折り紙の島へ、しまざきより ( No.7 ) |
- 日時: 2014/12/30 08:13
- 名前: 海 清互 ID:OOYQyBGY
ニュージーランド、と呼ばれる幻島の存在が叫ばれたのは第二次世界大戦後の事だった。帝国陸軍大佐がその島の存在を見つけ、海図に記すと、中ノ鳥島よりも有名な幻島として名をはせることになってしまった。チャタム諸島とタスマニア、ニーカレドニアを結ぶ三角の地帯で幾多の船舶、航空機が行方不明となった。 第二次世界大戦より○十年後の今、河崎重工のテストパイロットとなった島崎は、四菱重工の社運をかけて幻のニュージーランド島を目指すこととなった。 四菱F-60戦闘機にはサイドワインダー等が取り外され、領海内での発砲は禁止された。
管制塔より島崎へ。という声とともに島崎は自動運転のスイッチを入れた。高度12000の数値を計器が示す。辺りはガスで覆われており、視界の自由が効かない。その御蔭でレーダーに頼りっきりで飛行しなければならない。別に島崎がそこに乗っていようが乗っていまいが関係がないが、任された任務はこなさなければならない。某空域に入る前に仮眠もしっかりと取ろうと島崎は思った。 まぶたが重くなってきた島崎の目の済に奇妙な物体が写った気がしたが、島崎は気にせず眠りについた。
管制塔、応答されたし。 島崎の無線連絡に応答がない。 DoogleEarthですら確認できない超巨大島ニュージーランドの存在は疑うべくもなくそこにあった。島崎の胸中に困惑と同時に奇妙な安堵が訪れた。それは一種のデマに対する情報開示のような印象を受ける感情であった。 島崎は何度と無く管制塔に連絡を試みるが、管制塔は応答せず、無線の周波数帯においても全く相手が表示されない。暗号化のパスも確認したものの、パスには間違いがなかった。
到着した島の空気は乾いていた。そっけない風が吹き抜け、島崎の頬を他人行儀に通り抜ける。 草原には小屋があった。何十年も使われていない小屋のようだった。小屋へと歩いてゆく中、台風の目の中のような渦巻き雲が確認された。 小屋には少年が居た。親もなく、村人もなく、田畑もなく、インフラもない。 その中で少年は黙って家を訪れた島崎にスープを差し出した。 島崎がその材料のことを聞くと、少年はただ手作りだと述べるばかりだった。 彼は英語も話せたし、日本語も話せたし、東洋的とも西洋的とも取れる顔立ちをしていた。足音がなく所作に生気がない。 「では、この島には住人も何もいないと」 少年は島のことを小さな声で語った。彼曰く、この島はもうすぐ壊れてしまうのだという。島崎が沈むのではないかと訂正すると、壊れると何度も言い直した。 台風ではないのか。台風ではありません。地震災害か、津波か。いいえ、地震ではありません。 そのような要領を得ないやりとりを繰り返した後、少年は島崎に向かって一種ねめつけるような、それでいて幽霊の如く揺らめく目線で見つめて言った。 「ニュージーランドはそこに存在した島なのです。しかしそこに存在した島ではないのです。ニュージーランドの飛べない鳥も僕の居ないニュージーランドには存在するかもしれない。でも、僕の居ないニュージーランドにはあなたは居ないかもしれない」 オレンジの電球の中にある熱源が部屋を点滅させると少年はスープを片付けた。 スープ皿は流し台で忽然と消えてしまった。 「ほら、みてごらんなさい。このようにこの場所も不安定なのです」 少年が言うが早いか、天井が歪む様が島崎の瞳孔に写り込んだ。そこには樹木が茂り、奇妙な鳥が覗く穴が出現した。 この場所独特の感覚なのか、島崎はそのことを不思議とも思わなかった。ただ、目の前に起こる出来事を、テレビのだら見のような感覚で見つめる島崎が居た。 「ああ、ほら、あの飛べない鳥、この世界には居ない鳥だよ。あなたのあの立派な飛行機も、木にぶら下がる毛糸だらけの動物も」
1945年に終戦を伝える天皇の声が聞こえたが、数分でその声はかすれて聞こえなくなった。やむをえぬ事情で東経175度線に迷い込んだゼロ戦はおかしな島に到着した。 毛糸だらけのパンダのような動物に飛べない鳥、輸入品でしか見ない派手な色をした植物や鳥。ああ、そういえば昔見た貸本の挿絵にあのようなものがあったな、と 少尉は思った。 小屋の少年は親切で、食べ物を運び、肉を裁き、明朗快活な表情でシマザキ少尉をもてなした。 彼の島への到着はごく僅かな3時間程度のことで、その後運の良いことに海軍への打電が成功し、補給を得ることが出来た。
空を飛ぶ島崎の目の中にバラックが写り込んだ。管制塔に答えはなく、対中国に向けた対空ミサイル基地とレーダーも見当たらない。およそ首都圏と思えない情景を見た島崎はその地理と緯度経度を確認した。しかし地上に近づくにつれバラックばかりか、やけに低いビル群や田畑が首都圏上空に見えるのが確認できた。 島崎はそれでもあの少年が乗り移ったかのように、ぼんやりとした意識でそれを俯瞰した。結局四菱F-60戦闘機は泥混じりの薄汚い滑走路へと不時着した。 島崎は手を振る見慣れぬ衣類を着た東洋人を観て思った。ここに居る誰かも、自分もどこかの自分だ。
1945年8月17日、少尉は四菱重工のテストパイロット帰還、という見出しでネットニュースのヘッドラインを飾った。しかし、その表記は少尉ではなく三尉と書かれた。 自分の出自を述べても、衣類のこと述べても、質の悪い冗句であると言われるばかりだった。街には硝子の高い建物がそびえ、文学史を紐解けば、太宰治は死んだ人とされた。 少尉は時々あの少年のことを思い出した。 少年は電球の喩えを用い、光り輝くときにあなたは瞬間的に存在するのだと言った。それは無数に存在しており、因子は小さなものでもよく、爆発は認識されない。そうした手作りの世界、手作りのあなたが沢山いる。 そうやって折り紙のようにあなたは存在しているし、あなたは簡単に消されるのだと。 だから少尉はなんとなくこの世界のことを遠くに感じなくても済んだ。 遠い謎の島は振り向けば僕の背中に存在しているし、遠く追いかけても見つからない。時々上官や妻のことを思い出すが、きっとそれは永遠の瞬間なのだろう。 それがとても正しい理解であると思った。
--------------------- SGウォッチにより計測。 10分33秒オーバー
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