五歳、コミュ障気味に友達皆無というのがせめてもの特徴か。にも関わらす、こうして呼ばれてしまう。呼ばれて、また、来てしまう。むろん、来たくて来たわけではない。無理矢理引っ張ってこられた。それもよく分からない。どういう力、どういう因果が働いて、異世界召喚なんてものに引っ掛かってしまうのか、知ってる者がいるなら是非とも教えて貰いたいものだ。 指折り数えてみる。多分、これで七回目。ラッキーセブンだと言って喜べる情況ではとてもない。 やれやれ、今回はどんな困難を押しつけられるものやら。 月人は、肺から空気を絞り出すようにこれ見よがしの溜息を吐いて見せた。誰に? 今この場で、遠巻きに月人を見ている者達に向けて。 くしゅん。溜息がてらくしゃみも出た。寒い。季節は冬、木造の家、月人の感覚で言えば荒ら屋と言っても過言でないが、どうやらちゃんと人が生活しているらしい。すきま風が吹き込みただでさえ冷えるのに、なぜか土間にいる。ぱちっと爆ぜるのは囲炉裏の炎。床上の居間かほのかな暖気が感じられる。が、まるで足りない。召喚術を執り行うのに、なんだって土間でやろうと思ったのか。囲炉裏の居間は無理としても、その奥に板間があるじゃないか。憮然とする月人。 憮然とする理由はそれだけではない。月人を取り囲むのは、陰気な目をした爺婆共。この情況にあって、誰一人として着物一枚よそうとしない。意地悪とかそういうことではなく、そもそもそんな発想が浮かんでいない。冷たい目、人が人を見る目付きとはとうてい思えない、汚らしい蟲螻でも見るような目。今までも経験したことがないわけではない。異界から来た者など、しょせん彼らからすれば外れた者、未知であり、未知であるゆえに懼れ、怖れるがゆえに相容れず、それゆえに「聖」であり「穢」である。両者は同じものの裏表、彼らにすれば、役に立てば聖であり、禍となれば穢れなのだ。 「呼びかけに応じよくぞおいでなられた、異界の武士よ」 前に進み出た婆、表情は他より柔らかい。けれど、笑っていない。その瞳の奥の闇は、他の爺婆よりもなお深く冥い。この婆が巫女なのだろう。月人を呼び寄せた張本人。 「武士なんてご大層な者じゃない。ただの高校生だ」 「コーコーセーとはなんだ」 「普通の子供だってことだ、気にするな」 このやり取りも何度めだろうか。婆に感銘を与えることはできなかったようだ。さらっと無視され、 「そなたに成して貰いたいことがある」 まぁ、そうだろうな。でなければわざわざ手間暇掛けて、リスクを負ってまで異界から人を招き寄せたりしない。禍とも福とも分からぬ者を呼び寄せてまでやらせたいことがある。だからこその召喚術だ。 「何をすればいい?」 「おお、やってくれるのか」 やらないわけにもいくまい。二十人ばかり集まった爺婆達が後ろ手に武器を隠し持ってることは承知している。断れば、不意を突いて殺してしまう心づもりだろう。そうと知っていればむざむざ殺されてやる必要もないのだが、決して気分のいいものではない。老人ばかりがここにいるのは偶然ではない。彼らは傷つければ、情況としてはにっちもさっちもいかなくなる。 「川の上流、山間の谷に、近頃【鎧武者】の亡霊がでおる。それを退治して貰いたい」 厭な予感はしたが、やはりそんなことか。月人はがっくり項垂れる。別に亡霊どうのこうのが問題なのではない、たかが田舎の一ムラの問題であって、世界の危機とか、国家の存亡とかそんなレベルの話でではないというのが問題なのだ。もちろん、世界を滅ぼさんとする魔王を退治したいというわけではない。できることならいかなる場合でも御免被りたい。けれど、どうせ呼ぶなら、それくらいぎりぎりどうしようもない状況下で、あらゆる手段を講じた上で万策尽き果て、もはや滅びを待つのみというくらいになって初めて試みるものであって欲しい。彼らにしてみれば生死を分ける瀬戸際ではあるのだろうが、この程度のことでほいほい異界から人を呼んでこられるようでは困るのだ。 とは言うものの、それを彼らに説いて聞かせて納得するものではない。 「とりあえず、武器をくれ。いくらなんでも素手でやれとは言わないだろう」 半ば以上投げやりに要求する。 「昔、ムラに立ち寄った武士が置いていった刀がある。それをやろう」 置いていった……か。どんなもんだろうな。 ひょろこい爺さんが持ってきたのは、いちおう、それなりに手入れしてある刀。