闇鍋クライシス ( No.3 ) |
- 日時: 2011/03/27 23:00
- 名前: つとむュー ID:U50O3IIk
大学のカフェテリアでサークルの仲間とお茶をしている駿一の携帯に、メールが届いた。 「ごめん、メールだ」 駿一は皆に断わり、自分の携帯を取り出す。メールの差出人は駿一のバイト先の居酒屋の店主、みどりさんからだった。 ――なんだろう。今夜のバイトはいつもの時間より早く来いとか? 駿一が恐る恐るメールの中身を見ると、そこには次のように書かれていた。 『今宵闇鍋計画中、お願い紹介入店希望者』 何故に漢字だらけのメール、と思いつつ、駿一は『闇鍋』という単語に目を奪われる。 ――ついにあの闇鍋が完成したんだ! メールを見ながら表情をほころばせている駿一に、向かいに座っていた正人が興味深そうに声をかけた。 「なんだよ、駿一。なにかいいことでもあったのかよ?」 「みどりさんからメールなんだけど、新メニューが完成したらしい」 「誰ぇ、みどりさんって?」 今度は斜め右横に座る鈴音がいぶかしそうな目つきで駿一に質問する。すると正人がここぞとばかりに意地悪そうな声で説明した。 「何、気になる? みどりさんってのはよ、コイツの大切な女性なんだぜ」 「おいおい正人。いい加減なこと言うなよ」 駿一は顔を赤くしながら弁明する。 「みどりさんって僕のバイト先の居酒屋の店長。すごくお世話になっているから大切な方には変わりはないけど、付き合ってるとかそんなんじゃないから」 「ふーん」 鈴音は納得したようなしないような表情で鼻を鳴らす。 「そうだ駿一、その新メニューって何なんだよ」 「それが聞いて驚くな。なんと闇鍋なんだ」 すると正人は呆れた顔をした。 「闇鍋って、中に何が入っているか分からないってやつか? そんなものお店で出して大丈夫なのかよ」 「私だって嫌だわ。トマトとか靴下とか入ってたら最悪じゃない」 「鈴音、お前今までどんな闇鍋体験してきたんだよ」 鈴音が語る闇鍋の具材に、すかさず突っ込みを入れる正人。 「あはははは、大丈夫、大丈夫。入っているのは食べられるものだけだよ。僕の予想では、季節の野菜とか、店長のお勧め具材を使っているお楽しみメニューだと思うんだけど。蓋を開けるまで中身が分からないという意味でね」 そして駿一は二人の顔を改めて見ながら提案する。 「その闇鍋が完成したから人を呼んでほしいってメールだったんだけど、二人とも来る?」 すると鈴音が返事をする。 「私行く。そのみどりさんにも会ってみたいし」 「正人は?」 「お、俺は……。なんだよ二人のその冷たい視線は。行くよ、行けばいいんだろ」 こうしてその日の駿一達の夕食は、居酒屋『みどり』で闇鍋を試食することになった。
居酒屋『みどり』は、六畳くらいのお座敷とカウンターがあるだけの小ぢんまりとした居酒屋だった。普段は、みどりさんとバイトだけで店を回している。駿一は週に三回のローテーションでバイトに入っており、バイトの日は晩御飯もご馳走になっていた。残り物ももらって朝食にしていたので、みどりさんには何かとお世話になっているのだ。 「いらっしゃい、今晩は駿一君達の貸切よ」 店を訪れた駿一、正人、鈴音の三人に、みどりさんがカウンターから微笑んだ。 みどりさんは、理化学機器メーカーに五年間勤めた後、急に会社を辞めて居酒屋を開いたという異色の経歴の持ち主だ。だから大学の工学部に通う駿一とも話が合う。居酒屋を始めたのも、女性の利点を活かした仕事をしたいということだったらしく、『女手弁当』とか『お袋鍋』とか日々変わったメニューを開発していた。 「それで今夜の闇鍋って、中身は何なんですか?」 「駿一君、君は闇鍋ってものを分かってないわね。中身が事前にわかっちゃったら闇鍋でもなんでもないじゃない。