Re: ニューカマーが来たら、やるしかない三語 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/05/01 00:00
- 名前: HAL ID:PA9xz6YM
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
これはひどい……orz
----------------------------------------
杉下潤一に彼女ができたという。 日曜の午後、それを聞いてアパートに駆けつけた親友たちは、根掘り葉掘りその彼女の正体を聞き出そうとしたが、潤一は水車がどうこうと、一向に要領の得ないことをいってぽうっとしているばかりで、いまひとつその人物像が見えてこない。いっときは辛抱して聞いていた叶涼也が、やがて名前よりもよほど冷ややかな目になって、ぼそりと呟いた。 「このエアリア充が」 「そんな可哀想な子を見るような目をしなくても俺の彼女は現実にいるよ!?」 「水車の歯車を彼女と呼んでいるくらいなら、妄想彼女のほうがまだいいよ」 「なんでそうなる!?」 憤りの声を上げる潤一の肩をぽんと叩いて、野宮竜が首を振る。 「なあ、そんなウソをつかなくったって、別に何にも恥ずかしいことじゃないんだぞ。見た目は悪くないのにその残念なオツムのせいでフラれつづけていようが、バンドのボーカルなんていう、いかにもモテそうなポジションにいるのにもかかわらず、彼女いない暦絶賛更新中だろうが、そんなことはたいした問題じゃないさ。お前には歌があるじゃないか」 「お前ら……」 からかわれていることに気がつかない潤一は、涙目になってその手を振りほどいた。 「だから、彼女のつとめている会社が、ペルトン水車っていうのを作っているらしいんだよ。その設計図の話を、目をきらきらさせて話すときの横顔がだな」となにやら語りかけた潤一を遮って、竜が素っ頓狂な声を上げた。 「ってことは、社会人かよ? 追っかけの大学生とかじゃなくて?」 「だから、そういってるじゃないか!」 どん、と壁が鳴った。騒ぎすぎて、隣の部屋の住人が苛立ったらしい。押しかけてきた二人は首をすくめて、ようやく持参したビニール袋の中から、缶ビールを出した。銀色の缶が、びっしりと汗をかいている。なんだかんだで祝うつもりで駆けつけたらしいのに、素直に祝わない仲間たちを蹴って、潤一はプルタブを空けた。 「でも、微妙じゃない? 彼氏といるときに、水車の歯車かなんかの話を延々とするかなあ。潤一、それって、付き合っていると思っているのはお前だけじゃないの?」 叶が面白がるようにそういうと、潤一は泡を吹いて「馬鹿いえ」と抗議しながらも、顔を引きつらせた。あまりに否定されて、自信が揺らいだらしい。そういう単純なところがからかい甲斐があるせいで、面白がられているのだが、当の本人はそのことに気がつかない。 「大体、何がウソっぽいって、歌ってるところを見たっていうファンの子ならともかく、素の潤一しか知らないのに、付き合おうと思う女の人がいるってことが、信じづらいよね。しかも設計なのかな? ずいぶん知的な仕事についてるみたいだし」 「潤一、残念な知らせがある。お前、それ、だまされてるよ。そのうち幸福の壷とか買わされるんだぜ、絶対」 「お前らなあ……」 反論するのも面倒になってぐったりとする潤一の手から、携帯を奪いながら、竜がいう。 「なあなあ、証拠写真かなんかないのかよ」 「勝手に見るなよ。だから、まだ付き合いはじめたばっかりなんだって。あさってようやく、三回目のデートなんだ。……お前ら、邪魔しに来るなよ」 「へえ、あさってっていったら、誕生日デート? 楽しそうだね」 「お前なあ、スタジオキャンセルして大事な用とかっていうから、何事かと思えば、女にうつつを抜かしてるのかよ。練習よりもデートか。俺は失望したぞ」 突然真顔になってそう吐き捨てる竜の肩を叩いて、叶が笑う。 「まあまあ。こんなことは一度きりだよね」 「悪いとは思ってるよ。でも、付き合って最初の誕生日なんだよ、今回だけ特別ってことで」 勘弁してくれ、といいかけた潤一をさえぎるように、叶が口を開いた。 「どうせ次はないよ。その前に振られるから」 「断言!?」 「ああ、まあなあ。そういうことなら仕方ねえか」 「納得するのかよ!?」 どん、と壁が鳴る。先ほどよりも調子が強く、壁はみしりと嫌な音を立てた。安アパートとはいえ、それほど薄い壁なら、隣もさぞうるさかろう。 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人をよそに、夏の午後の気だるい光が窓から射し込み、汚れの目立つ襖を照らしている。
|
|