Re: 即興三語小説 ―五月病をふっとばせ― ( No.2 ) |
- 日時: 2012/05/20 21:03
- 名前: 星野日 ID:l3TXJAMY
お久しぶりです。こんにちは 6000文字とは、60分とは一体何だったのか。ってかんじ。 さっと締めるつもりが、いつのまにか四時間くらいたってました……!
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桃太郎の長い旅が終わった。東京湾にアサリ狩りに出かけたのだが、突如浮上した鬼ヶ島要塞を追いかけて、エアーズロック、キリマンジェロ、アルプス、崑崙山脈をまたぐ大冒険になってしまったのだ。翼を持つキジや、ジェットエンジン搭載のサルはよかったが、飛べない桃太郎にとってこの旅の苦難は筆舌に尽くし難いほどであった。イヌは東京についた時、単独で秋葉原へと新作フィギュアをあさりに出かけて以来行方が知れない。 神戸港で船を降りた桃太郎一行は、大阪工場にサルのオーバーホールを依頼し、キジと共に実家へと戻ってきた。 するとなんということだろうか。竹林の奥にひっそりと住む爺婆の母屋が、タージマハルともバッキンガム宮殿ともいえるような見事な建築物に変わっているではないか。城壁のような壁の向こうから飛び出る、玉ねぎのような形の黄金の屋根。開け放たれた巨大な鉄門の横には黒塗りのベンツが止まっており、執事が丹念に車体を磨いている。門をくぐればその路地はまっすぐと進み、さらに大きな柱にぶつかる。行く手には宮殿の門があり、なかば人を通すようでもあり、人を拒むようでもある異様な迫力があった。門でありながら塞いでいる。招き入れる入り口でありながら拒んでいる。さながらこう言っているようであった。『ここは門であるが、なんじを招き入れることかなわん』。イヌがよく寝泊まりしている漫画喫茶にはこのように人を拒む門や扉はなかった。鬼たちのアジトにたどり着いた時のような凄みを桃太郎は感じた。なんと城壁の中にはローソンやスターバックス、TSUTAYAまであるではないか。 「桃太郎さん。まさか婆様がとうとう、きびだんごで一発当てたのでしょうか」 肩に止まるキジが冷静に事態を分析した。しかしそれはないだろうと桃太郎は思う。きびだんごごときで宮殿が立つならば、赤福を売ってる会社は今頃、比叡山をになっていることだろう。菓子商売は薄利多売。売れれば売れるほど勢力を拡大しなければ事業は伸びず、かといって事業を広げれば資金がかかる。国中に広がれば外国へ、人の住む場所を埋め尽くせば山や森すら食いつぶして広がっていく市場。そんな市場主義の虚しさを桃太郎はかみしめた。灯りは人に豊かな暮らしを与えたが、やがてその暮らしを燃やし尽くしてしまうのである。各々の家で畑を耕し、その日食べる分の新鮮な野菜を収穫する。それが本来あるべき姿なのではないか。そんな熱い想いを東京の江戸川区では小学生に語り散らした、桃太郎、二十五才の秋であった。 「どなたかな……おお、桃太郎ではないか」 重々しい軋み音をたてて宮殿の扉が開いたかと思うと、なかから爺が顔を出した。 この変わり様はどうしたことかと桃太郎が尋ねると、爺はぽつりぽつりと昔を懐かしむかのように語りだす。 話を要約すると、爺が山に芝刈りへいくと光る竹を見つけ、ナタで切ってみると中には赤子が眠っていた。家に連れて帰えり育てると赤子はすくすくと育ち、数ヶ月もするとぼんきゅっぼんの美女になった。世間の男どもは貴賎を問わずかぐや姫との結婚を望み、貢物が相次ぎ、このような豪邸が建った。その美しさに漲った男たちの間で争いが起こり、日本は三度滅びた。最初の滅びは、果し合いが過激化し、それぞれの男たちがロケットランチャーに核兵器を詰め込んでところでやってきた。