発電少女ミライ ( No.3 ) |
- 日時: 2011/02/21 00:39
- 名前: ウィル ID:DyloqYlY
雑居ビル内にある、木崎事務所とだけ表札のかかった、何の仕事をしているのかさえ分からない部屋の前に置かれたドンブリを回収し、少年は帰路につく。帰路と行っても、ただ階段を下りるだけ。部屋の中からはいつものように機械をいじる音だけが聞こえている。 少年――如月吹雪の働いている店はその雑居ビルの一階にある、しがないラーメン屋(?)だった。 「おう、吹雪、帰ったか」 そう言い、吹雪を出迎えたのは、ラーメン屋(?)の店長、五十六歳独身の如月熱斗。吹雪の父だ。 その父と、客らしい少女を見比べて吹雪は改めてラーメン屋(?)の(?)について再認識する。なにしろ、その小学生くらいの白いワンピースを着た、白髪の少女が食べていたものは、プリンアラモードとお子様ランチ(ハンバーグにチキンライスの山、ポテト)であり、ラーメンはおろか中華料理の影すらなかった。 客の注文さえあればアフリカ料理でも作る、それが熱斗の心意気というものらしいが、客の無茶な注文のたびに店のメニューが増えていき、今では九百種類以上もの品揃えがある。しかも、それぞれに値段設定をしているため、会計をするのも一苦労だ。 まぁ、幸いというか、不幸というか、会計で順番待ちをするほど客足はよくないが。 「……ぷはぁ、ごちそうさまなの」 少女がケチャップのついたご飯粒をほっぺたにつけるというべたな食いしん坊キャラを演出してごちそう様宣言をする。 「お子様ランチとプリンアラモードでいいのか?」 「うん、ごちそうさまなの」 親父に訊いたつもりだが、少女が返事する。 「……八百四十八円になります」 レジで金額を打つ。 「わかったなの」 そういい、彼女はおサイフケータイ用のところに手を置いた。 「……おい、何のつもりだ? そこは携帯電話を置くところで……ん?」 瞬間、レジが壊れたかと思った。 なぜか機械が作動し、レシートが出てくる。 残高百五十二円という言葉とともに。 「……なぁ、お前……」 「お前じゃないの! ミライなの!」 「ミライ……その手、開けてみろ」 「はいなの!」 ミライと名乗る少女は、そういい小さな両手を大きく広げる。 そこには何も握られていない。当然、磁気を発するようなものもなにもない。 「どうなってやがるんだ……イテッ!」 吹雪が自問して少女の手をふれた瞬間――静電気が音をたてて発せられた。 「親父、外も暗いから、この子を家まで送るよ」 「おう、お前にしては気がきくじゃねぇか」 ミライの使っていた食器を片づけながら、熱斗が「送ってやりな」と了承する。 「あぁ……確かに気をつけないとな」 吹雪はそういい、ミライの横顔を見降ろした。
「なぁ、ミライちゃんの家はどこにあるんだ?」 「うぅんと、メゾン吉岡の三○三号室なの」 「メゾン吉岡? それってどこにあるんだ?」 そう訊ねながら、自分でも携帯のインターネットで検索を入れる。 「えっと、調べてみるの」 調べる? どうやって? と吹雪は思ったとき、携帯に検索結果が表示された。 「吉岡駅から北に三百メートル。おしゃれなガーデンアートがあなたを出迎えます」 それは確かに携帯情報ページに表示された言葉だった。だが、それを発したのは吹雪ではなく、ミライの声。携帯電話をのぞき見したのかと思ったが、少女は目をつむっている。 どうやら……間違いないらしい。 「どうやって調べた?」 「えっと、インターネットを使ったの」 「……携帯電話もパソコンも無しで……か」 吹雪は笑っていた。 理論はわからないが、少女はおそらく、電波を送受信し、情報を脳内でイメージ化している。当然、暗号された、しかも電波という情報は普通の人間には届くことはない。 例えば、ラジオというのはラジオ局から発せられる電波がラジオという受信機を通じて初めて音となる。電波のままでも音として認識できるのなら、一日中耳元で騒音が聞こえて寝ることすらできないだろう。 だが、吹雪の考えが正しければミライはそれと同じようなことをいとも簡単にやってのけたことになる。 「そんなの……精人にしかできるわけがない」 「せいじん? バル○ン星人なの?」 そんな蝉とザリガニをあわせたような宇宙人は関係ない。 精人とは、精霊を身に宿した人間のことをいう。一般には知られることのないその存在だが、火の精霊を宿したら火を、水の精霊を宿したら水を使うことができる。 そして、ミライはおそらく、その小さな身体に電気の精霊を宿しているのだろう。雷の精霊ともいえるかもしれない。レジで自分の身体に特定の磁気を発することで精算をしてみせたり、自分の身体で人間インターネットとなったりしている。そして、何よりあの強力な静電気。 「フォッフォッフォッフォッフォなの」 バルタ○星人のまねをするミライ。彼女は精人の意味を知らない。なら、彼女の両親は知っているのか? この精人がどういうものなのか。 「じゃあ、とりあえず送ってやるから……」 「やぁ、これはこれは、ラーメン屋のお坊ちゃんじゃないですか。偶然ですね。