Re: 即興三語小説 ―今年も残り二週間たらず― ( No.1 ) |
- 日時: 2013/12/23 21:40
- 名前: マルメガネ ID:Z8cIWw5k
遠雷が轟き渡り、鉛色に澱んだ空から冷たいみぞれ混じりの雨が降り出した。 「おお。雪になりそうだ」 結露した店の窓の外を見た喫茶店のマスターが言う。 窓から見える葉が落ちて寒々とした木々が寒風に揺れ、降りしきる冷たい雨に打たれている。 マスターご自慢の長くて広い黒光りするカウンター席には、ホストクラブにいそうな若い美男が顔をしかめて手袋をした左手を押さえて座っている。 「ナギ。古傷が痛むのかい?」 隻眼で美形のタツキが聞いた。 「ああ、痛むし疼くよ」 タツキに、ナギ、と呼ばれたその若い男が答えた。 店内には、ナギ以外に客はいない。 そのうち、店の入り口のチャイムが鳴り、美貌のマダムが入ってきた。 「外は寒いですね。とうとう雪になりましたわ」 そう言ってカウンター席に座る彼女は、いつもダージリンティーを注文する。 彼女が来ると決まって情報収集の依頼がある。 「そういえば、不可解な連続放火事件ですが、進展ありましたか?」 「いえ、そのかけらもありませんね。容疑者すらつかめません」 マスターが答えた。 不可解な連続放火事件とは、色町近辺で三十分おきに発生した火災をさす。 当初は老朽化した電気設備から漏電し火災に至ったものと推測されたが、あまりにも不自然な点が多く、放火の疑いがもたれている。 「そうですか。そんな話は特にないということですね」 「色町の界隈でも、これというものはないなぁ」 ナギがしかめ面のまま答える。 「手詰まりですねぇ。犯人は何を思っているのでしょう」 「そこですね。犯行の声明もなにもないところからして、単なる愉快犯としか思えません」 「なるほど」 会話が弾む間、冷たいみぞれ混じりの雨は雪になり、積もって外が明るく見える。 「引き続き、情報を集めてください」 彼女はそう言って店を後にした。 「今回の事件については、不可解すぎます」 「でも、どこか見落としているかもしれないよ。おれも店に戻って聞こえてくる話に地獄耳を立ててみるかな」 ナギが言った。 「今日はこれでお開きだ」 タツキが言って、その話は終わった。 降り積もった雪が真っ白で、そのまま何もかも包んでほしい、と願うのは誰の胸にもあったのだった。
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