Re: 即興四語小説 ―明日から10月。やり逃したことはないか?― ( No.3 ) |
- 日時: 2012/10/08 12:10
- 名前: きか ID:S5M7JjSY
▲お題:「暴風圏」「本格」「陰湿」「おれ働いたら、万年筆買うんだ……」
あの頃、僕はその騒ぎの真ん中にいた。 僕と中心とした騒ぎの暴風圏にいた人たちは皆、それなりの被害を受け、けれど、どんな嵐でも台風の目の中では穏やかな時が流れるように、その騒ぎの中心となってからようやく、僕には平穏な日々を迎えられたように思う。 そうなるまでの僕に一体何が起こっていたかというと、まあ、言ってしまえば、軽いいじめというか嫌がらせというか、そういった行為のターゲットになっていた時期だった。僕への行為に、最近よくテレビで目にするほどの陰湿さはなかったけれど、もう一歩誰かが足を踏み出せば、このいまの状況も本格的ないじめに転がっていくじゃないか、と予感させる、そんな状況だった。 クラスメイトの一部が、表だって僕を囃し立て、僕を見下し、僕にだったら何をしてもかまわない、そんな空気が周囲に流れる。 僕は何をしても笑われる気がして、何一つミスなどしないように、神経をハリネズミのように尖らせるけれど、少しもうまくいかなくて。 気を張れば張るほど、笑われないようにしようと思えば思うほど、僕の言動はぎこちなくなり、それは周囲に、ああ、頷かせるような含み笑いを引き寄せる。 どうにかしなければならないと自分でも思っていたのに、どうにもできなくて。 しまいには、何をしたらよいかさえわからなくなって。 一人、途方に暮れていた、そんなある日のことだった。 僕をよくバカにして笑っていたクラスメイトの一人が言ったんだ。 「なあ、おまえがいるせいで、俺らにどんだけ迷惑かかってるかわかってる?体育祭だって文化祭だって、お前が足引っ張るせいで、いっつも最下位。お前が一人このクラスにいるせいで、俺らの評価とか内申点とかどんどん落ちてるわけよ。これってぶっちゃけ、迷惑料とかもらってもいいレベルだと思うんだよね。」 それは、高校への進路を決める二者面談のあとの放課後で、教師に何か否定的なことを言われて苛立っていたからだったのか僕にはよくわからなかったけれど、いつもの冗談めいた口調ですらなく、机を蹴り倒しながら僕を威圧する彼の姿を見て、血の気が引いて、頭が真っ白になった。 抑えなきゃと思うのに体が震えて、声が出なくなる。 教室の中がしんとして、冷たい空気が充満しているように思え、鳥肌が立った。 「あいかわらず、とっろいなあ。なあ、馬鹿だから返事もできねえの?ああ、それとも、納得しすぎて返す言葉もない?」 近づきながら、彼がこちらを見すえる目が怖くて、どうしても言葉が出てこない。 僕は何をされるんだろう。殴られるのは、少しくらいなら耐えられる。けれど、きっとそれだけじゃすまないだろう。 予測のつかないことが怖かった。 何か起こるのか、心構えすらできないことが、恐怖を加速させる。 ――怖い。こわい。たすけて。 そうして、目を閉じ、衝撃に耐えようとしたその時に、声がしたんだ。 「なあ、いい加減やめろよ。」 周囲の緊張が、一瞬緩む。 「人殴るとか、シャレになんないって。それに、体育祭とか文化祭とかはまとまりないうちのクラスの自業自得。なんでもかんでもそいつに責任押しつけてすませようとか、ぶっちゃけ無理。八つ当たりとかみっともなくない?」 薄目を開けて、声の聞こえたほうを見ると、そこにいたのは、笑いものにされるより前の僕に似て、地味で目立たない存在と認識されていたはずのクラスメイトだった。 たぶん、同じように面談がありその後なんとなく教室に残っていたのだろう。 彼に言った声は震えていて、どう考えても体格的にも彼にはかなわさそうなのに、まっすぐ立って彼を見つめる姿に、先ほどまでとは違う何かの感情が押し寄せてきて、僕は泣き出してしまいそうになる。 彼はもう一度、苛立ちをぶつけるように机を蹴る。 「おまえなんなの?なに、カッコつけようとかしてんの?馬鹿じゃん。こんなのゲームだろ?退屈な日常に刺激を与えるための単なるお遊び。あ、そっか。なんだ。お前もゲームに参加したいわけね。いいよ。人数多いほうが、ゲームは楽しいもんな。」 じゃあ、ゲーム開始ね。おにごっこ。