Re: 即興三語小説 ―梅雨入りはまだ先― ( No.9 ) |
- 日時: 2013/05/29 01:12
- 名前: 卯月 燐太郎 ID:LvUJROPU
『魂やどるもの』
僕は深夜になると外に出る。 そして資源ごみを漁ったりする。 たまに使える物が捨てられているときがある。 昔のラジカセや傘など、少し修理すればよい、それらは持って帰る。 おかげで僕の部屋はゴミ屋敷のようになっている。 その夜、資源ごみを漁っていると人間の頭らしい物を見つけたので、驚いた。 死体かと思った。それで資源ごみで以前拾った和蝋燭の火を近づけてみて、よく観察してみると、死体ではなくて、精巧に出来た人形らしかった。 ごみの中にうずもれた人形の上に重なっている物をどけてみると、等身大の女性の人形で、蝋燭の炎が彼女の目を虚ろに映した。 じっと見ていると、ぞくぞくする。 僕は人形を抱きかかえると少しふらつきながらゴミ屋敷に帰って行った。 部屋の中では相変わらず、ゴキブリがごそごそと動き回っていた。 部屋で人形が着ていた服を脱がすと、一番きれいなタオルを水道水で濡らして身体をぬぐった。 「ほんとうによく出来ているなぁ……。身体のあちらこちらに傷がついているが、何度も何度も汚れを水に濡らしたタオルで拭いて、服も洗濯して、部屋に干した。 朝になり、窓から陽が差し込んできて僕は起きた。 仕事をしなくなってから、どれほど経っただろうか……。 あんまり考えたくなかったが、つい頭の中に世の中の雑念が浮かんでくる。 そうだ、深夜に拾ってきた人形はと思い、部屋の中を見回すと、裸のままで横たわっていた。 和蝋燭のあかりで見た時は妖艶に見えたが、陽の光で見ると人形に気品さが漂っていた。 「きれいなひとだなぁ……」と僕は呟いていた。 人形を触ってみると体温はないし肌に触れてみると固さはあったが、人形に思えずに傷がついているところに軟膏を塗ってみた。すると、人形が少し動いたような気がしたが、それは僕がろくに食事もしていないので、精神的に参っているからだろう。 夕べ食べたコンビニの賞味期限切れ弁当が悪かったのか、下痢模様で便所に駆け込んだ。ボロのアパートで二〇ほどある部屋で三人しか住んでいない。一人は耳の遠い老婆で、もう一人は一日中酒を飲んでいる老人だった。おかげで便器に排泄物が付着しているが、管理人がいないので誰も掃除をしない。春先になるとコバエが集まって来るし、夏になるとまるまると太った銀バエが羽音を鳴らしている。 出す物を出すと腹が減ってきた。 ボランティアで食事を用意してくれるところがあるので、僕はそこに出かけておにぎりと沢庵を食べ、味噌汁を飲んだ。 ボランティアの人に「元気か――」と声をかけられて、僕はあいまいにうなずいた。 部屋に戻ると、人形の清楚な服が乾いたので着せてみた。 なかなかよく似合っている。 目鼻立ちが整っており、唇も薄くて知性的に見える。 体に比べて頭が小さいのが彼女をより美しく見せているのだろうか。 唇に指で触れてみると、昨夜は人形全体が固い物で出来ているように思えたのだが、弾力があり、柔らかいことが分かった。それどころか白い歯まできれいに並んでいる。 僕は少しばかりの幸福感を味わった。 そして、人形をじっと見ていた……。 唯一つの情報源と言ってもよいパソコンをネットにつないで人形のことを調べてみた。 数人の「生き人形師」がいることがわかったが、手元にある人形の姿形、特に表情を見ると、神踏島というところに以前いた有名な人形師の物に似ていると思った。 神沼妖樹という人物で彼の作る人形には魂が宿ると書いてあったが、表情を見ると本当に魂が宿っているように見えてしまう。 写真がいくつかあったので、観てみたが、たしかに人形の様だが光と色彩の加減で人間に見えてしまう。 「いやぁ、人間以上ではないか……」 神沼妖樹はすでに亡くなっているが、勘当された弟子がいて人形工房で生き人形を創っているという。どうも、性を対象にした人形を創ったので、勘当されたらしいがそれはかなり古い話らしい。 神沼妖樹には、娘がいることが分かったので、資源ごみから銅線を集めて売ったお金があったので電話をかけてみた。
神踏島は瀬戸内海にある孤島で二〇軒ほどの集落があるだけだった。 電話がかかると、落ち着いた女性の声が聴こえてきた。 僕は人形を拾ったことを話し、それが神沼妖樹の物に似ていると言った。 すると詳しく話を聴いた彼女は、神沼の弟子である桐山平吉の作品だろうという。 現在の桐山平吉は人形創りと言うよりもセックスを対象にした製品を作っているらしい。 それで桐山の人形工房に電話をかけてみると、ぜひ逢いたいと言ってきた。
午後には、桐山が僕の部屋を訪ねてきた。 顔が半分つぶれていて眼を負傷しているのか、眼帯をかけていた。背が曲がっていて杖をついて歩くので、廊下を来るのが伝わってきた。 桐山が部屋を訪ねた時間帯はまだ、明るかったが、彼の雰囲気で部屋が暗がりのように感じた。 彼は人形を一目見て、これは私が作った人形で何かの手違いで捨てられたものだから、引き取らせていただきたい、と申し込んできた。 手渡された茶封筒には札が数枚入っていた。 しかし人形の眼を見ると、いつの間にか潤んでいるのが見て取れたので、僕は人形が彼を怖がっているのかと思い断った。 桐山は、また来ると言い残して帰って行った。 人形が涙を流すということがあるのだろうか……。 僕はもう一度桐山の師匠である神沼妖樹を調べてみた。 すると写真が出てきた。神沼とその娘との写真らしかった。 神沼と並んで若い女が写っており、娘の玲子と記してあった。 いまから三〇年前の写真である。 僕はそれを見て背筋が凍るのを感じた。 なんと神沼の娘と自分の部屋にいる人形が同じ容姿をしているからである。 と言うことは何か……、桐山は神沼の娘を人形として作ったのか、それも人間の女性を意識して。 僕はもう一度神沼の娘に電話をかけてみた。 この人形を桐山に渡してよい物かどうか迷ったからだ。 すると、彼女は、自分と同じ容姿の人形がいることに驚き、すぐにそちらに行くと言ってきた。
