Re: 即興三語小説 ー10月に突入。来年のことを考え始めるこのごろ- 次回は締め切りは10/13(月)です。ミーティングも同様です ( No.6 ) |
- 日時: 2014/10/12 01:50
- 名前: ROM1 ID:k/9NdGRs
ささくれができるのは、親不幸。そう言われるのは全国共通だろうか。
妻が親指のささくれと格闘しながら、また今日もくだらない話を続けている。 向かいの洗濯物の干し方が綺麗だとか、いつも寝ている野良猫が今日は少しだけ起きてまた寝たとか、あと、なんだ、変なお客さんがコンビニにいた話とか。 どうして、こんなにくだらない話を口に出そうと思うのだろう。仕事をしているときの緊張感と妻のゆるい話のギャップにため息が出そうになる。 僕はiphoneをいじりながら、たまに相槌を打ち、当たり障りのない返答をして、それを聞き流す。まともに聞いているとなんだかもったいない気がした。たまの休みである。子供が寝た後くらい、ゆっくり自分のことをしたいじゃないか。 「それでねーーねぇ聞いてる?」 何度目かの妻からの確認に僕はディスプレイのOKボタンを押しつつ、答える。「ああ聞いてるよ」それだけだと証拠にならないので「ぼくはどこのメロンパンでも好きだよ」と付け加えた。 「そう、ならいいけど。私はセブンのが一番好きなんだ…あ、とれそう」 ちら、と妻を見るとイタイイタイイタイと言いながら、ささくれを引っ張っている。まだ格闘していたのか、はさみで切った方がよいのではないだろうか。 「あ、とれた、けど血出ちゃったな。いたい」 「絆創膏貼っとけよ」 「うん」妻は両手を天井に掲げ、ぼんやりと見上げた。そのまま伸びをして後ろに倒れてしまいーーさらに逆でんぐり返しをやって「78点!おしい!」とのたまってまた同じ位置に座り直した。妻の突拍子もない言動は常である。出会った頃は、いちいち驚き、戸惑い、笑い、可愛いと思った。結婚して5年経った今ではすっかり慣れてしまったのだけれども。「なにやってんのさ」スクロールしながらお決まりのツッコミをする。 「ささくれってなんで出来るのかな」 「え?」 ささくれは親不孝。そんな言い伝えが頭に浮かぶ。しかし、なんで親不孝なのだろう。無意識にグーグル先生を呼び出し「ささくれ 親不孝」と打った。なんでも、すぐに調べてしまうのは僕の癖である。 「家事を手伝わない説と、不摂生説があるみたいだな。あ、ささくれができるのは親不孝って言い伝えのことだけど。えっと、原因だよな……乾燥とか栄養状態の偏りとか、そんな感じみたいだよ」 「調べてくれたんだ」 「友香の場合は、なんだろな。やっぱり乾燥じゃないか?最近ほんと寒くなったし」 「親不孝になっちゃうからかも」 消えそうなつぶやきに、僕はiphoneから目を離し、妻の顔を見た。それに気づいたのか妻は苦笑しながら、手のひらをテーブルに置いて僕に差し出すように見せた。白くて細い綺麗な手。ささくれの後が、痛々しい。 「どうした?」 「私ね、体重は少し太ったけど手のサイズは変わらないよ」 「うん……」 正直何が言いたいのか分からなかった。普段はくだらなくてわかりやすい事柄をわかりやすく話す妻。僕は、不安を感じて話を促した。 「ふ、変な顔。絆創膏はってくる」 「なんだよ、それは」 妻の柔らかい笑顔に、家庭ではめったにしない緊張が解ける。いつもの気まぐれかと思い直し、iphoneのディスプレイに意識を戻した。 すぐに妻は戻ってきて「これ、ちゃんとサインしておいてね」と紙をテーブルに置いて、部屋を出る。どうやら寝るらしい。僕は「おう」と答えて、ディスプレイをスクロールする。そこで違和感を感じ、ふとテーブルを見た。 紙を手前に寄せて、息を飲んだ。 ーー自分には関係のないと思っていた、離婚届が目の前にある。
ガチャガチャガチャ。 寝室のドアを開けようとするが、当たり前のように鍵がかかっていた。 「友香、ともか、どういうことだよ。俺なんかした?」 ドアの向こうに話しかけながら、真っ暗な未来が頭をよぎる。離婚した先輩の話を真面目に聞けばよかった。先輩はなんと言っていた?『良いことも悪いことも積み重ねなんだよ。後悔してる。大好きな子供に会えない。誰もいない家に帰ってコンビニ弁当。起きてもひとりだ。やさしい「おかえり」も、玄関外からわかる夕飯の匂いも、暖かいお風呂も、家のどこかにいる家族の気配も、知ってしまってからのひとりはきついよ』 「友香、疑っているのか。言っておくけど、浮気なんか一回もしたことない。ケータイ見てるのは、ニュースとか、まぁ掲示板とかゲームとかだよ。隠すものなんてないし。なんだったら確認してくれていい」 浮気なんかするはずもない。