蓋を開けるまでのお楽しみよ」 意地悪そうに笑いながら、みどりさんは金属製の重厚なお鍋を駿一達が座る座敷に運んできた。 「えっ、土鍋じゃないんですか?」 駿一が驚くとみどりさんは平然と言い放つ。 「これは私が開発した特殊な鍋よ。そんなことよりも駿一君、まずはお友達を紹介してくれないかしら」 「わかりました。では……」 改まって正座をした駿一に従い、正人と鈴音もいそいそと正座をする。 「二人ともサークルの友人で、鈴音さんと正人」 手振りを添えて駿一が二人を紹介すると、まず鈴音がお辞儀をした。 「初めまして。今晩はご馳走になります」 「鈴音さんね。可愛い娘じゃない、駿一君も隅に置けないわね」 すると鈴音はちょっと嬉しそうな顔をした。 「み、みどりさん。そんなんじゃないですから。そしてこっちが正人」 駿一は赤くなる顔を隠すように正人を紹介する。 「お久しぶりです、みどりさん」 実は正人は何度かこの店に来たことがある。 「あら、正人君じゃない。最近ご無沙汰してるわね。いつでも夕飯を食べに来てちょうだい」 みどりさんも正人のことを覚えていてくれたようだ。そしてみどりさんは座敷のテーブルのカセットコンロの上に金属製の鍋を置いた。 「さっきも言ったけど、この鍋はね、ものすごく特殊な鍋なの。加熱しすぎに注意してね。だし汁を加えながら温度を一定に保って使うのよ。じゃあ、ごゆっくり」 そう言いながらみどりさんはカセットコンロに火を付けた。そしてカウンターに戻ろうとすると、その後姿に駿一が声をかけた。 「みどりさん、部屋は暗くしなくていいんですか?」 「大丈夫よ。その鍋は闇鍋専用の鍋だから」 いや、闇鍋用の鍋を使うから闇鍋なんじゃなくて部屋を暗くするから闇鍋なんじゃないかと、三人は顔を見合わせる。 「闇鍋って、部屋を真っ暗にするから闇鍋じゃないんですか?」 今度は鈴音がみどりさんに向かって質問する。 「あははは。それが暗くしなくても大丈夫なのよ。いいから蓋を開けてみなさい。具材はあらかじめ煮込んであるから、もう食べれるわよ」 「それじゃあ……」 正人が鍋の蓋を掴む。そしてゴクリと唾を飲み込むと、意を決して蓋を開けた。 「えっ!?」 「なにこれ!」 「マジ?」 三人は一斉に驚きの声を上げる。 鍋の中には文字通り深い闇が広がっていたのだ。
「すげえ!」 「正に闇鍋だわ」 「中身が全く見えねえ……」 鍋の中は本当に真っ暗で、中に何が入っているのか全く見えない。ぐつぐつと何かが煮える音だけが闇の中から聞こえて来るのは、なんとも不気味だった。 それはまるで、鍋の中に宇宙が広がっているような風景。 「じゃあ、僕から行くよ」 駿一は先頭を切って、恐る恐る菜箸を鍋の中に入れた。 「うわっ、箸に何か当たった。中に何かが入ってるよ」 「そりゃそうだろ、鍋なんだから。おい、駿一。中のものは食べられそうか?」 「そんなのわかんないよ。なんかぐにゃぐにゃしているものが多いけど……、おっ、これは固い。箸が刺さるぞ」 「じゃあ、それを取ってみてよ」 鈴音も興味津々だ。 「わかった」 駿一が菜箸を上げると、マジックのように闇の中から具材が姿を現した。それはよく煮えた大根だった。 「どうだ駿一。それは食べられる大根か?」 「匂いは美味しそうだけど……」 駿一は取り皿に大根を移し、自分の箸で大根を崩して一切れ口に運ぶ。 「うまい。これはおでんの大根だよ。大丈夫、鈴音も取ってみな」 「……う、うん」 鈴音は駿一から菜箸を受け取ると、恐る恐る鍋の中に入れた。 「ホントだ。なんかぐにゃぐにゃしたものばかりね。あっ、これは特に柔らかい」 そう言いながら鈴音が取り出したものは、はんぺんだった。 「じゃあ、次は俺な。餅入り巾着、餅入り巾着と……」 正人が取ったのはがんもどき。