僕が部屋を片付けて待っていると、翌日にやってきた神沼玲子は、四〇歳ほどにしか見えなかったが、実年齢は四七歳と言う。言葉遣いといい、容姿といい、洗礼された美しさがあった。 彼女は、僕が持っている人形に似ていた。 たぶん、あと三〇年ほど若ければ、人形のような初々しい容姿になるのだろう。 「この人形は私をモデルにして創ったのでしょう、桐山が父の下で修業していた時は、付き合ってほしいと何度か申し込まれました……。しかし、彼が人形をセックスの対象で作ろうとしていることがわかったときに、父は怒りまして、彼を追い出しました」 「あなたの心はどうだったのですか?」 「そのころのわたしは、まだまだ、世間知らずで子供でした。一七歳で高校に通っていました。桐山さんはその後、交通事故に遭い、身体を悪くされたようです」 僕は、それが原因で、桐山はあのような姿になったのかと思った。 二人で話し合っているところに、ドアがノックされた。 開けてみると、腰を曲げた桐山がいた。 夢中で話をしていたので、彼の杖の音に気が付かなかったのだろう。 桐山は玲子が来ているのを知って驚いた様子だった。 「お前、来ていたのか」 「あなたに、お前呼ばわりされる筋合いはございません」 桐山は玲子の姿を頭からつま先まで見つめると、「それにしても、奇跡としか言いようがない。まさか、私の作った人形が齢を重ねるとはな……」 桐山は不思議なことを言った。 「桐山さん、何を言っているのですか?」と、玲子が冷たく反応した。 「お前、自分が作られた当時のことや、どうして神沼先生の娘になったかを知っているだろう」 そういわれて、玲子が怯えた目をしたのを僕は見た。 「俺は、玲子さんが中学生のときから神沼先生の下で修業していた。そのうちに玲子さんの美しさに心の動揺を抑えきれなくなり、一七歳になったときにあなたを作った。玲子さんとそっくりな人形を。そしておれは毎晩玲子を抱いた。そうすることにより、俺の神沼玲子への思いは抑えることが出来るようになった。何しろ、本物と変わらない人形で従順だったからな。ところが、神沼先生が車で帰ってきて車庫に入れるときに、背後にいた玲子さんに気が付かず、ひき殺してしまった。神沼先生は玲子お嬢さんをとても大事に育てておいでだったから、それはもう、哀しんだものだったよ。それで、俺は自分の作った玲子の人形を提供した。あまりにもそっくりなので最初は先生も驚くと同時に俺をなじったりしたが、やがて、彼は泣き伏して俺に礼を言った。それからあとは、お前自身がわかっているだろう。先生はお前を娘ではなくて、女として見ていたのを。俺は先生がもう立ち直れないと思い、先生の所での修業をやめた。ある意味、玲子お嬢さんがいたから俺は先生の下で修業していたのかもしれない。亡くなったとなると、先生の所にいる意味が無くなる」 僕は訊ねた。 「それで玲子さんの死亡届は出したのですか?」 「いいや、陶器づくりの窯で一夜燃やし続けたよ。そして人形の玲子がお嬢さんに成り代わった」 桐山は玲子をじっと見て、それにしても年まで重ねるとは人形にも魂を込めることが出来るのだな」 「そんなこと嘘よ、あなたは私が精神を患う病気になったことをいいことにデタラメを言っているのよ。たしかにあの当時の一年間の記憶が私にはないわ。でも、私が人形だなんて、先日も人間ドックに入り、精密検査をしたところよ」 「人形が人間になったということだよ」 桐山はそういうと、部屋を出て行った。 「玲子さん、あいつは狂っているのですよ」 僕が彼女に慰めの言葉をかけると、彼女は泣き崩れて、しばらくすると帰って行った。 いつの間にか夕暮れになった。 和蝋燭に灯がともったので、振り向いてみると人形の玲子が微笑を浮かべて、「あなたのことを、これからどう呼べばいいの?」と甘えてきた。
――了――
▲お題:「暗がり」「和蝋燭」「人間」 ▲縛り:なし ▲任意お題:「きせき」(変換可。平仮名、カタカナ、漢字問わず)
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昨日突然「即興三語小説」を創ろうということになり、二十二時ごろからミーティングを中止して、上のお題と任意お題で作品を創ることになりました。 私も作品創りに参加して、出来た物を読んでみると、下記のお三方の作品を膨らませたら、面白くなるのではないかと思い、「しんさん、昼野さん、マルメガネさん」の作品を元にして、今回のお題と任意お題で、再び、作品を創りました。
「作品を提供してくださったみなさま」、ありがとうございました。
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