一度滅んだ後、かぐや姫の「婚期も根気も諦めたらそこで試合終了じゃよ」という一言でヤル気を取り戻した男たちは、それぞれ強力な王のもとに集い藩を建て、こうして戦国時代が始まった。二度の滅びの後、日本はジャンクフードすら生えない荒野に変わった。「パンがなければ景気は悪くなるばかりじゃない」というかぐや姫の一言で食物革命が起こり日本は蘇った。三度目に蘇ったあとで「争いは良くない、奪い合うのではなく、誰を選ぶのかをかぐや姫に決めてもらおう」と男たちは思いついた。 ここまでの話を聞いて、桃太郎はとうとう爺さんもぼけてしまったかと思った。桃太郎自身が桃から生まれたので、竹から赤ん坊が出てくるのは許せる。三ヶ月で成長したという話も、近頃の子供は早熟だと聞くしいいだろう。しかし国中の男が、一歳にも満たない女児にそこまで熱を上げるなど信じられない。江戸川区で出会った女子小学生たちを思い出した。たしかに子供は可愛い。だが求婚するのならば教員の明子先生だと桃太郎は思った。鬼退治から帰り、温かい手作りの料理を手入れされた居間で食べる。そんな生活が桃太郎の望むものだ。小学生に、そんな行き届いた用意は無理だろう。一歳ならばなおさらだ。 だが、現に目の前には宮殿が建っている。男たちの貢物が爺の妄想の産物だとしても、宮殿は実在するのだ。キジが耳元で囁いた。 「これは……その、かぐや姫とかいう女。人を惑わす鬼かも知れませんね」 桃太郎も小さく頷く。 そんなやりとりをしていると城門からどやどやと何台もの高級車が入ってきた。それぞれの車から降りてきた男たちは、世に疎い桃太郎でさえ知っている有力豪族たちだ。不老と呼ばれる多治比氏。陰陽道の元頭首である阿部氏。アイザック・シェルビーの再来とまで言われる戦上手の大伴氏。四千年の歴史をもつ旧き家系の石上氏。あまりの不幸っぷりに周りの人間が死にまくると噂の藤原氏。大物ばかりだ。 「彼らはかぐや姫に招かれた男たちじゃよ」 爺が豪族たちを宮殿の中に案内する。 宮殿の奥の奥へと一行は進む。桃太郎はかつて地中海に浮かぶ島で迷い込んだ大迷宮を思い出した。毛糸を入り口に結び、奥に進みながら毛糸を解いていった。毛糸がなくなるたびに、サルの時空間跳躍によりユザワヤまで毛糸を買い出しに出かけて奥に進んだのだが、最終的に欧州で毛糸の高騰が起こるほどに巨大な迷宮であった。迷宮の奥で待ち受けていた怪物を倒した後、毛糸を手繰って入り口にまでもどったが、そうしなければどの道を戻ればいいのか分からなかったに違いない。 かぐや姫が待つ部屋へと着いた時、エレベストを制覇した桃太郎とキジ、そして芝刈りで鍛えている爺以外の男たちは行きも絶え絶えになっていた。 「ようこそ皆様、おいでませ」 薄い布に、覆われた小部屋の向こうにいるかぐや姫の陰が映っている。 早速ですがと切り出してかぐや姫は自分と結婚する条件を五人の豪族たちに示した。コレクション・オブ・カグヤに相応しいものを貢いだ人と結婚すると言う。 「仏の御石の鉢をお持ちいただきとうございます。これはかつて釈迦が愛用していた尊い鉢です」 「ははあ、それは桃太郎さんが崑崙山脈の寺院で手に入れた鉢のことですね」 キジが答える。 「で、では火鼠の皮衣を。燃え尽きぬ火の中に住む鼠は、けっして燃えない革を持つそうです。それで作った服がほしゅうございます」 「桃太郎さんが、エアーズロックの頂上にある火口から落ちた下で見つけた鼠の革ですね」 「ツバメの子安貝という珍品ならばそうは見つけられぬでしょう。鳶が鷹を産むという諺がありますが、ツバメの産んだ子安貝を持ってきてください」 「そういえばアルプス山脈にいた悪い魔女が、呪い用の小道具にそんなモノを持っていましたね」 「えっと、あと大判様には龍の頸の五色の玉をお願いします。