Re: 即興三語小説 ―今週から残業が多いという理由で業務量が減った― ( No.4 ) |
- 日時: 2013/07/07 22:01
- 名前: 星野日 ID:vNZHBAe.
「青梅」「破顔一笑」「映画」
『火消し屋さんの告白』
炎天下に負けて、私はカフェに逃げ込んだ。もう10分ほど我慢して歩けば帰宅もできたのだけど、干からびた身体が看板の青梅ジェラードなるメニューに惹かれてしまったのだ。 市街地に埋もれるようにして経営しているこのカフェは、いつ来ても数人の客が入っている。閑散としていて入りにくいわけでもなく、混み合っていて息苦しいわけでもない、適度の客入りがこのカフェの魅力の一つだろう。 カウンター席に座り、水に口をつけた所で近くの咳に座っていた男の顔にドキリとした。一度、依頼を受けたことのある男だ。 カトウというのが彼の名前だ。記憶にある彼はいつも熱にうなされるような悲壮の表情をしていた。新聞を熱心に読む今の彼に、そんな様子はないが、どこかあの表情を思い出させる。 私の視線に気がついたカトウと目があった。彼は一瞬思案して、 「どこかでお会いしたことがあいます?」と言った。 「いえ」私は水を口に含む。 「それは失礼」 カトウが視線を新聞に戻した。 私は火消し屋という看板を掲げて事務所を出している。仕事の内容を友人に話すと怪しむが、タウンページの七十八ページ目に電話番号も書いてある、正当な仕事だ。
カトウは一昨年、恋人を殺された。犯人は捕まったが未成年だったため、刑を免れて更生施設に送られた。彼は言った。 「あいつは、彼女がよくいくコンビニの店員でした。私もなんどか顔を見たことがあります」 事務所で、私と向かい合わせに座ったカトウは拳を握りしめていた。 「毎晩、あの男にどう復讐するかを考えて暮らし、夢で何度も殺し、朝起きてもまたあの男を殺すことを考えてしまう。憎くて憎くて仕方ないんです。あいつが」 「ここは、ご友人のご紹介だそうですね」 「はい」水をゴクリと飲む彼の喉仏が動くのを見て、私の好みの顔つきだなと思った記憶がある。 「犯人を憎むよりも、彼女の死を悼んでやれと言われました」 「そうなってしまうのも仕方ありません。うちに来る方は、多少の違いはあっても、みなさん似たようなものです」 「その気持ちを、消してくれるそうですね。嘘みたいな話ですが、本当なんですか」 「はい」 実を言うと、カトウの依頼の仕方を私は少し恥じている。 というのも憎しみを火消すのには、一緒に映画館にいく必要も、食事をする必要もないのに、私はそれをしてしまったからだ。彼の胸に手を当て、目をつぶれば簡単に火消しは出来る。それを定期的に続ければ、すぐに憎しみを忘れさせることができるのに。 カトウは一途な男だった。彼自身、そんな性質を知って、いずれ真っ直ぐな憎しみが、自分の手を汚させるのではないのかと心配したのだろう。器用な人間は、忘れるなり自分を騙して何とかするものだ。彼は、それができない愚直な男なのだ。私の屈折した性根は、このような男にいつも惹かれてしまう。 仕事柄恨まれることも多い。結局、カトウにも恨まれた。「あの憎しみの強さが、彼女を想う強さだったんだ。消してしまわなければよかった」と。
青梅ジェラードを食べ終る頃、店に入ってきた女がカトウに話しかけた。 「トーヤさんおまたせしました」 真剣そうに新聞を呼んでいたカトウは、破顔一笑して彼女に答える。 「いえ、暑いのに呼んでしまってすみません」 はにかみ合う彼らを横目で盗み見て、私は首をかしげた。おかしい、私自身のカトウへの気持ちも、しっかりと火消したつもりだったのが。 彼らが店を出て行ってから、私は胸に手をあてて目をつぶる。 燻っている部分を見つけて、踏み消した。
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