Re: 即興三語小説 ―「城塞」「工房」「日曜日」 ( No.2 ) |
- 日時: 2016/10/21 00:53
- 名前: 寺泊遊月 ID:EHFjYb2I
墜落
「城塞?」
メガネ工房の年取った職人は俺を振り向いて怪訝そうに言った。
「今日は日曜日だぞ?」
「しかし」と俺は言い募る。
「城塞で王様が裸で殺されたのです!」
終わり!
おっと間違えたつづく。
「これは重大なテロ事件です。王様の後継者は今、地方巡幸中で不在。この時期によからぬ考えを持つ輩(やから)が国を転覆させようとしているのではないかと」
俺はメガネ職人に力説した。次第に職人も俺の話を真摯に聞き始めたらしく、何か考え込む様子をしている。
やがて職人が俺に問うた。
「お前には、犯人の目星がついてるんじゃないのか?」
俺を見据える鋭い職人の目。これが、マイスターの目というやつか。俺は内心舌を巻いた。
「いいえ、今のところは皆目。しかしマイスターが現場をご覧になれば、何か閃くものがあるはずだと、俺は直観したのです」
「ふむ」
職人は製作途中のメガネを作業机に置いて、軽くため息をついた。
「では城、ではなかった城塞へ参ろうか」
俺は職人を連れて城塞に来た。謁見の間の現場は塵一つ動かさずに保存されていた。
職人が、血反吐を吐いて仰向けに倒れている裸の王様──パンツも履いておらず何もかもむき出しのふるちん──の遺体を仔細に眺め回す。これはいささか不敬ではないのか。いかに職人とはいえ、こともあろうに玉体をそのように無遠慮な眼差しで冷然と観察してよいものか!? 衷心から俺はそう思ったのだが口には出さなかった。
やがて職人が顔を上げた。
「犯人は分かった」
「何ですと? もう分かったのですか!」
「簡単だよ。犯人はお前だ」
「! ば、バカな、それは濡れ衣です!」
「濡れ衣も濡れ犬もあるか。なぜなら今この世界には、お前と私、それからこの王様しかいない。そしてお前の、その格好は何だ」
職人の鋭い言葉に、俺は初めて思い当たった。俺は、王様の衣装を身に着けていたのだ!
「ばかたれ。そしてこの世界に衣装といえば、王様の衣装と、マイスターたる私の衣装しか存在しない。その、二つしかない衣装のうち一つをお前が身に着けている以上、お前が王様を殺してその衣装を奪った以外にあるまい。お前が犯人なのだ。この大逆人め!」
ようやく俺は悟った。裸であった俺は、大逆人となる宿命を負っていたのだ。何という呪われた運命。本意ではなかったとどれほど悔いたところで何になろう。大逆人となるのが、俺の星回りであったのだから。
メガネ職人が浴びせる厳しい視線は、俺を焼き尽くさんばかりだった。
「いいか。この世界はな、『城塞』『工房』『日曜日』という三本の柱で支えられている。王様も私も、三本のうち二本の柱に関係しているのだ。しかるにお前は何だ。単なる『俺』。『俺』とは何だ? 何を根拠にお前は、この世界に存在しているのだ?」
なるほど。今こそ理解した。俺にとっては、この世界自体が一つの陥穽でしかなかった。しかし、喉元に湧きあがってくるこの妙な笑いは何だ。
「そうですかマイスター。俺はどうやら、自分の罪を自分で裁く以外にないようですな」
「さよう」
メガネ職人はニヤリと笑った。俺は身を翻し、職人を残して謁見の間を飛び出した。城塞の最上階への階段を駆け上がる。涙が両目からあふれ出た。ありがたい! おのれ自身を裁くに当たって、あまり恐怖を感じていない。むしろ、長年の重荷を下ろせるという解放感すら感じる。
屋上に出た。石を敷き詰めた広々とした屋上で、俺は踊り出したいような気分だったが、気紛れもここまでだ。俺は、はるか地上まで死の深みが口を開けている端へ歩み寄り、眼下に広がる平原を見下ろす。
何のことはない。この世界には王様とあのメガネ職人、そして俺しかいない。そして着るものといえば、王様と職人の二人分しかなかった。俺には着るものがなかったのだ。
俺はまっぱだかの、ふるちん男としてこの世に現れた。俺は王様でも職人でもなかった! そんな「俺」とはいったい、どんな存在だったのだ! 着るものは王様かメガネ職人のどちらかを殺すことでしか手に入れられないとは、何という残酷な現実!
俺の目から、再び涙が滂沱と流れ出す。ああ……なぜ俺は、王様でも職人でもない、ただのふるちん男としてこの世界に現れなければならなかったのだろう?
だが、すぐにこの悲しみにも終止符が打たれる。間もなく俺は、自分で自分を裁かなければならないからだ。
俺は深呼吸をしてニヤリと笑い、両足のバネを思いっきり利かせて身を躍らせた。
「ヒャッハー!」
とても残念だった。生涯の最後に当たって、自分の口から出た末期の叫びがこれなのだ。俺は墜ちていく。なぜ俺は裸だったのか。そして、裸の自分をどうして、大逆を犯すほどに恥じねばならなかったのか。
王様の衣装を着けた俺は墜ちていく。ああ墜ちていく。哀れな道化。
その時、真っ逆さまに墜ちていく俺の目に、謁見の間の窓が映った。
死んだはずの上半身裸の王様が、メガネ職人と一緒に俺を指差して大笑いしていた。
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