薬物中毒者(前週の続きらしきモノ) ( No.2 ) |
- 日時: 2012/06/17 21:46
- 名前: マルメガネ ID:KE/1ZiBM
タツキが重度の薬物中毒の男に襲われたのは、カフェスタジオ『アロジムロジ』での勤務を終えて帰宅する途中だった。 しとしとと陰鬱な雨が降り、街灯がぽつんぽつんと侘しく点った、いつも通る旧市街地の裏路地でのことだ。 切れかかって明滅を繰り返す街灯を目印に右の路地へ入った時、刃の欠けたセラミック包丁を持ち、闇に紛れる暗色のレインコートをまとったその男に、不意を突かれ、死角からいきなり襲われた。 「臼かサラシ一反 臼かサラシ一反をくれぇぇ。ほ、欲しいぃぃ」 謎めいた言葉を発し、刃が欠けたセラミック包丁をやみくもに降り回し、タツキは身をかわしたが、かわしきれずに腕を切りつけられた。 中毒の禁断症状による幻覚と思われたが、殺意はないにせよぞっとするような殺気がみなぎっていた。 それは、祝日大連休の初日に広場で開かれていたオープンカフェで感じた殺気に似ていて、身の危険を感じたタツキは濡れるのも構わず、ビニール傘を襲いかかる男に投げつけ、 男がひるんだすきに逃げ出した。 幽鬼もしくは生ける屍のごとくゆらゆらと歩き、男が逃げたタツキを追いかける。 タツキも必死だった。 「マスター。開けてくださいっ」 ほうほうのていで、カフェスタジオ『アロジムロジ』に転がり込む。 マスターは、何事か、と思ったようだが、腕から血を流しているタツキを見てただ事ではないと直感した。 「薬物中毒者に襲われました」 息を切らせながら、事情を聴いたマスターにタツキが答えた。 「すぐ来ますよ」 ドアに視線を向けながらタツキが言った。 「追われているのかね。それは、警察に連絡するべきだし救急車を呼んでおこう」 マスターがそう言って、電話をしはじめた。 ドアを激しく叩き、わめく男の声が外から聞こえた。思いのほか早い。 煎り立てる前のコーヒー豆が入った麻袋に身を寄せ、タツキが様子をうかがう。 ドアが破壊され、ずぶ濡れになった男が刃の欠けたセラミック包丁をちらつかせる。 明かりに曝された男の顔は蒼白で痩せこけた頬に縫合した傷跡があり、落ちくぼんだ眼だけがぎらついていた。 「さぁ、お相手しましょうかね」 と、いつも悠然としているマスターが身構えた。 薬物中毒の男とマスターの勝負は一瞬で勝敗を決した。 あっという間だった。 一瞬の隙をついてマスターが、男が持っている包丁を叩き落とし、そのまま男の腕をひねりあげ組み伏せたのである。 何が起きたのか男も分からずぽかんとしていて、それを見ていたタツキも目を疑った。 マスターは組み伏せた薬物中毒男を椅子に縛り付け駆け付けた警察に身柄を引き渡し、タツキは救急車に乗せられて病院に送られた。 その話はマダムに伝えられた。 タツキの腕の傷は浅かったが、治りが遅くて彼を悩ませた。 マスターに組み伏せられた薬物中毒の男は警察に連行される途中で死に、死因も薬物中毒によるもの、とされた。 「今回の件について。ちょっと、見過ごすことができない点がいくつかあったわ」 数日後、騒ぎのあった『アロジムロジ』でマダムがいつもどおりに紅茶を一口飲んで言った。 「なんですか?」 何度目かの事件の警察の事情聴取に呼び出されて戻ってきたタツキが彼女に聞き返した。 「まずは、あなたを襲った男だけど。どうも、新型の麻薬に手を染めていたらしいわ」 そう言って、マダムが一呼吸置いた。 「連行中に死んだ男の体には、逆さまになったヘルメスの杖とそれに何かの番号がタトゥーとして彫られていたこと。そして、あなたが男から聞いた謎の言葉ね」 マダムの言葉に、タツキが 「臼かサラシ一反、ですね。それが何を意味するのか、ということですか」 と言うと 「ご明察。祝日の祝典パレードで変死した挙動不審な二人組の男と何らかの関係があると思うの」 とマダムがそう言い終わると、珍しく懸念の表情を浮かべた。
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