竜の顎から採れるという五色に光る玉です」 「キリマンジェロに棲む邪竜を倒すのは大変でした」 「ふぇ……、じゃ、じゃあ藤原様には蓬莱の玉の枝! 人間の辿りつけぬ幻の蓬莱山に生える、金銀宝石で出来た木の枝です。これなら!」 「鬼の宝物、おいしいです」 「そ、そんな……どれも私は持ってないというのに」 すげなくするキジの言葉に打ちひしがれ、薄布の向こうのかぐや姫ががくりと頭を垂れるのが桃太郎たちに見えた。五人の男たちは、愛する女を傷つけた桃太郎を非難する。桃太郎には理解が追いつかなかった。かぐや姫の欲した物品は、キジの言う通り、たしかに持っている。その希少性や金銭的価値もわかる。だがそれらを他人が持っていたからと言って、誰からも愛され、暮らしになんの無自由もない恵まれたかぐや姫がなぜ落ち込んでいるのであろうか。 「……と、お前は思っているのだろう。桃太郎」 「誰じゃ!!」 一同の背後から不意に放たれた言葉に、爺がいち早く反応した。懐から取り出したクナイを振り向きざまに侵入者へと投げつける。爺が何をしたのか理解できたものが桃太郎以外にいただろうか。懐に手を入れ、出し、投げる。たったそれだけの動作であったが、鋭い速度で飛ぶのは五つの陰。桃太郎のような英雄であっても、不意に射たれたそれら全てを当てずに躱すには難しい。だが入り口にいた白い影は足音もなく横に跳び、飛来する凶器を避けた。そのものは誰何した爺に、尻尾を二三度振って答えた。 「ふ、『死場刈り』の異名は健在だな爺さん。オレさ。イヌだよ」 「貴様か……入るごとに形を変えるこの迷宮の奥に、どうして辿り着いた」 「愚問だな爺さん。ぼけたかい?」 そう言って、イヌは爺に見せつけるように、鼻をクンクンと動かした。 「桃太郎、お前はいつまでもきびだんごクセぇ餓鬼のままだな。そこのお姫さんがなぜ泣いているのか分からないんだろう」 イヌが桃太郎に問うた。どの宝も意味のない物だと思うか、と。桃太郎は頷く。仏の御石の鉢はかつて偉人の愛用した品かも知れない。しかし所詮はただの鉢だ。火鼠の皮衣は焼けない。だが防具にするには貧弱すぎるし、火に囲まれて皮衣が燃えなくても、人間は熱気で死ぬのだ。ツバメの子安貝は安産のお守りであるという。しかし桃太郎はこれまでにいくつものお守りを持ち、どれもになんの効果も無いことを知っている。金運守りを持とうが身を崩すし、家内安全祈願をしようが病に罹り、男女の出会いは良縁守りの有無にかかわらない。龍の頸の五色の玉とはなんのためにあるのか。竜が持つだけあって硬いが、小さいゆえに、また硬すぎるために、そして希少すぎるために加工もかなわない。有用な道具に作り変えるのなら適した素材はいくらでもある。そして蓬莱の玉の枝。美しい、美しすぎる枝である。それ故に無意味であるどころか、害悪である。これを持つが故に殺された者、奪い返そうと憎悪に身を焦がす者、手にいれんとして無謀に走る者、悪行を重ねる者、他人を思いやる心を忘れる者。まさに鬼の宝である。ああ、これはまるでかぐや姫のあり方とそっくりではないかと桃太郎は気が付いた。 自分は宝箱の奥で眠り何も生み出さず、そればかりか人々の欲を掻き立て戦いを煽る。人にとっての害悪であり、そればかりか災厄である。誰かの心をかき乱して富を得て、そればかりか得た富をさらに魅力としてより多くの獲物を惹きつけようとするのだ。男たちは、この無意味な宝物を求めて殺したった。爺様、娘は鬼にございます。桃太郎はかぐや姫の方に向き直り刀を抜いた。それは無骨であるようで見る者をどこか惹きつけ、畏怖させるとと同時に何故か安心させる居住まいであった。桃太郎と比べてしまえば、どんな宮殿であろうとも着飾った入れ物に変りなかった。 誰も動けなかった。五人の豪族も、カグヤ姫も、爺も。だが桃太郎は殺気を感じ、身を踊らせる。白い影が桃太郎がいた場所を通り過ぎた。