Re: 即興三語小説 ―梅雨入りはまだ先― ( No.3 ) |
- 日時: 2013/05/26 22:40
- 名前: 卯月 燐太郎 ID:ip2f/3Pk
『夜が満ちる』
いつの日か新宿の歌舞伎町は眠らない街と言われるようになった。 その裏通りにある古いビルのモルタルの壁に貼り付けた青いネオン管はくすんでおり、パチパチと音を立て今にも消えてしまいそうだった。人通りはほとんどなくてすえたにおいがあたりに漂っていたのは、酔っ払いがげろを吐いたり小便をしたりするからだ。 ネオン管はただ青いだけで、階段の下が「バー」なのか、何の店かはわからなかった。 コートを着て帽子を深くかぶった者が階段を下りていった。その者は夜だというのにサングラスまでしていた。 地下に降りると分厚いヒノキの扉を開けた。 するとそこには深い森が広がっていた。 夜の森である。 梟(フクロウ)が針葉樹の太い枝に留まり大きな目を見開いて扉から入ってくる者を見張っていた。 そいつが入ってくると「ほーほー」と森の中に梟の鳴き声が吸い込まれていった。 そいつは暗がりの森の奥へと続く獣道を歩いていった。そいつが通ると虫たちが声をあげる。くねくねとした獣道をしばらく行くと空き地に出た。地面には、和蝋燭が円陣のように並べられ、まるで何かの儀式をしているように思える。炎が歌舞伎町のあかりとは違う、赤い、あかりを放っていた。 古だぬきや七尾狐や一つ目小僧、傘男などいろいろな妖怪が集まっている。 その妖怪たちの話し声がそいつが来ると急に静かになった。みんながみんなそいつを見る。 「どうでした、あちらの様子は?」 化け猫が尋ねた。 「だめだな」そいつは革靴の裏に付着したガムを手袋のした手ではがすと暗い声で言った。 「しかし、なんか入り込める隙はないのですか?」 「動物園に白熊はいたが、やつは神の使いではなかったよ」 「そうですかい、昔から白い動物は神の使いと相場が決まっていたものですから、てっきり、われわれの同類かと思いましたよ」 すると白蛇がもっともだとうなずいた。 「それじゃあ、あちらの世界に、もはや夜は来ないのですか? 昼は太陽があかるくて、夜は夜で煌々とあかりが灯っている。これじゃ、われわれ妖怪の出番はないですね」 「いいやそうでもなかったよ」 そいつは帽子をとり、コートを脱ぎ、サングラスをはずし、靴を脱ぎ捨てた。 「人間たちの心の中は、夜そのものだったよ。真っ暗な闇の世界だったよ」 夜はその真っ暗な姿をあたりに解けこましながら「新しい都市伝説は奇跡のごとく、いくつも始まっていたよ」 そううそぶくと、もはや妖怪たちにも夜の姿は見えなくなっていた。
―― 了 ――
―――――――――――――――――――――――――――― ▲お題:「暗がり」「和蝋燭」「人間」 ▲縛り:なし ▲任意お題:「きせき」(変換可。平仮名、カタカナ、漢字問わず)
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