剣道の力 ( No.7 ) |
- 日時: 2011/08/21 23:55
- 名前: ウィル ID:xvAxANiM
ある日、俺は剣道の試合で彼女に会った。 そして、試合で勝った。 そして、どういうわけか…… 「師匠! お待ちください、師匠」 うしろからついてくる竹刀を持ったポニーテールの美少女。星原あやめさん。 ただ、俺は周りの視線が痛かった。 「師匠、どうして逃げるんですか?」 「いや、その大声で師匠と呼ばれると恥ずかしいと言うか、なんというか君の姿が俺の趣味のせいだと誤解されるのがつらいというか」 あの試合の後、彼女は俺の弟子にと志願してきた。断り続けた俺だったが、それでも彼女は俺のあとをついてきて、勝手に師匠と呼んでいる。 こんなに可愛い子に師匠と呼んでもらうのは、恥ずかしいが、それほど悪い気がしないでもない。だが、大通りの中、ラフな姿の“伊達と名のつくような戦国武将を思わせるような眼帯をつけた”美少女が俺のことを師匠と呼ぶ。 まるで俺が彼女にコスプレ&妙な設定をつけさせている痛い男のように誤解されかねない。いや、明らかに周りの視線が俺に集まってきている。 「……ねぇ、星原さん。やっぱ、その師匠と呼ぶのはやめてくれない?」 「ですが、師匠。弟子が師匠のことを師匠と呼ぶのは当然のことですからっ!」 「わわ、声が大きいよ」 俺が慌てて彼女を黙らせてからため息をつく。 そもそも、俺は師匠と呼ばれるような柄じゃない。確かに剣道一筋に生きてきたし、その腕前はそれなりのものだと自負している。それでも、俺の知ってる師匠と呼ばれる人達からしたら全然ダメだ。青二才だ。 本当なら、眼帯をつけるのもやめて欲しいが、こういうものをつけているのは大抵は目の病気か何かであり、彼女の事情もあるだろうから、そこはあえて指摘しない。 ただの戦国武将コスプレ好きだったら心底イヤだなぁとは思うけど。 それにしても、やはり周りの視線がいたい。 俺は、昔から通っている道場(星原さんも今では通っている)に行くには少し遠回りになるが、大通りを避けるために、人通りの少ない道へとそれた。当然、星原さんもあとからついてきた。 「師匠、どうしてこの道へ? いえ、すみません、師匠には師匠の考えがあるはず! このあやめ、行き過ぎた発言でした」 心がいたい。彼女から慕われれば慕われるほど、敬われたら敬われるほど、俺の心が痛んでいく。 このまま、人のいないところに行ってしまいたい。そう思った時だった。 「お、クズノキくんじゃないか!」 その声がかけられる。 「…………ふ……古宮くん」 震える声とともに、俺は後ろを向いた。 そこには、髪こそ黒から金へと色が変わったが、昔の面影を残したクラスメートがいた。 「古宮さんとやら、師匠の名前は楠であります」 「……ぶっ、お前、師匠とか呼ばれてるの? クズノキのくせに」 俺は星原さんの手を掴み、走り出した。いや、逃げ出した。 「師匠! これはロードワークですね! 体力づくりは基礎の基礎、さすがです」 「うん、それでいい! それでいいからそこを右に」 一際細い道へと指示を出す。そこを抜けて大通りへ逃げれば…… その淡い希望は一瞬で消えた。 「ん? なんだ?」 モヒカンの男、デブの男など、一目見ただけでがり勉優等生などではないとわかる連中が道を占領していた。 「おい、お前ら、そいつらを通すなよ」 後ろから声をかけたのは古宮君。 「なんだ? 古宮の知り合いか?」 「昔のサンドバッグ君だよ」 「あぁ? 古宮、お前ボクシングジムなんてとっくに追い出されただろ」 大笑いする不良達。 「師匠、これは何の訓練でしょうか?」 状況をつかめないだろう星原さんに、古宮は視線を向ける。 「えっと、そこの女の子、君の名前は?」 古宮はほくそ笑んで星原さんに尋ねる。 「星原あやめです」 凛とした声で答える。その声には怯えなど微塵もない。 「星原はクズノキの弟子なのか?」 「楠師匠の弟子です」 訂正を入れる星原さん。 「師匠の言うことは絶対か?」 「はい」 そして、古宮の笑いはさらに邪悪なものへと変わる。 「なら、クズノキ。星原ちゃんに命令しろ。俺に、古宮様に抱かれろ! とな」 「え?」 驚いたような声をしたが、想像していないことではなかった。いや、想像通りだった。 俺は昔から古宮にいじめられていた。いじめられてなさけないと言った両親は、俺を剣道場に通わせた。俺は剣道の腕をあげても、いじめは終わることはなかった。 剣道は、俺の心までは強くしてくれなかった。 そして……今も俺の心は古宮に鷲掴みになっている。 「星原さん……」 俺は彼女を見た。俺の心は最低の答えを導き出した。 「はい、師匠。師匠の命令なら、例えなんでもいたします」 その時だった。俺は彼女のことを最低だと思った。いや、そうじゃない。彼女のように、人の命令を何の疑いもなく聞く以上に、全く信じていない相手のことを聞く俺のことを最低だと思った。 「……命令する」 「はい」 「竹刀をかして。あと、僕の戦いを最後まで見て」 親には口だけでも強くなったように、“俺”と語るようになった似合わない一人称を捨て、竹刀を掴む。。 「おい、やるっていうのか? クズノキのくせに」 古宮は近くにおちていた鉄パイプを掴んでかまえる。 「いいよ、勝負してやるよ」 古宮は鉄パイプを振り下ろした。 そう、振り下ろしただけで単調な攻撃だった。 「がっ」 そんな攻撃は簡単に受け流せるし、その間に竹刀で相手の鳩尾めがけて竹刀をつくことは造作もないことだった。 「たった……」 たった、これだけのことだったのか。 倒れる古宮を見て、僕は笑った。 「師匠っ!」 星原さんの声が響いた。 何をそんな大声を上げているのか? 振り向いた僕の目に何かが直撃する。そして、激痛が走った 「おぉ、命中。やるぅ」 ガラスの割れる音が聞こえた。 ビール瓶か何かだろう。幸い、目に直接あたったわけではないが、視力が一時的に下がったみたいで、おぼろげにしかみえない。 「師匠! しっかりしてください!」 「……星原さん、お願い、逃げて」 「……いえ、師匠の力、しかと見せてもらいました。こんどは私が見せる番です」 星原さんは眼帯を外し、竹刀を握り、両目を大きく見開いた。
直後みた光景は、信じられないものだった。古宮同様鉄パイプを拾って振るう不良達の攻撃をすべていなし、的確に攻撃をくりだす星原さん。剣道の試合のときとは動きが全然違う。 そして、不良達はあっという間にやられていた。 「この眼帯をとったとき、私はパワーアップするんです」 「いや、眼帯をとったらパワーアップするんじゃなくて、眼帯をとったらよく視えるようになっただけだと思うよ」 「それより師匠、目は大丈夫ですか?」 「うん、大丈夫だよ。ねぇ、星原さん」 「なんでしょう?」 「これから、師匠とよばれても恥ずかしくないように頑張るよ」 「いえ、師匠は恥ずかしいことなど……いえ、何でもありません」 星原さんは、僕の何かを感じ、口を閉じた。 もしかしたら、今は星原さんのほうが強いのかもしれない。でも、星原さんに師匠と呼ばれても恥ずかしくないようになりたい。 そのために、剣道を始めたのだから。
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