Re: 即興三語小説 ―三語に役職ができたらしい― ( No.3 ) |
- 日時: 2013/05/23 23:36
- 名前: は ID:wkhVeJXs
「HAL9000を知らんのか」 知らんといったら怒られた。 「狂った機械なんかしりませんてば。ブラックジャックのU-18と、ロビタのふたつでたくさんです」 「人工知能といえよ、君」 知ってるじゃないかと怒られた。 入会してはや三ヶ月。毎日のようにいびられどおしだ。とんでもない人に捉まった。 ――「なにをしておるのだ?」なんつー口ぶりからして察すべきだったのだ、この人が変人だということくらい。 朝陽ヶ浜高等学校SF研究会はまともじゃない。 だいいち学校に部室がない。 そもそも公認の部ですらない。 はやい話が帰宅部である。 帰宅路がぼくらの部活動である。 すなわち、ぼくと先輩の――ぼくと早川先輩の。 「愛読書がブラッドベリだというから……やれやれ、すっかり騙された」 「それ言うのもう何回目ですか。諦めてください。『たんぽぽのお酒』が好きなんです」 「いいや、ゆるせぬ、諦めぬ。立派なえすえふ・ふあんにしてやる」 じょてい、は、なかまを、ほしがっている……! 「あれだってちゃんとSFですよ、レオ・アウフマン博士がいます」 「そう……だけどー……そうじゃない、のだー……」 ううー、とことばに詰まる女帝。いいたいことはそうじゃないのだ。ティプトリーを読め、イーガンを読め、もちろんアイザック・アシモフも読め。だいたいそういう方向だ。「まあまあ、これから読みますよ……とりあえずその、ハインラインとか」 ぱっと先輩の笑顔が咲いて。 「それなら、寄っていけ。貸してやろう」 いますぐに、とせっつくSFじゃんきぃ。 しまった、と思うがもう遅い。すっかり貸す気になっている。読めよ、のオーラぷんぷんである。今夜も徹夜になるかもしれない。墓穴を掘った。深い穴だ。なまじ可愛い人なだけに、どうも期待を裏切れない……あれやこれやはおいといて。 ハインラインは彼女の「おきに」だ。 かくも・無慈悲な・ぼくの・女王。まったくすっかり骨抜きである。 「わかりましたよ、お邪魔します。そしてお借りすることにします」 てことはまたひとしきり蔵書自慢をされるんだろうなあ……。 「で、続き、なんでしたっけ」 「ハル・ナイン・サウザンド。ど」 「ど、ど、ど、ど……『どろんころんど』」 「おっ、そんなのもあったっけ。 じゃあ『どーなつ』」 「『つぎの岩につづく』。ラファティ」とこれは個人的かいしんのいちげき。 「クラークも読んでないのに、どうしてそういうイロモノばっかり知ってるかなあ」 「先輩だって大好きなくせに」 「わたしはいいのだ」 と鎧袖一触女王節をかまして「『くらやみの速さはどれくらい』」 SFしりとりがふたたび続く。 ――『第六ポンプ』 ――『ブレードランナー』 ――『何かが道をやってくる』 「る、るる、るるる」と先輩が途惑う。 「る……パン三世VS複製人間」 「うわっ、くるしい! いかにもくるしい! SFなんですか、それ」 「るっさいなあ。クローンだよ、テロメアだよ、SFだよ。綾波シリーズのはしりだよ」 「まあ、ぼくは観てませんから……信じますけど」 負けずぎらいだからなあ、この人。 「ふん、しゃらくせえ」 などと見得を切ってみせたところへ、 「う」 「あ」 上空を戦闘機が横ぎった。 編隊を組んで東から西へ飛び去っていく。 「訓練……ですかねえ」 「最近多いよね」 「まあ戦争も近いみたいですし」 ――海のむこうで戦争がはじまる。おっとそいつはSFじゃあねえ。 なーんてことを考えてられるのもいまのうちなのかもしれない。 「ほんとに、するのかな、戦争なんて」 「わかりません、けど、馬鹿みたいだ」 だっていうのにあちこちが騒がしい。どこもかしこも浮き足だっている。学校にいたって、教師たちはみんなどこかうわの空だ。生徒のぼくらももちろんそうだ。 「……うちの父さん、帰りが遅いんだ」 「それは」 地保委ですか、とは言えず口ごもる。 地域保安委員会。先々月に制定された政令で、そういう団体の名のもとに役員が各市町村から選出されることになった。彼女の父親も選ばれたと聞いている。 その具体的な活動内容を、ぼくは知らない。ただこのところ大陸で起こっている一連の出来事が遠因であることは間違いない。 空気の、ふるえる、音がする。 より大編成の戦闘機群が、さらに東から西へよぎった。 ――彼女は空を見あげたまま。 「……ところで、先輩」 「ん?」 「そうです。 ん、です。ふくせい・にんげん。 しりとり、先輩の負けですよ」 「るっさい! すかたん! わかっとるわい!」
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