普通の鋼。オリハルコン製でもなければ、魔力を付与されているわけでもない。神の祝福もない。せめて当代随一の刀匠の作ならなんて期待しても無理な話だろう。 「他にいる物はあるか」 「寒さをしのげる厚手の着物、蓑と笠があればそれでいい」 「握り飯くらいは用意できるが?」 「いらない」 以前、遅効性の毒を盛られたことがある。ちょうど事の終わった頃に、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ぬ。同じ死ぬにしても、あんな死に方は二度とご免だった。 「じゃあな」 爺婆共は動かない。見送るのすら億劫に思っているのか、それとも、ともかく関わり合いになりたくないのか。ま、両方だろう。勇者の出発にしては、あまりに陰気でしょぼくれた門出。巫女の婆さんだけが戸口に立って、見送るというよりは、ちゃんと目的地に向かっているのか見届けるつもりなのだろう。その眼差しから察せられるのは、共倒れになれば最も好ましいのにというそんな思いだ。自意識過剰の被害妄想もあるだろうが、おそらくは外れてはいない。 指さし教わった川の方へ向かうのに、ムラを横切る。典型的な山間の寒村。農地の狭く段々で作業効率が致命的に悪い。夏に暖まらず、冬の寒さは厳しい。こんなところでも米が育つものかと、変な関心をしてしまう。まばらに建つ家は簡素で、簡素と言うよりも非道い有様で、さっきの荒ら屋がムラで一番立派な建物なのが憐れみを誘う。人のことを憐れんでいる場合でもないのだが。 だいたいの感じは、昔の日本の田舎のムラというふうに思える。どのくらい昔かは分からない。今でこそ先進国の最先端のような顔をしているが、昭和の半ば頃までは、ちょっと地方へ行けば文明の行き届かない前近代的な営みが続いていたのだ。 とはいえ、むろん、ここは月人の知っている、月人の暮らしていた日本とは違う。いくらなんでも、召喚術を使う村人なんていやしない。そういう世界ではないのだ、あそこは。無限にも存在する次元世界で、あそこだけは、異常なまでに融通が利かない。どうでもいいことではあるが。 半時間ほどムラを歩いたか。 誰もいない。人っ子一人いやしない。いないが、そこかしこから油の匂い。最悪の読みをそのまま実行してくれていたらしい。もし依頼を断り、爺婆共を殺すなり傷つけていたら、火矢を掛けられ家ごと燃やされていたことだろう。穢れを祓う物は、なにより火だ。それに勝る物はない。焼死というのも避けたい死に方の一つだな。月人は自嘲するように苦い笑みを浮かべる。 そろそろ集落を抜け、このまましばらく歩けば川に当たるだろうという頃。 人影……女? 鎧武者の前に女の幽鬼かと思い、警戒し刀に手を掛けながら近寄れば、吐く息が白い。どうやら死者ではないようだ。この寒いのに、薄着の寝間着姿の女が一人、長い黒髪は艶やかで肌色白く面持ちも整っている。こんな田舎のムラにいるような女ではない。だからこそ、幽鬼でなくともかなり怪しい。 「【深雪】、何をしている。家から出てはいけない」 近くの小屋から顔を覘かせたのは一人の青年。険しい表情でこちらを睨み付ける。 「深雪、早く帰ってこい」 対して女は、「あー」とか「うー」とかそんなことを口走っている。言葉が話せないのか。それとも精神の方が……? この様子を見れば後者の方を疑わざるを得ない。それにしても美しい女。瞳は虚ろ、表情は弛緩し、動作も緩慢であるのに、その美貌は高貴さを失わない。 ふらりと近寄ってきて、何のつもりか、両手を広げて月人の前に立ちふさがる。けれどもその目に強い意志のこもるでもなく、やはり木偶のように呆然と突っ立っている。 いったいこれは何なのか。彼女なりの意志の発露なのか、単なる悪戯のつもりなのか、でなければ……。この女を仮に斬り殺して先に進んでも、おそらく、ムラを敵に回すことはない。この青年一人きりだろう。この娘も月人と同じく外から来た者。ムラからすれば厄介者、それを匿いともに暮らそうとする青年もまた鼻つまみ者、いわゆる村八分というヤツか。彼の小屋だけが集落からぽつんと外れていることから、見当外れではないだろう。 ちらと青年を見る。言外に娘の素性を問う。敵意で返される。刀の鯉口を切る。青年がうぅと息を漏らし観念する。いずれ村八分の身と割り切ったのか、青年が語り始める。 