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RSSフィード [45] わしゃァ見たんじゃ。あれは間違いなく、三語じゃった。
   
日時: 2011/08/21 22:26
名前: 片桐秀和 ID:6ioV39hw

「眼帯」「震える声」「そこを右に」が今回のお題ダー。
 締め切りは11時半ダー。
 ダー。

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『我らのためにこそあれ』 ( No.6 )
   
日時: 2011/08/21 23:45
名前: ラトリー ID:eX2xt/56

 歌姫を襲った暴漢の正体は杳として知れず、事件から一週間が過ぎようとしていた。
「大丈夫ですかねえ、彼女」
 心配そうな声をあげるマネージャーの横へ、事務所社長がやってくる。
「問題ないさ。声をやられたわけじゃない。あいつはそんじょそこらのアイドルとは出来が違うんだ。必ず復帰できる。俺はそれを信じてる」
 彼らの話す先には一台のディスプレイがあり、画面上を所狭しと動き回りながら声を披露する歌姫の姿が映っている。熱気が失われて久しい音楽シーンに華々しくデビューしたころの、明るく朗らかな姿がそこにはあった。
「ほら、そこを右に走るだろ。それから客席に手を振るんだ。声援にこたえてニッコリと微笑んだら、ステージの奥に戻っていって振付Bが始まる。バックバンドとのシンクロも完璧だ。何せあいつは特別な存在なんだからな」
「さすがです。社長じきじきに仕込んだだけのことはありますね」
 画面の中で、歌姫は社長の言葉通りに動いていく。録画映像なのだから当たり前だ。それでも彼ら二人にとっては、今この瞬間もわが娘を見守るような緊張感があった。
 並みの少女には真似できない、複雑でスピーディな振付を笑顔のままで次々にこなす。飛び散る汗をカメラがとらえたのを見て、社長が目を細めるのをマネージャーは見逃さない。今までの苦労の日々が蘇り、思わずハンカチを取り出して目元をぬぐう。
 だが、今やるべきは歌姫の思い出を振り返ることではない。まさにこのステージに立っていた時、彼女は謎の悪意に襲われ、用意に再帰できなくなってしまった。襲撃の瞬間をとらえ、憎き暴漢の正体に少しでも近づくのが第一の目的だった。
 あの痛々しい姿を再び見なければならないのは心苦しいが、これも彼女を救うための何らかの手がかりとなるかもしれない。ビブラートを利かせ、震える声でささやくように祈りの言葉を告げる歌姫を見守りながら、映像は次第に問題の場面へと近づいていく。
「きついだろうけど、ちゃんと見とくんだぞ。あいつが受けた苦しみは、俺たちも同じように感じなくちゃいけないんだ」
「わかってます。私と社長と彼女、みんなで一つなんですから」
 歌のクライマックス、天井に取りつけられた照明が激しく瞬く中、歌姫は最後のサビを全力で歌い上げる。決して力強いとはいえない声を懸命に震わせ、自分を支えてくれる世界中のファンに届けたい切なる思いを、今この時だけに集めようとする。
 だが、その試みは無残に断ち切られる。明滅を繰り返す照明の下で、歌姫はヒッと短く叫び、声を止める。光と闇が交互に訪れる映像の中で、片目を押さえ、マイクをとり落としてうずくまる歌姫。あまりに激しいフラッシュのため、どちらの目を押さえているかは判別がつかない。さらにそこから流れ出す赤い液体は、本物の血のようにマネージャーの視界に焼きつけられる。ちょうど、ステージ横でこの演奏を見守っていた時のように。
 やがてバックバンドの演奏がやむと、うう、ううあああ、という叫びが歌姫の唇からこぼれ出し、静まり返った客席に跳ねかえる。並みのアイドル以上に異様な空気に包まれたステージで、マネージャーは必死に駆け寄ろうとした。あってはならないことが起きた。わずかな間に、彼はその場の誰よりも状況を理解しているつもりになっていた。
 そして事態は彼の予想をさらに超えた。映像にマネージャーの姿が見えるか見えないかというところで、歌姫の姿は唐突に消えてしまったのだ。
 客席はしばらく静かなままだったが、やがて主催者を責めるブーイング一色となった。彼らの心ない罵声より、歌姫を気づかう声がどこにもなかったのがマネージャーにとっては悲しかった。自分たちの苦労を知らないからにしても、彼は観客に問いかけたかった。
 ――お前たちは、彼女の何を愛していたんだ?
「復帰したら、あいつの左目に眼帯をつけてやらなくちゃならんな」
 ぼそりとつぶやいた社長の声に、マネージャーは歌姫への深い愛情を感じ取った。そうだ。社長は誰よりも歌姫を愛している。誰よりも彼女の不在を悲しみ、彼女を襲った犯人への怒りも深いに違いない。ならば自分が落ちこんでいてどうする。
「そうですね。とびっきりのかわいいのをつけてあげて、元気にしてあげましょう」
「ああ。デジタルデータにだって心があるんだってこと、もっともっとこの世に知らしめていかなくっちゃな」
 電脳世界の歌姫。コンピュータウイルスを流しこまれ、現実世界に立体映像として呼び出せなくなった理想の少女。一日も早く、彼女が復帰できるようにがんばらないと。

 邪悪な笑みを浮かべる社長には気づかないまま、マネージャーは一人決意を固めた。

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