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|  ピラニアとイチゴと受験と ( No.2 ) |  | 日時: 2012/02/05 21:53名前: RYO ID:ZQDafPFE 私立高校受験の翌日、隆は幸司の家に遊びに行った。幸司は自分の部屋で五匹のピラニアを買っていた。水槽からブクブクと酸素がわき上がる音とモーターの音が響いていた。それは隆に夕日の射し込むこの部屋には、どこか場違いで、いっその薄暗い方があっているんじゃないかと隆に思わせた。「なあ、昨日はどうだった?」
 隆は幸司に受験の首尾を尋ねる。幸司は県で有数の進学校を受け、隆は滑り止めだった。
 「別にどうということはない」
 幸司は誰に聞いているんだ、と言わんばかりに鼻で笑う。
 「そうか。なら、いいんだ」
 隆はほっと胸をなで下ろす。
 「どうかしたのか?」
 幸司が怪訝そうな表情を浮かべた。
 「いや、幸司、最近、なんかイライラしてて声がかけにくかったっていうか、いつもと全然違ったからさ。受験でピリピリしていたんだろうけど・・・・・・」
 隆の告白に、幸司は目を丸くした。一瞬の間のあと、幸司は声を殺して笑った。
 「な、何がおかしいんだよ? ひとが心配してたっていうのに」
 「いや。悪い。悪い。そうだな。確かにイライラしてたな。俺は。そうイライラしていた」
 幸司は苛立ちを素直に認めた。自分に言い聞かせるように認めた。その様子に隆は違和感を覚えた。自信家の幸司のことだから、てっきり否定すると思っていた。
 「なんだよ。そんな素直に認めるなんて珍しいな。さては受験がうまくいきやがったな」
 「まぁな」
 にやりと幸司が笑う。ここまで感情を表に出す幸司は本当に珍しかった。それほど会心の出来だったのだろうか。
 「受験がうまくいったっていうのもあるが、それより、俺を悩ませていた原因が解決したのさ」
 そう言って、幸司は水槽に目を向ける。
 「へー、お前でも悩みってあるんだな」
 「当たり前だ」
 隆は何に悩んでいたのかと聞こうとしながら、幸司に釣られて水槽に目を向ける。ピラニアが悠々と泳ぐ。ピラニアの腹の赤みは鮮明で、やけに綺麗で、と隆はあることに気がいた。
 「なんか水槽、赤く濁ってないか?」
 目を凝らすと、うっすらと赤い粘液のようなものが水中を漂っていた。
 「ああ、それはイチゴだろう」
 「イチゴ?」
 「イチゴだ」
 「ピラニアってイチゴ食うのか?」
 「食ったから、食うんだろ」
 「そ、そうか」
 しばしの沈黙。ピラニアが水面を尾びれで弾いて水槽の底に泳いでいく。この静けさに隆はいつもとは違う雰囲気を感じる。いつもは、こうもっと騒がしかったように思う。
 「何でイチゴなんて、やったんだ?」
 「イチゴがもう悪くなりかけてたからな。こいつら何でも食うから」
 「ふーん」
 また沈黙。外からは何も聞こえてこない。何もーー
 「そう言えば、今日は珍しく静かだな。いつもは隣のポメラニアンがキャンキャン吠えてうるさいのに」
 隆は思い出したように言った。幸司の部屋に来て感じていた違和感の正体はこれだったのか。
 「ああ。あのバカ犬な。なんか行方不明らしい。昨日か、一昨日の朝か忘れたが、隣のおばちゃんが血相を変えてうちに探しに来てたよ」
 幸司は腹の底から可笑しいというように笑った。隆はそこに不気味さを感じて、寒気を覚えていた。
 「なんて名前だっけ?」
 「犬か? ジョンだ」
 「ジョンね」
 犬の名前なんて大して興味もなかったけれど、話が途切れた沈黙の重さを思うと、何か言わないといけない気がした。
 「こいつらには、何か名前があるのか?」
 隆は絞り出すように水槽を指さす。ピラニアが赤く濁った水の中で、歯をむき出しにしていた。「こいつらか? いや、名前なんてつけてないぞ」
 なんだって、こんな赤いんだよ?
 「ああ、そうだ。せっかくだからこいつらはジョンにしよう。それがいい。で、もしも隣のバカ犬がみつからないときは、このジョンを隣にあげよう。代わりに育ててくださいって。最高じゃないか」
 幸司は声高に笑った。西日に照らされて笑った。隆はもう何も言えず、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。部屋には水槽からわき上がる酸素とモーターも音が静かに響いていた。
 
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 時間は大体一時間。
 1600字くらい。
 久しぶりで感覚が戻らないけど楽しかったです。
 ポメラいいよ、ポメラ
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