できそこないの愚痴 ( No.4 ) |
- 日時: 2011/09/11 20:31
- 名前: ラトリー ID:Vn7Bggc6
臨時ニュース、臨時ニュース! われらが『ワルキューレ団』のダキム隊長様が、悩めるみんなのためにとっておきの食糧を持って帰ってきましたよ! ……なんてな。 アジトへ続く階段を上りながら、つまらない冗談に俺は顔をしかめる。ついでにわき腹も痛む。「お腹すいてるの?」なんて言われないようにしないと。 いまやテレビなんてものを気にする余裕などない。人間の階層化が進んだこのご時世、最下層にいる俺たちにとっては、打ち捨てられた廃墟群に集団で巣くって飢えをしのぐのが精いっぱいってところだ。 食い物はいつも不足している。上層の奴らが繁華街で食い残したゴミを、警察の連中に気づかれないよう深夜にこそこそ動きまわって集めるしか方法はない。サイボーグ強化された警察官どもに見つかれば、改造で理性まで吹っ飛んでしまった奴らの『お仕置き』をその身に味わうことになる。 裏通りのあちこちに残された血痕が、暴力のすさまじさを物語る。半身不随にされるのも珍しくない。いっそ殺してくれたほうが幸せかもしれない。俺たちのアジトの奥で、口と肛門しか動かなくなった奴を三日間世話してた時はつくづくそう感じたものだ。 俺たちは、上層階級でしたり顔をしている富豪どものおもちゃにすぎない。こんな廃墟区画などさっさと更地にして、ついでに俺たちも粉みじんに押しつぶしてしまうことだってできるはずなのに、いつまでも放置しているのはそのほうが面白いからだろう。 「ダキム兄ちゃん、おかえり!」 「今日はいっぱいとってきたね」 「ぼくこれ食べたい!」 「だーめ、みんなでわけっこしなくちゃ」 それでも、ここにいる年下の連中の笑顔を見るたび、多少の喜びがわいてくるのはなぜだろう。こいつらはいつも、俺の持って帰ってきたなけなしの食糧を実にうまそうに食べる。変色し、一部に虫がわき、ぬめりを帯びて酸っぱくなった食い物を、神様からの贈り物か何かみたいにありがたがって口に運んでいる。 上層のクズが何も考えずに快楽目的の性交を繰り返し、産まれた赤ん坊を下層に放り捨てる。優秀な子供は遺伝子操作をしたうえで試験管から生まれ、形ばかりの親の愛情と英才教育で親そっくりに育っていく。クローン技術が発展した先にこんな未来があることを、数十年前の学者たちは予想だにしなかっただろう。 だから俺を含め、ここにいるガキはみんな『できそこない』だし、だからこそ上層の奴らにとってはいい観察対象になっている。打算や論理、計画の外側で育っていく子供がどんな人間に育つのか、奴らはきっと舌なめずりしながら見守っている。 「おかえり、ダキム」 数少ない同年代の一人、ザインとユマが廃墟の奥から遅れて現れる。十年前は同い年だけで十人はいたはずなのに、今はこの二人だけ。それでも――いや、だからこそ、こいつらは俺の大事な親友だ。顔を見るたび安心できる。 わき腹の痛みもしばし忘れるほどだ。食べなくても何とかなるだろう。 「ただいま。ザインも何か食べるか」 「僕はいいよ。まずユマに食べさせてあげなくちゃね」 すっかり小さくなってしまったユマを持ち上げ、ザインが小さく微笑む。子供の頃から羽根みたいに軽くて、俺が抱きしめるたびに顔を赤らめていたユマも、今ではザインがつきっきりで世話をするようになっている。たとえ両手両足をもがれ、眼球をえぐりだされ、乳房に刃物で胸糞悪い文句を刻みこまれ、あげく妊娠していたとしても、ユマは俺が生きてきた中でたった一人、心の底から愛した女であり続けるだろう。 「じゃあ、頼む。俺はもういっぺん回ってくるわ」 「えっ、でも」 「俺は大丈夫だ。もともと頑丈にできてんだよ。お前こそちゃんと食っとけ」 本当は君も空腹なんじゃないのか、と言いたそうな顔が俺を見つめてくる。そんなことはない。俺が今食べるより、お前たちが食べるほうがずっと大事だ。 「わかった。気をつけて。今度、君にまで何かあったら――」 「何年同じことやってると思ってるんだ。気にすんな。行ってくる」 それでも、ユマの姿を正視することはできない。全身、包帯でぐるぐる巻きにされてザインに抱えられたあの物体がユマだなんて、本当は信じたくない。信じれば、過去のあいつの面影まで全部、塗り替えられてしまいそうな気がする。 だから俺はさっさとその場を離れ、また一人で食糧探しに出た。 ユマが変わり果て、ザインがその世話に追われている今、回収効率は確実に落ちている。このまま俺一人で無茶な食い物集めを続けていたら、今度は俺がユマみたいになってもおかしくない。そうなればあいつらはどうなるか。 やめだ。考えすぎるのは悪い癖だ。考えて危険を逃れたことは何度もあるが、危機に陥ったことだっていくらでもある。まして一人で行動していればなおさらだ。もうかつてのようなやり方ではいけない。俺には力が必要なんだ、力が。 外に出ると、物心ついてからこの方、ずっと変わらない灰色の雲に覆われた空が俺を見下ろしている。この厚い雲の先に目の覚めるような青空が広がっている、なんて本当だろうか。書物というものは、嘘みたいなことを何げなくさらっと教えてくれる。 廃墟区画に図書館なんてものがあったことを、俺は感謝しなくちゃいけない。おかげでまともに考えることができるし、わずかな自由時間に退屈することもない。それさえ上層の連中が仕組んだ計画どおりなんてのが真相だとしたら、さすがに笑うしかないが。 「ユマ……俺に力をくれ」 あいかわらず不愛想な空を見上げ、かつてのユマを思い浮かべる。ザインと最後に三人で食糧調達に出かけた時の、屈託ない笑みを浮かべていた姿がよみがえる。小麦色の肌にすらりとした身体つきで、少しでもおしゃれがしたいと言って長い黒髪をポニーテールにまとめていた。どんな時でも明るく、周りを励まし続けていた。 灰色のキャンバスに思い描いたユマは、どこまでも神がかっていた。 「……駄目か? 俺には、できないのか?」 目がかすむ。わき腹の痛みがひどくなる。手を当てると、ぬるりとした液体が服の下にへばりついているとわかる。やっぱりここまでか。あの時、警官に撃たれた時点で未来は尽きていたのか。俺はあいつらの約束を果たせず、こんなクソみたいな世界のど真ん中で無様に死ぬのか。なあ、教えてくれよ、ユマ―― 何も見えない。何も聞こえない。倒れた地面は暖かくて、どこか心地よい。俺を優しく迎え入れてくれる。見たことのない母親の姿を、俺はユマの顔に重ねていた。
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