Re: 即興三語小説 ―多分祭り的な勢いがいるんだよ― ( No.6 ) |
- 日時: 2014/12/29 03:24
- 名前: 片桐 ID:eq5K7JtY
目の前の球と、毛糸を見ていると思う。いい加減、潮時かもしれないと。 最近、日がな一日、そう考えている自分に何度も気づかされる。 何が潮時かといえば、恋人健二とのことだ。一言でいって変わり者で、何かをしだすと周りが見えなくなる。特に工作をする際にはそれが顕著となり、自室にこもって何を作っているのか、ろくに会話もしてくれなくなる。それでも、わたしのことを大切に思ってくれているとは信じていたから、これまで付き合ってきた。 だけど、三日前のクリスマスを境に、わたしの気持ちはいっきに冷めていった。 大学を卒業したあとも、定職につかずその日暮らしをしていた彼が、最近かなりきつめの肉体労働に精を出し、ようやく将来のことを考えだしたのかとすこしは見直していたのだが、どうも様子がおかしい。 健二は共に暮らすアパートに帰宅すると、やはり自室にひとりこもって何かをしている。わたしが様子をうかがいにいくと、集中したいからということで追い出される始末で、三日前のクリスマスには、わたしにプレゼントさえ用意してくれなかった。健二は、わたしが腕によりをかけて作ったケーキや料理を急いで食べると、悪いけどプレゼントはもう少し待って、と言い残し、いそいそと自室に戻っていったのだ。健二は、これまで手作りのプレゼントをわたしにしてくれたこともあったから、あるいはそういうものを用意してくれているのかもしれない。だけど、わたしとの将来をどう思っているのか、もうさっぱりわからなくなってしまった。 そして今朝、健二は私に、三日遅れのプレゼントと本人がいう、謎の物体を手渡した。それが、球と毛糸だ。わたしがこれは何? と問うのを制して、健二は、その毛糸を巻いておいてほしい、といいのこし、仕事に出かけていった。わたしが、帰りにジャガイモを買ってきて、というと、背中を向けたままでひとつ頷いて。 健二がわたしに残した球は、バレーボールくらいのサイズで、持ってみるとちょっと重い。一箇所に小さな突起があって、それを押すと、球の表面にうっすらと発行する赤と青の二重線、そして小さな数字が浮かぶのがわかる。それは例えば、615、619といった数字だ。 毛糸のほうは、かなりの長さで、さまざまな色が一本の毛糸のなかに染められているようだった。いったい何をしたいのか、これを巻いたからどうだというのか。 普段事務をしているわたしは、年末年始の休みに入っているから、時間的な余裕はあるにはある。だけど、たったひとりアパートのなかで意味不明の物体と向き合うっていると、ほとほと自分にあきれてしまう。 それでも、他にすることもないので、わたしはこたつに入りながら、球に毛糸を巻きだした。 球の表面に毛糸を引っかける始点らしきものがあり、それをコマに糸を巻く要領で、何周も何周もさせていく。やはり何かしらの柄が浮かぶようにできているらしく、少しも巻くと、ギザギザの模様らしきものが見えてきた。 三分の一ほど巻いてみて、ようやく全体が想像できるようになった。 球に浮かぶギザギザ模様は、どうやら国の形で、つまりこの球は手作りの地球儀だとわかったのだ。だが、いったいなぜ地球儀なのだろう。すべて巻いてみれば何か違った発見があるのだろうか。 半日も書けてすべての糸を巻き終わったが、それはどれだけ見てみても、独自に染め上げた毛糸で巻いたというだけの地球儀でしかない。 まあ、日本から出たことのないわたしは、外国にかなりの憧れがあるほうだから、地図なんかを見ることは好きだ。こんな国々に行ってみたい、などと夢想しては、興味があるのかないのかわからない健二に、それぞれの国の魅力を語った。それを憶えていて、健二はわたしに手作りの地球儀を贈ったのだろうか。でも、本当にそんなことがしたかったのだろうか。 よくわからないままに、グルグルと気球儀をまわしていると、気にかかることがあった。ひとつの国、ニュージーランドの部分が膨らんでいるのだ。そこで、わたしは思い出した。たしか、球にはスイッチがあった。きっとそのスイッチがニュージーランドの真下の部分にあるため、一箇所だけ膨らんでいるのだろう。 そのふくらみを何気なく押してみると、赤と青の二重線と数字が、毛糸に透けてぼんやり浮かんだ。でも、まだ何を意味しているのか、わからない。部屋のなかが明るいから発光がしっかり見えないのだと思い、わたしは灯りを消した。 冬の陽はとうに落ちており、部屋のなかはすっかり暗くなる。だけど、そのかわりに、手作りの地球儀に浮かぶ二重線と数字が、くっきりと見えるようになった。どうやら、この地球儀の内部には電球のようなものが仕掛けてあって、ニュージーランド部分のスイッチを押すことで、赤と青の二重線と数字が、地球儀上に浮かぶようになっているらしい。 あらためて見ていると、二重線はニュージーランドから伸びはじめている。そしてそれは、様々な国を経由しながら、地球を一周して日本までつづいている。 「あっ!」 わたしはあることに気づき、思わず声をあげた。 ニュージーランド始めとして、日本まで到るまでの国々は、わたしが常々行きたいと思っていたところばかりなのだ。その横に知るされた数字は、六月三日のニュージーランドからスタートし、三か月ほどかけて日本へ帰国する過程で、各国へ旅するための必要日数と滞在日数を意味しているのではないか。 そういえば、わたしは健二にいったことがあった。ハネムーンにゆっくりと世界をまわれたらどんなにいいだろう、と。 たぶん健二はそれを憶えていて、綿密な日程と航路・空路をこの地球儀に記したのだ。六月三日は、わたしの誕生日。その日に式をあげて、二重線で、つまりは、健二とわたしのふたりで、世界を旅する。もしかしたら――、いやきっと、健二が必死に働いているのは、その費用を貯めるためなんだろう。 つまりこの地球儀は彼流の―― わたしがその答えに到ったとき、玄関のドアが開いた。 健二は、ただいま、というと、わたしが手作りの地球儀を抱きしめているのを見る。そして「いままで待たせてごめん。僕と一緒に生きてくれるかい? この指輪をはめてくれるかい?」といい、右手に持つ、赤い宝石がきらめく指輪を差しだした。緊張のためなのか、顔が強張っている。だけど、おかしなことに、健二のもう一方の手には、スーパーのビニール袋が提げられている。わたしが朝頼んだジャガイモを、律儀にも帰宅中に買ったのらしい。 ジャガイモを持ちながら同時にプロポーズをする男。 まったく、これほど手の込んだことを考えながら、肝心なところがものすごく抜けている。 わたしがひとこと「馬鹿ね」といってやると、健二は驚いた顔をした。プロポーズを断られたとでも思ったのだろうか。だからわたしはもう一度、「馬鹿なんだから」といい、そして彼の胸のなかに飛び込んでいった。
ーーーーーーーーーーー 僕が即興書きしようって言ったのに、また遅くなってしまいました。 うまくできない場合が増えてきたなあ。どうしたものか。
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