Re: 即興三語小説 ―台風直撃の夜の三語です ( No.4 ) |
- 日時: 2012/09/23 16:11
- 名前: 桐原草 ID:muA3y7Vg
「……おにいさま? おにいさまでしょう。うわあ、私、桜子です。幼い頃お隣同士でよく遊んでもらいました」 そうだね、もう高校生になったんだね。紺のブレザーに赤いリボンがまぶしいくらいよく似合っているよ。学校の帰りなんだね。この時間だと少し遅すぎやしないかい? クラブ活動かい? 「新体操部に入ったんですよ。昔からおてんばであちこち走り回っていたから、よく叱られていたでしょう。その度におにいさまの所に行って慰めてもらったわ」 そうだったね、君の事を思い出すときにはいつも泣いている顔ばかりだったよ。もう泣き虫は卒業したのかい? 「失礼ね、いつまでも泣き虫じゃありません。もう来年は高校二年になるんですからね。おにいさまこそ、『すぐ帰ってくるよ』っておっしゃったのに遅いじゃないの。もう十年以上経ってるわ。お隣の家を見る度に『いつになったら帰ってくるのかしら』と溜息ばかりついていたんだから」 ごめんね、すぐに戻るつもりだったのだけれど踏ん切りがつかなくて。今でもまだ迷っている。白雪姫にりんごを渡した女王は迷わなかったけれど、僕は渡してしまってこの長い片思いを終わらせたい気持ちと、この手を切り落としても渡したくない気持ちで、まだ葛藤しているよ。この一個のりんごで白雪姫は二度と手に入らなくなるかもしれない。求め続けてきたたった一人の白雪姫が。 「お仕事なら仕方ないけれど。でももう帰って来たのでしょう? これからはずっとあのお家で暮らせるのでしょう?」 しばらくはそのつもりだ。どうしても耐えきれなくなったときは、どうするかまだ、わからないけれど。 「おにいさまはもう、私の事なんて忘れちゃったのでしょう。外国が楽しすぎて」 忘れるはずなんてない、よく覚えているよ。君に会うためにだけ気の遠くなるような時間を過ごしてきたのだから。目を開けていても何も見えない、耳は聞こえるのに何も僕に語りかけてはこない、そんな真っ白な空間に一人きりで。 「でもいいわ、これからは又一緒ですものね」 そういって軽やかに笑う君。その笑い顔が僕の胸を締め付ける。両手で顔を覆っている猿のように何も見たくない。これから起こることを何も言いたくない。君の泣き声を聞きたくない。この場にうずくまって膝を抱えていられれば、どれだけ楽だろう。 僕は決断するために帰ってきたのではなかったか。誰よりも愛しい少女がここで笑っている。それだけでいいのではないか。 いや、何度も何度も思い描いてきた甘美な空想が僕の頭をもう一度占領する。その白い喉に口付けする甘い夢を。そのときに僕のこの思いはどこへ行くのだろう。
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ミニイベント板の中二イベントに出せる設定で色々考えています。こんな一シーンはいかがでしょう。まだ設定は詰めていないので、わかりにくいところは多々あると思いますが、雰囲気です……;;(スミマセン)
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