音もなく着地したイヌは、やはり音もなく桃太郎に飛びかかる。慌ててキジが桃太郎の肩から空中へと跳び逃げた。イヌは牙と爪で桃太郎の急所を狙おうとする。桃太郎も刀を返しては刺して応じた。だがイヌの白い毛皮に、赤い模様を付けることは叶わなかった。何合かの後に犬が飛びのき、かぐや姫の隠れる小部屋を守るように桃太郎の前に立ち塞がった。 「俺はやさしい。だから間違いには寛容だ。誰もが間違える。失敗する。あのサルだって木から堕ちる。大切なのはそのあと、ただ堕ちるのか、それとも自由降下傘をひらけるか、だ」 桃太郎と犬の間で、お互いを探り合う緊張した視線がぶつかり合う。だがイヌの声は優しかった。 「桃太郎。間抜けな英雄。お前も優しい。お前が人や動物や、山や森や、世界を愛しているのを俺は知っている。それを壊す鬼を許さないことを知っている。お前はみんなの為を想ってる。よぉく俺は知っている。でもなあ桃太郎。お前が護ろうとしているのが『みんな』であるけども、「だれか」ではないのも俺は気がついている。桃太郎。間抜けな英雄。お前はなんで誰かの欲望を許してやれないのだ。自分の持たないものを誰かが持っていて悔しいと、憎いと思う気持ちが分からないのだ。かぐや姫が欲すものに豪華で意味がない無価値なものだとお前が思ったとして、それが彼女にとっても無価値だとなぜ思うのだ。意味もなく、理由もなく、それでもそれに価値を見出すことを、俺達は『愛』と呼ぶじゃないか」 イヌの言葉が素通りしたわけではない。だが桃太郎は首を振った。江戸川区の小学校で出会った子供たちを思い出す。彼らも好き勝手にはしゃぎ、泣き、それからお菓子を桃太郎にせがんだ。しかし彼らは世界を壊さない。イヌは諦めずに声を張り上げる。桃太郎が本気になれば、イヌには彼を止められない。 「誰かが何かをほしがって、他の誰かが彼女の気をひこうと何かをほしがって、他の誰かが彼を止めようと何かをして。それで世界が滅んでも結構な事じゃないか。素晴らしいことじゃないか。美しい事じゃないか。誰もが自分のために生きている。みんなが、いや、ひとりひとりが生きようとしている!」 「桃太郎さん、そのイヌに耳を貸すな!」 キジも叫んだ。 「そいつはただ、自分もフィギュア集めが趣味で、だから同じ収集趣味のかぐや姫に同情しているだけなんだ」 「そうだとも。俺はかぐや姫に同情して共感しているんだとも。それの何が悪い。俺も生きている。だからしたいことをしている。桃太郎よ、お前も、かぐや姫も、キジも、俺もみんな間違ってる。生きるってことは木から堕ちるってことさ。さあ桃太郎。どこに堕ちる。お前は何も考えずに堕ちるのか。それとも自由降下傘をひらいて、選んだ場所に堕ちるのか」 桃太郎はイヌを蹴飛ばしてかぐや姫のいる部屋に入った。美しい少女がいた。思っていたよりもずっと幼い。やはり間違いだらけだ。こんな小娘と結婚したがる男どもも、結婚にだそうとする爺も、それを止めない婆も。間違いだらけだ。怯える少女は「つ、月に帰して」と意味不明なことを言った。嗚呼、可哀想に。どこかに帰りたいのだとしても、誰かと結婚したいにしても、なにかが欲しいにしても。この娘は最後まで何も得ないままだったのかもしれないと、桃太郎も同情を覚えた。そして剣を振り下ろす。薄い布に着いた模様で中の様子を察したのだろう。外にいた男たちの嘆きと、イヌの怒声が聞こえた。 少女の面影に、江戸川区の小学生が重なった。だから江戸川区には行かないし、アサリ狩りもしないだろう。またやりたいと思える趣味、生きたいと思える場所が減ったと桃太郎は自重する。世界を愛せば愛すほど、世界は狭くなっていくようだ。五つの宝物も、粉々にしてしまおうと思う。
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