どうやら鍋の中身は普通のおでんのようだ。 「どう、その鍋面白いでしょ」 にこやかな顔をしてみどりさんが戻ってきた。 「これ、すごく面白いです。いったいどんな仕組みになっているんですか?」 興奮しながら駿一が尋ねると、みどりさんは得意げに説明を始める。 「ふふふふ。この鍋はね、私が前に居た会社の新開発品『闇ガス』を使ってるのよ。光を吸収する性質を持ってるの。その闇ガスが鍋の中に入ってるのよ」 「だからこの鍋はこんなにごっついのか」 「そしてね、鍋の内側はガラスになってるの。鍋の内側に入った光がすべて闇ガスに吸収されるようにね。そうすると鍋の中はこんな風に闇状態になるのよ」 「すげえ、そんな仕組みだったのか」 正人も目を丸くする。 「中身はもう分かっちゃったと思うけど、お店で出しているいつものおでんよ。だから安心して食べて頂戴ね。でもこうやって食べると普通のおでんだって楽しいでしょ」 「みどりさんって素敵です」 鈴音はうっとりとみどりさんを見つめていた。 「いやね、照れるわよ。じゃあ駿一君、私は二十分くらい出てくるからあとは任せたわよ。皆さん、ごゆっくり」 そう言ってみどりさんはお店を出て行った。
駿一達がおでんでお腹が膨れてくつろぎ始めた頃、突然鈴音が怪訝な顔をした。 「ねえ、今何かパリンって音がしなかった?」 「いや、気付かなかったけど……」 すると正人が叫びながら鍋を指さす。 「お、おい、駿一。鍋のフチから蒸気みたいのが出てるぜ」 「まずい。おい正人、火を消せ」 正人は素早くカセットコンロの火を消す。しかし、蒸気みたいなものは相変わらず鍋から出続けていた。 「そういえばみどりさん、鍋の加熱しすぎに注意って言ってたような気がするわ」 「じゃあ、だし汁で冷やさなくちゃ」 駿一がテーブルの上のだし汁の容器を掴むと、中身はすでに空だった。 「僕、カウンターからだし汁を取ってくる」 「おい駿一、こんな時にそんなこと言ってる場合じゃねえぞ。冷やせるものなら何だっていいじゃねえか」 「ダメだよ、だし汁じゃなきゃ、中のものが美味しく食べられなくなっちゃうじゃん」 「駿一君も正人君も今は言い争ってる場合じゃないわよ。早く鍋を冷やさなきゃ、なんだか大変なことになりそうよ」 鈴音が見つめる部分の蒸気は、色が白から黒に変わりつつあった。それは鍋の中から闇ガスが漏れ出ている証拠だ。事態は悪い方向に転がっていた。 そうこうしているうちに、今度はバリンと大きな音がした。鍋が弾けたのだ。それと同時に居酒屋は真っ暗になって駿一達は視界を失った。 「なんだ、真っ暗だぞ」 「何も見えない……」 「闇ガスが漏れ出したのよ」 「おい、みんな怪我はないか?」 「大丈夫よ。きゃっ、誰? どさくさに紛れてどこ触ってんのよ、この鬼畜生!」 「ご、誤解だよ。俺じゃない」 「僕でもないよ。それよりとにかく店から出ようよ」 「わかったわよ。触った人は後で覚悟しなさいよね」 ぶつぶつと不満を漏らす鈴音を諭しながら、駿一達は手探りで前に進み、やっとのことで店の扉を見つけた。 「やっと外に出れるよ」 駿一が扉を開けると同時に、皆の視界に光が戻った。 「娑婆がこんなに明るいとは思わなかったぜ」 「ホント、お月様がまぶしいわ」 居酒屋『みどり』の前に立ち尽くす三人を月明かりが照らしていた。
------------------------------------------- 4400文字くらいです。断続的に書いていたから4時間くらいかかったかも。 時代は、『闇ガス』が発明されるくらいに未来ということでお願いします(笑) 地震はすごかったですが、何とか生きています。
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