僕は妻のことを愛しているし、子供も可愛い。この幸せを無くしたくない。 開かないとわかっていても、ドアノブをガチャガチャと回す。すると、ドアの下の隙間からメモ用紙が滑ってでてきた。”颯太が起きるから静かにして” 颯太は長男の名前である。そんなことを言ってる場合じゃないだろうと、舌打ちする。だが確かに子供が起きると、うやむやのまま話が進まないのは確実だ。声を落として、絞るように問いかけた。 「理由を教えてくれ」 しばらくして、また一枚、メモ用紙が滑りこむ。”疑ってない” 安堵の息が漏れるが、解決はしていない。 「じゃあ、なんでだよ」”別に”「別に、じゃないだろ」”分からない?”「ごめん、教えてくれよ……」 次のメモは、すぐに出てきた。用意をしていたようだ。 「”今日は何日でしょう”……?」 ぐしゃぐしゃになった離婚届と一緒に握りしめていたiphoneをのろのろと持ち上げ、右上部分にあるボタンを押す。黒くなっていたディスプレイに、息子の写真と日付時刻が浮かび上がった。 ーー11月22日。 見た瞬間に「あ」とマヌケな声が出てしまった。 11月22日、いい夫婦の日。と同時に僕たちの結婚記念日である。 すかさずメモ用紙が出てくる。そこには文章はなく、箇条書きが記されていた。 ・カフェラテ ・あんまん ・ショートケーキ ・チーズケーキ ・メロンパン 僕が財布だけ持って一目散に外へ出たのは、言うまでもない。 もちろん、一番近いローソンではなく少し離れたところにあるセブンへ、である。
数週間後、友香は息子の颯太と同じみのセブンへと足を運んだ。 日頃から節約はしているが、たまに自分へのご褒美だとセブンのデザートを買いにくるのだ。 何度か足を運んでいるうちに、レジのおばさんとは世間話をする仲になっていた。 「それでね、なんだか変だったのよ。この寒い季節に、夜だったのよ、こんなに寒いのにコートも羽織らないで。スウェットっていうのかしら、それ着て、それなのにビジネス靴なのよ。顔も必死だったし、危ない人かと思っちゃったわ」 ここのレジは、夜もこのおばさんなのだろうか。と関係のないところにひっかかりつつ、友香はにんまりした。 「よほど急いでたんでしょうね」 「それでね、いくつかレジに持ってきてから、さらに追加で大量のデザートを持ってきたのよ」 「食べきれないでしょうね。賞味期限はやいから」 「せっせと、レジ打ってたら、今度は神妙な顔して話しかけてきてさ」 「なんて言ったんですか」 「『さすがに指輪は売ってないですよね』て」 さすがにないわよ、て真面目に答えちゃったわと笑って、おばさんはお釣りとレシートを渡してくれた。それを受け取り、変なお客さんもいるもんですね、と友香はコンビニを出る。 外は、からっと晴れた清々しい天気。 太陽に左手をかざすと、その薬指に真新しい誕生石の入ったプラチナリングが輝いている。 結婚当時はいろいろとお金が必要で、かなり安めの結婚指輪を購入したが、すぐにくすんでダメにしてしまったのだ。夫はまったく怒りもせず「5周年にいいやつプレゼントするから、楽しみにしてて」と言って慰めてくれたのだ。 そのときの夫の笑顔がとても印象的で、ずっとついていこうと思った。 指輪が欲しかったわけでも、夫に愛想尽きたわけでもなんでもない。 ただ、五周年は友香にとって特別で、すっかり忘れていた夫にサプライズしたかったのだ。 離婚届はパソコンから拾った偽物でーーいつかどっかでサプライズに使おうと用意していたーーしかも、名前もその他の情報も少しづつ変えている。おまけに欄外に堂々と『さぷらいず!』と書いていた。それにもかかわらず、夫が本気で焦っていたので、実は友香のほうも焦ってしまったのである。 「悪いことしちゃったな」 とつぶやくと、手をつないでいた颯太が「めーよー。だめー」と言って笑っている友香を見上げた。
------------------------------------ はじめまして。 チャットで三語の話題になり、これも何かの縁だと(勝手に)参加させていただきました。 60分て、難しいですね。だいぶ超えてしまった気がします。 小説を書いたのは、10年ぶりくらいです、たぶん。書き始めたら勢いに乗ってしまい、とても楽しんでいたので、そんな自分にびっくりしました笑。ありがとうございます。 ここの使い方も不安だし、メンタル豆腐(絹。水切り後)なので、かなりどきどきしています。 他の方への感想は、また後日載せようと思います。
はやく寝なければ!睡眠時間が!
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