深雪というのは彼が付けた名前で、本当の名は分からない。彼女自身、何も覚えていない、名前どころか、自分が何者でどこに住んでいて、なぜここへ来たのか、どこへ行こうとしていたのか、一人だったのか、連れがいたのか。彼女は、雪の長く降り続いてようやく止んだ朝、行き倒れているところを彼が見付けたのだそうだ。名は、その時の真っ白な景色と、彼女の白い肌の美貌とを絡めて付けたと、頬を赤らめて青年が言った。男の羞恥など誰得にもならない。 月人は刀を引き、青年に女を連れて帰るように言う。ただでさえムラで浮いてるなら、オレに関わらせるなと念を押す。どうにも、厭な予感しかしない。そして、こういう時の負の予測は大抵当たる。だからこそ、念入りに家から出すなと言い含める。 障害のなくなったところで、川沿いに上流を目指す。 さて、どの程度のチートが付与されているのか。そこは巫女の実力による。強力な巫女に召喚されれば常識外の大きな力を与えられる。逆に、巫女に力がなければ、精々常人より少しばかり力が強いだけということもありうる。 歩きながら身体の動き、魔力の脈動などを確認してみる。微弱ながら魔力の兆候はある。けれどこれでは派手な魔法をぶっ放すようなことはできない。精々補助魔法的なもので精一杯だろう。体力の方は、人間レベルでそこそこか。格闘家としてはいいところまでいけるかも知れないが、魔族とか魔獣とかを相手にしようとすれば、一瞬でひねり潰されるだろう。そんな程度。これは、今回のミッションは厳しいかも知れない。ま、何も失敗は初めてじゃない。今まで七回の召喚の内、何回かは目的を果たすことができず、志半ばで命を落としている。今さら完遂を目指そうというつもりもない。できればやるし、できなければそれまでのこと。 風が変わった。確かにこれは……村人が畏怖することも頷ける。これは、恐ろしい、怖い。先天的に、魂に沁み込んだ恐怖。これは、死だ。死、そのものだ。 仁王立ちする鎧武者。ムラを睨み付ける。壮絶な最期を遂げたのだろう、全身に無数の矢が突き刺さり、数え切れない刀疵、今なお止めどなく血が流れ続け、兜の奥に光る冥い目は、どす黒い怨念をまき散らす。 帰りたくなってきた。 一心にムラの方角を睨めていた亡霊、特別潜むつもりもない月人に気付き、冥い眼を向ける。黒い息、瘴気を吐くのは、よもや嗤ったのだろうか。 鎧の亡霊が刀を抜く。血に濡れててらてらと光る刀身。 なまくらの一振りでどう立ち向かうか。それ以前に、物理攻撃が通用するのかどうか。チート補正があまりにしょぼい。これで人外のモノと闘えという方が無理な話だ。 仕方がない。懐から取り出すペンダントは、たった一つ、月人の持つ彼自身の切り札。初めて召喚された先で出逢ったある少女。結果として世界のために命を捧げた少女が月人に遺したたった一つの遺品。敬虔な神の使徒、世界に対する深い愛、それゆえのジレンマをも呑み込み、人の愚かさも全て愛しようとした。そんな少女から譲り受けた、これは聖なる祝福。闇より出でて陰に潜む魔には効力がある。もっとも、この地でどれだかの力を発揮するかは分からない。それにしても、彼女の心のこもった分だけの恩恵はあるだろう。 思いに浸り、月人は口付けし、刀にかざす。刀身がほんのわずか輝いて見えた。 雪が降り始めている。ちらちらと白い結晶。夕闇の中に淡雪のきらきらと輝く。肌を刺す冷たさは、今は感じない。むしろ精神の昂揚に身体が火照って熱いくらいだ。 ゆっくりと駆け出す。刀を引き、力を溜めつつ、加速する。 鎧武者の斬撃は鋭く、すさまじいばかりの殺気とともに容赦なく襲いかかる。余裕を持って躱すことなどできない。ましてやこのなまくらで受けようものなら、相手に斬りかかる前に刀身を砕かれてしまう。だから、ぎりぎりの見切りで紙一重で身を躱す。避けきれず傷を負う。そのことの認識はあっても痛みは感じない。異常なまでに分泌されるアドレナリンがそんなものをぶっ飛ばしている。致命傷を避けつつ好機を探る。たった一撃、相手に浴びせかけるわずかな好機を。 何かが近付いてくる。何か、分からない、人のようにも感じるが定かではない。今の状態の月人に、そこまでの余裕はない。余裕はない、が、鎧武者の様子に変化が。 気を取られている……? 風を斬りごうと唸る斬撃の後、鎧武者の意識がわずか外れる。何を見ている、お前の相手はここにいるぞ。 