Re: 即興三語小説 -間違いは誰にでもある- ( No.5 ) |
- 日時: 2014/10/19 23:36
- 名前: ROM1 ID:MNg6TguI
夕方、唐突に睡魔が僕を襲う。 すると、決まって話し声が、聞こえてくるのだ。 『……ふむ。では……』 『しかし……』 『……王は待てと』 はじめは、家の誰かが廊下か隣の部屋で話しているのかと思っていたけど、どうもおかしい。 それは、ベッドに寝ている僕の耳元で聞こえてくるのだ。何度か睡魔に勝って、話の途中で目を覚ますことがあっても、そこには僕の枕と読みかけの小説しかなかった。相手は小さいかもしれない。なんせ、近距離で数人の声が聞こえるのだから。そう思って枕や本をどけても、やっぱり何もいなかった。 彼らは小声で話している。声はかすれていて話の内容はよくわからない。だけど、”王”やら”世界”やら”消滅”などといった物語の世界のキーワードが僕をワクワクさせる。 きっと、彼らは異世界の住人で、異世界には王様がいて、世界が消滅しないように戦っているんじゃないだろうか。 会話に王様は参加しない。聞こえ始めて3ヶ月になるけど、大体聞こえてくるのは家来っぽい人ばかりだ。 僕は、どうしても、王様に会いたかった。 会ってお願いしたい事があった。 でも願い事が叶わなくてもいい気もした。一生懸命戦うから、王様のいる世界に連れて行ってほしい。 早くしないと、年末が来てしまう。
僕は、考えた。 目を閉じたまま、寝たふりをして、俊敏に手を動かして掴んでみよう。 前は、バスケットボールクラブでキャプテンをしていたんだ。少し衰えてしまったかもしれないけど、もしかしたら不意をつかれて何かつかめるかもしれない。 思い立ったら眠気が飛んで、僕はすぐ行動に起こした。 気付かれないように静かに息をする。 落ち着け、落ち着け、集中して。カウントダウンだ。 『……ぎりぎりまで……』 5、 『ですな……きっと』 4、 『……いづれにしろ……王は、』 3、2、 『彼を連れて行くでしょう…』 1! 勢いよく、右手を頭に持って行った。 とたんに話し声は止まる。 久しぶりに激しい動きをしてしまい、呼吸が苦しくなった。 ぼんやりと目を開け、やっとの思いで右手を胸元におろす。深呼吸ができるまでに、だいぶ時間がかかり、呼吸が落ち着く頃には、すっかりあたりは暗くなっていた。 暗闇になれた目で握りしめられた右手を見つめる。 ――何かを掴んだ感覚はあった。 僕はなんとなく、右手を開くことに躊躇し、ひたすら力を込めていた。 そうしていないと、掴んだものが逃げてしまうのではないかと――。 「あら、起きていたの?真っ暗だったからまた寝ているかと思ったわ」 やつれた顔に控えめな笑みをのせて、母が部屋に入ってきた。 電気をつけ、食べやすい晩御飯を載せたお盆をベッド横のサイドテーブルに置く。 そこで、僕の様子がおかしいと気づいたみたいだ。心配そうに瞳を揺らして僕の頭や背中を撫で始めた。 「どうしたの?右手じっと見て、痛いの?」 僕は、はっとして母と右手を交互に見た。 「お母さん、前に言ったでしょう、話し声の人たちね、」 「……うん、枕元の?」 「何か捕まえたたんだ!」 母は訝しげに眉を潜めたけど、気にせず右手を差し出した。 僕は深呼吸をして、ゆっくりと右手を開く。 「な、なななにこれ!」 中を見て、母は尻もちをついた。僕も息を飲んだ。 そこには、赤黒いねっちょりとした塊がわずかにこびりついていたのだ。
それからも、話し声は聞こえてくる。 正体を掴もうと、何度も何度も繰り返し捉えようとしたが、そのたびに手のひらには気持ちの悪いねっちょりとした物体があるだけだった。 もちろん、心配症の母には隠れてやっている。 ただ、気づいたことがある。掴んだ次の日はとても体の調子がいいのだ。 はじめこそ、掴むのに苦労していたが、徐々に容易に取れるようになっていた。 本体を掴むことはないのだけれども。
年を越して、春。 僕は真新しい制服を着て母と中学校の前に立っていた。 今日は一年遅れての入学式だ。 僕は、最近世間の話題となっている。 決して治る見込みがなく、持って年内と言われていた僕の頭には、小さな腫瘍があった。 小さいといっても、手術でとるのは困難で繊細な場所にはびこり、僕の脳を少しづつ侵食しているその腫瘍は、世界にも例をみることがなかったらしい。どんな高名な先生方も首を横に振り、苦しげな顔をして手をあげた。 家でただ待っているしかなかったのだ。腫瘍に負けるのを。 ――だけど。 そんな僕が、病気なんてしていなかったかのように、すっかり元気になった様子を見て、世間は大騒ぎだ。特に医学会はてんてこ舞いだ。 元気になったのに、検査や調査に引っ張りだこである。 僕は自由な腕を空に投げ、思いっきり伸びをした。 中学校の前には、桜並木が続いている。 母の一番好きな花だ。 風に吹かれて、桜の花びらが紙吹雪のように舞い降りる。 母は、満面の笑みで「きれいね」とはしゃいだ。 僕はずっとこの笑顔が見たかった。
僕は思う。 きっと、王様が願いを叶えてくれたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ぎりぎり! 最終日の2時間前に始めるものではないと痛感しました……焦ってまともに書けていない笑 とても短くなる予定がだらだらに…ずーん。 でも、楽しかったです。 感想はまた後日書きます。
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