捕まえられたら、罰ゲーね。そう言って、見えないところで何度もよくやらされたゲームが始まる。みんなに追いかけられ、捕まったらペナルティ。しっぺ。一発殴らせる。落書きされる。蹴り。髪切り。罰金。 でもこれはゲーム。 こんなのは、きっとまだいじめじゃない。 「こんなのを本気でゲームだって思ってるわけ?」 声を出してくれたあの子が誰かに尋ねる声がする。 「ゲームだよ、ゲーム。人生だってゲームだろ?弱肉強食。ちゃんとこっちだってルールに従ってるのに、弱くてやられるやつが悪いんだ。」 そう答えながら、不機嫌そうに、彼は、よかったな、お前にもお仲間ができて、と僕に笑いかける。 彼が去って、転がされていた床から起き上がりクラスメイトを見た。 その姿は僕と同じように汚さられて、ぼろぼろになっていて、でも、どこか僕とは違っていて、僕はもうしわけなくて、なんどもごめんと謝った。 僕とは違うのに、こんな目に合わせてごめん。 助けようとしてくれたのに巻き込んでごめん。 「おまえ、いつもこんな目にあわされてたの?」 申し訳なくてたまらないのに、僕に話しかけてくれる声がうれしくて、でもそんな自分が悲しくて、あとからあとから涙が出てくる。 「……泣くなよ。別に謝らなくてもいいから、おしえろよ。お前がされてきたこと。」 そういわれても、僕には涙を止めることができず、泣き続ける。 こんな目に合わせてしまったのに、話しかけてくる声に苛立ちや怒りはなく、それだけのことが、ただ無性に、どうしようもなく、嬉しかった。
校内に大きな張り紙が出されたのは、それから数日後のことだった。 ○年×組ではやっている最新のゲーム、と題されたそれには、僕が受けた数々の『ゲーム』の内容が記載されており、その張り紙をみた生徒にはかん口令が敷かれ、職員室では職員会議が行われ、僕らは先生から呼び出しを受け、話を聞かれた。 あなたは今現在いじめられているの、と質問されたけれど、僕自身、いじめという単語が何を指すのかがわからず、張り紙に書かれていた文章を読み、当惑しながら、ただここに書いてあるとおりのゲームをやらされていました、と答える。 僕がずっとゲームだと言い聞かせていたそれは、こうして活字になってみるとどうみてもいじめのようにしか思えず、それまで自分の受けている行為を、まだいじめじゃない、とそう信じ込んでいた僕にとっても、その張り紙はとても衝撃的だった。 張り紙を書き、掲示してくれた人間は匿名だったけど、僕にはそれを誰がしたのかわかっていた。 「ありがとう。」 迷惑のかからないように、誰にも見えない場所でお礼を言うと、いいんだ、別に大したことじゃないから、とそう笑った。 「これから今回のことで、ちょっとだけ自信もらえた気もするし。ペンは剣よりも強し、ってあるじゃん。おれって腕力もないし、自慢できることとかほんとないけど、なんか誰かを助けられるようなことしたいって思ってて。記者になりたかったんだ。でも、本当にペンの力で人は救えるのかって、信じれなくてさ。お礼言われてほっとしたんだ。騒ぎがひどくなって、逆にお前に迷惑かけたんじゃないかと不安で。」 ほんとに記者になれるかなんてわからないけど、大人になって、おれ働いたら、万年筆買うんだ……、そう照れくさそうに教えてくれた。 僕の言ったありがとう、は張り紙についてだけのお礼じゃなかったけれど、僕はそれを黙っていた。 今がもしも台風の目の中なら、またひどい嵐がやってくるのかもしれないけれど、味方になってくれる誰かがいて通り過ぎていくことがわかっている嵐なら、僕にも耐えきれないことはない。 僕の味方になってくれてありがとう。 僕を助けようとしてくれてありがとう。 僕は一人ぼっちなんかじゃないと、教えてくれてありがとう。 僕の頭の上には、いまはまだ、青空が広がっている。
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初めて投稿します。 HALさんから話を聞いていて、すごく気になっており、いつか参加させてもらいたいと思っていました。 きかと申します。 どうぞよろしくお願いします。
そして執筆時間に約3時間かけてしまいました。 すみません(汗)
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