身を屈め全身の発条を最大限活かす。短く、鋭く息を吐く。捩じ切り振り絞った身体、勢いに任せて飛び込む。低めの体勢から、一気に。狙うは一点、敵の首。 気付いた武者が身を捻り、刀をかざさんとする。が、月人がほんの一瞬き早い。 血煙が舞う。 弾け飛んだのは両者の気迫。そして、亡者の首。真っ赤に染まる、何もかもが。吹き出す大量の血しぶきで視界が利かない。ぼたぼたと身体に落ちる赤黒い雫。呪いのこもった血潮。 真っ白な雪の上に、どっと落ちる兜。 終わった。安堵の息を吐こうとした。その時、背後に人の気配。さっきの……、鎧武者が気を取られた……、仲間か。だとしたら、もう抵抗の術はないな。月人は覚悟を決める。というより、単に諦める。ミッションは果たしたわけだし、もういいだろうと。仮に、後ろにいるヤツがネクロマンサーで、もう一度死霊を蘇らせたとしても、そんなことまでは知ったことではない。月人は、その場にぽすんと座り込む。好きにしろとポーズで語る。 「藤四郎様」 零れたのは女の声。背後から駆け出したのは先ほど会った少女。兜の落ちた辺りまで駆け寄り、がっくりと跪いて、その兜を両手で拾い上げる。恭しく、あるいは愛おしげに。「藤四郎様」 それが鎧武者の生前の名なのか。少女は、血まみれの、怨嗟に歪んだ兜――死霊の頭部をその胸に強く抱き締める。 何事が起こっているのか、月人には理解できない。ただ、少女に会った時、朧気に思ったことはある。厭な予感。少女が死霊の関係者ではないのかという。 「このようなお姿になり果ててしまわれて。雪乃のために、雪乃を守るために。負わずともよい汚名を被り、身分も愛する家族も捨て、私を守るために果ててしまわれた。お慕いしておりました。今なお、お慕いしております。藤四郎様、雪乃も共に参ります。藤四郎様のお側にいつまでも」 そういうこと……なのだろう。やはり厭な予感ばかりが当たってしまう。 「誰かも知らぬ異界の人、礼を言います。ありがとう、彼を解放してくれて。ありがとう、私に彼のことを思い出させてくれて」 ありがとうと言い残し、深雪……いや、雪乃は、持っていた短刀を自らの喉に突き立てた。どさりと積もった雪に埋まる少女の身体。愛しき人の亡骸を抱え、満足げに、幸せそうに、悲しい微笑みを浮かべて、事切れていた。 雪が降り始めた。 静寂だけが、後に残される。 と、腹部に熱を感じて手を当てる。その手を見て乾いた笑みが漏れる。どうやら最期の一撃、こちらも当てたが、当てられもしていたようだ。となることなく流れ出る真っ赤な血、腸の一部が覘いて見える。死ぬな、これは。回復術者もいなければ、万能の回復薬もない。これだからローカルな召喚イベントは厭なんだと、どうにもならない愚痴を漏らし、月人はその場に崩れ落ちる。 薄れゆく意識。視界に映るのは、二つの死。そして、血に染まりゆく川の流れ。ふと思い出した歌、 『ちは【やぶる】 かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは』
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意識が戻ったのは元いた場所。つまりは自分の部屋。親から宛がわれた六畳間。ベッドと机、本棚、そんなものしかない殺風景な部屋。 また、死んだ。死んで戻ってきた。これで七回も死んだことになる。人生は一度きりだって言うのに、死だけはなんども体験させられる。死にたくはない、痛いのも苦しいのも厭だ、でも、死ななければ戻れない。なんという糞ゲーぶり。 それにしても、厭な終わり方だった。予想していなかったわけではないが、それでも、目の前で見せつけられて平気なわけがない。 もっともそれも、今回に限ったことじゃない。やれやれ、まったくもって憑かれているのか、詛われているのか。 使い捨て勇者の異界召喚譚は、大抵いつも、後味が悪い。
†============† ワープで異世界という意味が若干掴みにくかったのですが、普通に異世界転移と解釈して、異世界召喚モノにしてみました。 ラスト、お題の「やぶる」をあえてひらがなにする方法が他に浮かばなかったので、かなり唐突な感じですが、ご勘弁を。
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