Re: 即興三語小説 ―梅雨入りはまだ先― ( No.7 ) |
- 日時: 2013/05/27 01:14
- 名前: は ID:YXExYPZY
「ききっ、き、きききせききき、着せてよ! はっ、はや、はやく!」 彼が小母さんをせかして法被を羽織るのをみたのが九歳の頃。
秋祭りの出店にたかる人群れを縫っていくと、十字路に出る。 そのまま西へまっすぐ突っ切って、頭の後ろで鳴ってるラッパをひと通り聞き流す。
――ぷっぱかぱっぱっぱー ――ぷっぱ ぷっぽこっぺぽ ぱーぱ ――ぱっぱ ぱっぱっぱー ――ぺっぽ ぺっぽこぱっぱっぱー
和太鼓に音頭をとられてのファンファーレ。 出店の途切れた十字路の先を暗がりへちょっとすすむと、そこが古橋書林。 古橋くんの実家。 まだ日の暮れはじめ。電気は、ついている。開店中。 「こんにちはー」 といって引き戸をあけると、お店には誰もいない。 店のたたずまいは、昔日とちっとも変わっていない。 変わっていないが、変わってしまった。この店もまた――やはりというべきなのだろう――文具屋をかねた地方の個人書店の、いかにも、というふうなうらぶれた感じを纏ってしまっている。 それはあたかも、壁の棚に十数年(もしかしたら数十年)差されっぱなしの本の背が、日に焼け、色褪せ、まっ白に、茫々とかすんでゆくのと歩みをおなじくしてきたかのようだ。 右手に雑誌と新刊用の什器。 左手の入口側には文庫、奥まったところへむかって単行本の類が収まっている。 いちばんこちらには岩波文庫がまるまる一棚。 むかしここで買った『ロウソクの科学』が思い出されて、ついついないかと探してしまう。 ――小学校のとき買ってもらって、大学生になってもまだ持っていて、いつだったか、都合があって引越しした際に失くしてしまった。 越してすぐに何度か停電があって、気の落ちつかない生活をしているときにふと、蔵書にファラデーがあった、と思い出した。ホームセンターで買ってきた蝋燭に火を着けながら、あれには和蝋燭が出てきたっけな、と。 はたして古橋書林にファラデーはなかった。 棚をずらっとみてまわったが、めぼしい掘出物もない。 こういうふるいところがまだやっていれば、あるいは……そう思っていたが、あては外れた。 店の人間にはとうとう会わなかった。 入口にあるわずかな段差を跨ぎ越して通りに出る。 いつか聞いた吃音が耳の底に甦る。 ……かき氷買って食べたっけなあ。 神社に集まってくる字毎の山車は数を増しつつある。 祭囃子はいっそう騒がしく、より猥雑になりまさる。 横笛、小太鼓、大太鼓。 雑踏、喧騒、笛の音、ラッパ。
ぱっぱか ぺっぱかぷっぺっぱー
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