Re: 即興三語小説 -そういえば秋ってそろそろだね― ( No.3 ) |
- 日時: 2012/10/01 02:19
- 名前: お ID:r3QzM3z6
三語「嵐」「とんかつ」「時間通りに届かない弁当」 5475文字。 所要時間、不明。一週間がかりでだらだら。ぜんぜん考えまとまらず、たぶん、なんだかんだで8時間くらいはかかってる?かも。 そして、遅刻。現在1日2時すぎ。 あげくに、後半ぐだぐだ。 反省はしています。まぁ、賑やかしということで。
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横殴りの雨が窓硝子を烈しく叩く。 昼だというのに海が昏い。黒雲が雪崩を打ち、風が吹き荒れ、青黒い波がとぐろを巻く。それでも今はまだ序の口。日暮れ前には、本格的な嵐になるだろう。 柏葉秋継(かしわばあきつぐ)は、魔窟に根を張る探偵である。 海辺の街道沿いに突如そびえる高層貧民窟、通称「魔窟」。島に最初に興った集落の跡だともいわれ、何百年にも渡り繰り返された無秩序な建て増しにより、ほとんど地表の見えないくらいに密集し入り組み入り交じって、誰にもその全貌を計り知ることは叶わない。平面を埋め尽くした建物は上へ上へ伸張し、多くが三十階を越えて積み上がり、さらに複雑怪奇さをまし、見た目にも、暮らしぶりを含めた内実も混沌を極めている。政府行政も見放す錯乱の坩堝、それが秋継が暮らす魔窟という日常。 嵐の気配が次第に強まっている。やがて、大粒の雨が硝子窓を叩きバタバタと大きな音を立て、強風に揺さぶられガタガタ震えるようになる。 ぼちぼちまずいか――と思い始めたちょうどその時、 「おじさん、のんびり構えてないで、いいかげん雨戸閉めなよ」 険のあるカズミの声。仕事上の相棒(パートナー)であり同居人である小柄な少年は、少女と見紛う可憐な容姿をしていながら、魔窟育ちらしくそこいらのゴロツキ顔負けに口が悪く、かつ頭の回転がいいだけに辛辣でもある。似合いすぎるエプロン姿でキッチンからしかめ顔を覗かせると、手にしていた庖丁を覗かせつつ秋継を急き立てる。 「ほら、ちゃっちゃと動く!」 「今やろうと思ったんだよ」 「怠け者はみんなそう言うよね」 やれやれ。子供はこれだから。いかなる時にも慌てず沈着に行動するのが大人ってものだろうに……などとぶつぶつ言うも、天気が悪いことを理由に、昼からこっちテレビを見ながら酒を舐めている。のんびり構えているというよりは、まぁ、だれている。 「お、じ、さぁん?」 「分かったから庖丁をしまえ」 ソファーから離れたがらない腰を引きはがし、海側の窓全ての木戸をガタガタいわせながら閉めていと、キッチンから食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。 だが、今日はしかし……、 「カズミ、今日はデリバリーを頼んだんじゃないのか」 カズミがスマホを使ってネットで見付けた、日系人がオーナーの、カツレツが抜群に美味いと評判の店だ。 「へぇ、おじさんは注文したカットレットのお弁当だけでいいんだ。じゃあ、サラダと奴とお味噌汁はボクが美味しく頂くよ」 美形が意地悪に笑うとどうしてこう厭味たらしいのだろう。 「おまえ、ほんと、性格ひねてるな」 「おじさんに言われたくないよ。だいたいおじさんが……」 「分かった、分かった。オレが悪い」 議論になると分が悪い。秋継は早々に切り上げようと降参のポーズを示す。 と、カズミは、 「おじさん」 なにやらおずおずと、 「怒った?」 意外にこういう面がある。いや、最近になって見せるようになった。関係性に慣れてきたというのもあるのだろう。 「怒りゃしないよ」 苦笑を堪えて言うと、 「ま、ボクは悪くないけどね」 いったいどこのツンデレだよ。 雨はもちろん一向に降り止まない。この分だと上がるのは明け方になるだろう。風はごうごうとテレビを見ていても耳に入るほど吹き荒れ、波の音すらここまで聞こえそうな気がする。実際には、十七階にまで波音が届くことはさすがにあるまいが。 「お弁当、遅いね」 支度を終えたカズミが、秋継の隣に座ってテレビの画面を覗き見ながら、玄関の方を気にする。 「そうだな」 注文の時間からすでに小一時間が過ぎている。魔窟のことだから時間通りに物事が運ぶことはあまりない。というより時間通りに物が届くなんてことがあれば神も驚く奇蹟だ。とはいえ、いちおう食事のデリバリーと看板を掲げるなら、一時間遅れはいくら魔窟でもお話にならない。魔窟だからこそ、時間通りに届かない弁当屋には、金の代わりに鉛玉で支払われかねない。そういう面倒なヤカラは掃いて捨てるほどいる。 いよいよとなって、カズミが、注文した店に連絡を取ろうと自分のスマートフォンを取り出す。