いや、この世界に偶然ではないことなど一つもないですから、わざわざ偶然というのもおかしいですね。それこそ、呼吸をするたびに、私は呼吸をしていますと宣言するようなものですから」 声をかけてきたのは、一人の三十歳くらいの男。無精ヒゲに、ぼさぼさに伸びた髪、よれよれの白衣を見る限り、オシャレとは無縁の人間だ。 「……木崎さん?」 ラーメン屋のある雑居ビルの四階の木崎事務所に一人住む木崎。一週間前に引っ越してきてから吹雪とは時々顔を合わせる程度の付き合いをしている。 「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですね。可愛らしいといっても、生まれたての子犬や、水槽の中をたゆたう小さな金魚に対していう可愛らしいではなく、将来魅力的な人間になるであろうことをみこして言う可愛らしいです。あ、でも私はロリコンではありませんから、今すぐに貴方に対して発情するということはありませんよ」 「こんにちは……じゃなくてこんばんはなの!」 「やぁ、こんばんは。飴食べますか? 飴は効率よく糖分を接種するには最適な手段だと思っています。幼少期、糖分は脳の栄養と言われ、毎晩一個食べていたのですよ。まぁ、実際のところ砂糖のとりすぎは低血糖を引き起こしますね。過ぎたるは及ばざるがごとしとはまさにそのことですね。それを知っていても糖分を補給しなくてはいけなくなる。糖は一種の麻薬のようなものだと私は思いますよ」 「わぁい、グレープ味にアップル味もらいなの! レモン味はいらないの! すっぱいのはぺっぺなの!」 「あはは、実は私もレモン味は嫌いです。そもそも、飴を食べるということは前述したとおり糖分を補給するためですから、わざわざ甘みと反発するようなものを食べたいと思わないのですよ」 「これは奇遇ですね、なの!」 口に飴玉二個を一度に頬張り大喜びのミライと、嫌いといっていたレモンの飴を口に入れる木崎が笑いあう。妙に気があったらしい。 「あの、そろそろいいですか? 俺達行かないと……」 「どこに行くっていうの?」 再び来訪者。だが、今度の来訪者は歓迎できるという雰囲気ではなさそうだ。 その来訪者の女性は、木崎と同じような白衣を着た二十歳くらいの女性。大学生にもみえるが、何より問題は彼女の所持品。 「玩具、じゃないよな」 「えぇ、もちろん本物よ」 彼女がこちらに対し構えていたのは、拳銃だった。 「おまわりさんには見えないんですけど……刑事さんですか?」 「その子を渡しなさい」 「……ミライ、知り合いか?」 「えっと、研究所のお姉さんなの」 ミライが怯えた様子も見せずにそう答える。研究所――嫌な思い出がよみがえった。 「木崎さん、その子をつれて逃げてください」 「……わかりました。この状況を見る限り、それが一番よさそうです。ミライちゃん、アイスクリーム買ってあげよう」 「わかったなの。アイス欲しいの! すぐに戻るのっ!」 少しおびえた様子の木崎と全く緊張感のないミライ。 「待ちなさいっ!」 「っと、相手は俺だっ!」 追いかけようとする女性の前に吹雪が立ちふさがる。 「どきなさいっ!」 「どかないね。そもそも、拳銃なんて打ったら、警察がすぐに――」 その瞬間、激痛が吹雪の足を襲った。 「なっ」 消音機を使ったらしい。撃たれた、と感じた時にはすでに吹雪はその場に倒れていた。 「私は迷わないって決めたの」 女の言葉とともに、吹雪の体温はどんどん下がっていく。寒さのあまり痛みもなくなり、まるで自分の身体が氷になったかのような錯覚さえある。 だが、それは紛れもない事実で―― 「……待ちな」 吹雪はそう声をかけた。しっかりと両足で立ちあがり。 「そんな……貴方……まさか」 吹雪の足の傷はすでに血が固まってふさがっていた。ただし、かさぶたができたというようなものではない。吹雪の足から漏れ出た血が凍って塞がっていた。 「貴方も…………」 信じられないといったような口調で女は呟く。 「貴方も……精人」 「……大人しくしろ」 「だめよ。私はあの子を連れ戻さないといけないから」 「…………」 そういい、彼女は拳銃を至近距離で吹雪に向けた。だが、吹雪は冷静に銃を握る。 瞬間で冷えた銃の恐怖で、反射的に彼女は銃を手から離した。 脳が冷えた吹雪の思考はひどく冷静で、ひどく容赦ない。だから、吹雪はその拳銃を取り、彼女の頭にむけた。 「……お前のような研究者がいるから、俺達は平和に過ごせない」 「……平和に過ごせない? ミライを……あの子を連れ出して弄くりまわすのが貴方のいう平和なの?」 「……何をいっているんだ?」 吹雪は彼女の言わんとすることが理解できなかった。次の一言までは。 「……私は、何が何でもミライを助けないといけないの! 少なくとも、木崎のような研究者にはミライを渡せないわ」 その瞬間、吹雪は自分が行った、ミライを助けようとした行動が、ミライを最悪な運命へと追いやったことにようやく気付いた。
------------------ 0:38 一部修正
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