餃子の精 ( No.2 ) |
- 日時: 2012/10/22 23:40
- 名前: もげ ID:HL7UpBFQ
彼女は甘党だ。好物はクリームたっぷりのシロノワール。さくらんぼは最後に取っておく派で、機嫌を損ねたくばそれをつまんで口に入れてしまいさえすれば1ヶ月は根に持たすことが出来る。 僕は別にさくらんぼが好きなわけではないが、彼女の膨らんだほっぺたやら子どものように駄々をこねる様子を微笑ましく思っているので、つい手が伸びてしまうのだった。 3日前も同様で、彼女があまりに幸せそうにクリームを舐めているので、僕の嗜虐心がデニッシュ生地のようにむくむくと膨らんでしまった。 一瞬まばたきした間に皿の端によけてあった赤い実を掠めとり、一連の流れで口の中へと放り込む。 彼女がそれに気付いて悲痛な叫びをあげながら赤い軌跡を辿る様子が、今もスローモーションで瞼の裏に完全に再現できる。 『馬鹿なことをしたな』同時に、『たかがそれだけのことで』。 僕は冷めて固くなった餃子を箸の先でもてあそびながら息を吐く。 わかってる。原因はそれだけじゃない。それはきっかけに過ぎない。しかし間違いなくそういったことの積み重ねがお互いの間に亀裂を生んで行ったのだろう。 初めて出会った秋祭り。あの頃はまだ不器用ながら思いやりあっていたのに、時間と共に僕は相手を雑に扱うようになってしまった。 決して愛情が無くなった訳ではなかったが、思いやりをなくしても大丈夫だと変な風に甘えてしまったのだ。 ぐじぐじと餃子をいじめようとした箸先で、急に皿が交換された。 突然現れたホカホカな餃子に面食らっていると、ふと目先が暗くなり、誰かが正面に座ったことが分かった。 「お客さん、いけないな。餃子が泣いてるぜ」 顔を上げてみると、40代半ばかと思われる隻眼の厳つい顔の男が座っていた。 そっちの世界の方かと思わず浮きかけた腰は、しかしそのまま椅子に落ちた。 このまま突然逃げ出した方がよほど怖い目にあいそうだというのもひとつだが、それよりも片方しかない黒い瞳が何故だかとても優しそうに見えたからだった。 「熱い方がうまいぜ」 男は割り箸を歯で割ると、目の前の皿から湯気を立てる餃子を口に運んだ。 眉をしかめてはふはふと口から湯気を逃がす様子は、厳つい顔にあって少し滑稽で愛嬌があった。 ほら食えよと言わんばかりに皿をこちらに押しやるので、食欲はまったくなかったが僕はありがたく餃子を頂いた。 やっぱり熱くてはふはふなったが、それがなんだかおかしくなって思わず笑っていた。男も僕の方を見やってにやりと笑った。 「…すみません。なんだかご馳走になってしまって…」 いつの間にか会計を済まされてしまい、財布を開けようとするのを頑なに固辞するので、僕はしかたなく頭を下げて礼を言った。 「なに、おめぇの為じゃねぇさ。餃子の為だ」 ビールを飲んで上機嫌のような男は笑って言った。 「あの、お名前は…」 「俺は餃子の王将の妖精さ。餃子をおいしく食べてもらうのが俺の使命なのさ」 がっはっはと豪快に笑う男に、僕はつられて笑いながら内心で頭が下がる思いだった。 大切な人にさえ忘れてしまった思いやり。この自称『妖精』は見も知らない僕にさえそれをくれた。 次は間違えない。僕はもう一度、この隻眼の男に頭を下げた。 おわり
------------------------------------------------------------ とてもとてもとてもお久しぶりです。 そして激しく遅刻して申し訳ありません。 締め切りぎりぎりに投稿しようとしたら無線LANちゃんが 反乱をおこしたの。でも言い訳ですね。すみません。 てっきりもうなくなっちゃったのかと。 久しぶりにのぞいたらやってたのでうれしくなっちゃいました。 また参加させて頂けたら嬉しいです。 もげ
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