固定電話があるのだからそっちでかければいいものを、よほど気に入ったものか、わざわざ別に料金の掛かるスマホを使いたがるのは、まぁ、致し方あるまいが、魔窟の公共サービス料金は非正規業者(しやていきぎよう)が間に絡んでる分割高になっていることも是非理解して欲しいものだ。 番号をタップしスマホを耳に当てたその調度同じ瞬間、まるで見ていたかのようにドアベルが鳴る。 「まいどー、おおきにぃ」 やたらと元気のいい配達員は、どうやら日本の関西出身のようだ。 「いやぁ、やばかったすよ」 肩に掛かった雨露を払いながら、ポケットバイクの尻に据え付けられたボックスからプリント柄のしっかりした紙箱を二つ取り出す。おそらくはもう冷めてしまってるだろうふたりの夕食だ。 「これ、ヒーター入ってるからけっこう温いっすよ」 こちらの考えを読んでの先回りの言葉は、言い慣れているのか淀みない。 「それにしても少し掛かりすぎじゃないのか」 「それなんですがね、実は嵐に遭いまして……」 やれ災難だと配達員が肩をすくめる。確かにずいぶん濡れているようだが……、 「外を走ってきたわけ?」 添え物料理の仕上げをしていたカズミが奥の台所から小走りで来る。手にはやはりスマホを持っていて、電子決済できる? とか聞いている。 「まさかっすよ。こんな日に外なんか走ったら吹き飛ばされて死んじまいます。まぁ、それ以前に外の道を探す方が大変っすけどね」 確かにそれが魔窟である。あまりに建物を密集させてしまったがために、多くの場所で道というものがなくなってしまっている。その代わりに建物を割って押し入り階を跨いで貫通し渡っていく、誰が作ったのか不明のスロープが魔窟中に張り巡らされている。ルートをきっちと押さえて使うと階段を上り下りするよりも楽に移動できる。彼らのようにポケットバイクを使えばなおさらだ。しかもそのスロープ、今現在も増え続けている。にもかかわらず、未だに制作者が知られていない。そんな馬鹿なと思うが事実である。好事家の言う「魔窟の百不思議」のひとつに数えられているらしい。 「じゃあなぜ屋内で嵐に遭う?」 「それなんすがね……」 ここ数日、同店の配達員ばかりが立て続けに三件襲撃されているという。ただし、金銭には一切手を付けない。盗るのは…… 「カツだけなんすよ。それも決まってトンカツ。それしか盗らないんす」 そういえばネット掲示板の片隅に見た気もするが、盗まれるのは弁当だけ、金銭に手を付けず、誰一人大きな怪我も負っていない。死人もない。飢えた者が食料を強奪するなどあまりに日常茶飯過ぎて、誰の注目も集めず、意識の俎上にも登らなかった。 「それと嵐とどう関係するんだ?」 「その犯人てヤツがすね、連れてくるんすよ、雨とか風とか」 「なんだそれ、冗談だろ?」 「マジっす、マジっす。世間じゃ事件としてあんま注目されてないすからみんな知らないすけど、オレらの間じゃ大問題なんで、みんなで話し合ってるんす。そしたら被害に遭った三人が三人とも同じこと言うんすよ。んで、たった今、オレも」 「マジか」 「マジっす、マジっす」 盗られた、落とした、喰っちまった。その言い訳に適当なことを言う、よくあることだ。必要以上に遅くなった場合にも当てはまる。それにしても、いかにも荒唐無稽に過ぎる。今時幼児でも理路整然と嘘を吐くというのに。こんな嘘は、あまりに嘘らしくて、嘘として成立していない。とはいえ、無条件で信じてやるほど秋継も無垢じゃない。 しかしまぁ、ブツは無事届いた。あれこれ詮索したところで時間が戻るわけでもない。支払いを終えたカズミがじと眼で見ている。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎているのだ。つまり、せっかく温かかったカツも冷め始める。 「引き止めて悪かったな」 早々にお引き取り願おうと話しを切り上げる。と、 「お客さん、もしかして探偵さんすか? オレの知り合いを助けてくれたって人、ちらっと見たことあるっすけど、お客さんに似てるなぁと思って」 実はここのお隣さんっすけどね――としれっと言う。 ああ、それはお忍びの国王だよ。 「どういう知り合いなんだ?」 「お隣さんすか? まぁ、ある店の常連仲間っていうか……」 あまり深くは質さない方が良さそうだ。 ここに越す前にひとつ案件を引き受けたことがある。その時も身分を明かさず、新興の実業家だと名乗っていた。ま、バレバレだったが。その案件を片付けた礼として、謝礼の他にこの部屋をくれた。でなければ、いかに魔窟とはいえ海添いのVIPエリアなんてとてもじゃないが手が出せない。この辺りの上階に住んでるのは金余りの暇人ばかりだ。 「で、探偵だとしたらどうした?」 「いや、できたらこの事件を解決してくれないかと思うっす。うちの社長にあんたのこと伝えてもいいすか」 ちらりとカズミの方を見る。 わざとらしい溜息を吐いて、 「仕事なら断る理由はないよ。それより、早くご飯にしようよ」 もっともな意見だ。
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魔窟の高層建築群をより混沌とさせているのは、狂気の建築家と呼ばれる謎の集団が行う突発的突貫芸術という行為による。スロープを作っている集団と同じという説もあれば、別だという説もある。前者は非情に有用で有意義だが、こちらは無用な上に邪魔だ。 で、なぜか目の前に風車小屋がある。 当然これで粉を挽くわけでもなく、電力を供給するわけでもない。第一、風車をまわすほどの風が吹くわけがない……、普通なら。 ゆっくり風車が回り始める。 風が、それもそれなりに強い風が吹き始める。同時に、空気に湿り気が混じる。 「そろそろのようだな」 バイクの排気音が聞こえる。そして、大気を切り裂き轟く風の音。ぽつぽつと頬に冷たい物――雨粒が当たる。 「本当に降って来やがった」 感心している間に、スロープを上ってくるバイク。配達員が乗っているポケットバイクはオフロードタイプで後部に弁当を入れるボックスが付けられている。スピードは出ないが頑丈で衝撃が少ない。ボックスの横に貼られたステッカーは店のロゴマークだろう。「湖の貴婦人」をモチーフに下物だと聞いている。そのデザインをしたのは……、 「おじさん」 バイクの運ちゃんがフルフェイスのヘルメットを取る。 「どうだった?」 ヘルメットを投げてよこしたカズミが乱れた長い髪を掻き解く。妙に色っぽいなどとは言わぬが花。 「睨んだとおりだ」 秋継が七インチタブレットの画面を見せる。店にバイトとして紛れ込んだカズミがある人物に発信器を仕掛けたのだ。地図画面上にその人物の近付いてくることがはっきりと示されている。 「さて、ご対面といきますか」 ぎし、ぎし、という重い音。風車が回る。風が、いよいよ唸りを挙げて吹き荒れる。雨粒が容赦なく顔を打つ。渦巻く暗雲。これはまさしく嵐そのものだ。 「カズミ、飛ばされるなよ」 「子供じゃないてば!」 そりゃけっこう。 そうこうしてる間に暗雲の中心が追いついてくる。 「これは、思ったよりきついな」 暴風雨の中、ひたひたと近付いてくる足音。しかしその正体は暗雲に阻まれ見えない。 「カズミ、バイクから離れろ」 その瞬間、獣のようなナニかが、バイクの保温ボックスに飛びかかる。 「脂! 脂! 脂あぁぁぁぁぁっっっ!」 絶叫は、理性を凌駕した欲望にまみれ、本能のままに ボックスが破壊され、弁当が散乱する。 ぺちゃぺちゃと。わさわさと。がつがつと。 むさぼり食う音。 夢中になって食い散らかす。 その背中を、秋継は見ていた。 「落ち着いてゆっくり喰ったらどうだい。別に誰も責めやしない」 雨が降っている。 しとしとと、すでに小振りにはなっていた。風は穏やかに頬を撫でる。 「な、ぜ……」 両手と口の周りを脂まみれにするそれ……その人が、何が起こっているのかも分からぬげに振り向く。 「喰いたかったんだろ? トンカツ」 トンカツを食う獣――弁当屋の看板娘がただ茫然と秋継を見上げる。 「あの風車が、風を吸い取ったんだ」 天然の嵐ならそうはいかない。内包するエネルギーが巨大すぎるからだ。しかし、人一人の心の問題で生じる嵐ならば、あれで充分に吸収できる。アレは、そういうものだ。創造者が果たしてそんな意図の元に製作したのかは分からない。高度な創造性がある種の霊験を持ち、神の権能を吸収し奪った。まさに魔窟の建造物だ。 「君は美しくあることを強要されていた。直接にではないだろう。看板娘と囃されてその気になった。自分で自分を追い詰めた。でも、君は元々太りやすい体質で、学生の頃苦労して今のスタイルを手に入れた。同時に君は湖の貴婦人に憧れた。随一の魔法使いをも翻弄する美しき魔女に、君はなろうとした。その一番の天敵が、日々目の前で上げられるトンカツとはね」 「わたしは……」 「君にも色々思惑はあったんだろうね。このエリアには正体は明かさないが、下界のけっこうな大物もいる。いずれ金余りの暇人ばかりで、ちょっとした火遊びにはもってこいだ。君がその美貌を維持できればね」 「わたしは……」 「一つだけ言わせてもらえば、君の作るトンカツは美味かった。少しばかり冷めても気にならないくらい美味かった。オレが言えるのはそれだけだ」 美の追求もいきすぎると妄執になる。それが果たして本当の美を生み出すものか。
後日。 ネットである弁当屋の看板娘が評判になっていた。少しばかり丸みを帯びた体付きながら、愛嬌のある笑顔で客を和ませ、彼女の揚げるトンカツは人を幸せな気持ちにさせる。そんなレビューが書き込まれていた。
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