Re: 即興三語小説 -「山桜」「烈風」「五十年」 ( No.2 ) |
- 日時: 2016/04/17 19:09
- 名前: いかすみ ID:SU2BgSjY
僕は山が好きだ。 子供のころは、山のふもとで育った関係でいつも山の中に入って遊んでいたことを思い出す。 そんなことを考えながら、山の中で水を飲みつつ、山に生い茂る一面の樹々を見る この時期になるといつも思い出すことがある。あれは確か、まだ僕が子供のころのことだった
前述のとうり、僕は山のふもとにある、ド田舎で生まれ、ド田舎で育った。初めて都会に出たときはそれはもう度肝を抜かれたよ っと、そんな話じゃなかったな。 恥ずかしながら山登りは好きで山の中で遊ぶのは好きで腕っぷしは強かったんだが、喧嘩が嫌いなガキでね。よく、大して強くもない連中になめられていじめられたもんよ。決して手を上げることはないからいつも泣かされてね。 そんな時は山にこもるんだ。あいつらも山の中までは怖くて来れない。山は子供の頃の僕にとって第二の家だったんだ。 あれは、そう。確か、春のことだったな。 僕は、桜の樹を見ながら山を歩いていたんだ。そしたら、目の前に来ていた子に気付かなくてぶつかってさ。そのぶつかった子が、そりゃかわいくでね。 まずは、ぶつかったことを謝った後に、名前を聞いたんだ。そしたら名前は、染井吉野と答えたんだ。 どうしてこんなところにいるの?と聞くと、道に迷ったと答えられてね。よくよく聞いてみると、どうやらその山のある場所にどうしても行かなきゃいけないらしくてね 僕はその子を底に案内することにしたんだ
「どんなばしょですか?」 「小さな木が一本あるところ」 僕は周りを見回した。小さな木なんていたるところに生えている 「ほかに特徴とか?」 「風が強いところ」 んなこと言われても普段から風なんか意識してないし 「たぶん、あなたの知らない場所。私は新参者だからあなたは見たことないと思う」 「んな・・・そんなことないし!村の中で一番この山の中のことを知っているんだよ!!」 「なら早く案内して」 このことは分かりあえる気がしない
そのあとのことはよく覚えていない。普段はけして通らないような険しい道や樹々の間を進んでいって、その目的地に着くころには久しぶりに山を歩いていて疲れたと感じていたことだけは覚えている 染井吉野が、探していた場所には一本の桜の木が植えてあった
「こんなところがあったんだ・・・」 「・・・ありがとうございました。もう、結構です」 「え?だめだよ。女の子独りでいたらクマとかに襲われて死んじゃうよ?」 「あなたは優しいのですね、でも大丈夫です」 そういうと、染井吉野は身に着けていた着物の袖をひぎちぎった 「え、急に何してるの?」 「・・・輝こうとしているのです。私は風です。」 染井吉野の体は下から消えていくのと同時に下から上へとその場所全体に風が舞いおこる その風に合わせて桜の花が舞い散っていく
とてもきれいだった。染井吉野と名乗った風は、最後に僕にとても素敵なものを見せてくれた それ以来、この時期になると毎日この山の桜を見に行く。一本しかない山桜を 「あー、いてててて」 昔に比べて体がなまってるせいかよく木の枝や草に引っかかる。そのたびに転びそうになるのには若干うんざりしている かれこれもうあの時から50年。あの時よりもはるかに老いた。老人に山登りには少々堪える
あの場所にやってきた。今年で50回目。 思えばこの50年はもう一度あの子に会いたいという思いだけで生きてきた。 我ながら以上だと思う。結婚はしなかった。兄妹もいない。両親はもうとっくに他界している 仕事は先月定年退職した。もう、ぼくが生きる目的はここにしかない
いつのまにか寝ていたのだろうか。きづけば、もうあたりは暗かった。 ゆっくり立ち上がると突如風が吹いた。 桜の樹から僕のほうへ、烈風が もしかしたらあの子が来ているのかもしれない・・・! もう一度あの子に会えるかもしれない・・・! どうしても、伝えたい言葉を伝えられるかもしれない・・・! 僕はその思い出桜の樹の下を見た
あの子はいた。あの時と変わらぬ着物で、あの時と変わらぬ表情で、 でも心なしか肩が上下している 僕は急いで染井吉野にかけよった
「50年ぶりだな、染井吉野さん」 「・・・あの時よりもだいぶ老けたわね」 「ほっとけ」 覚えていてくれた。安どの声を漏らしそうになるが、そんなことは言ってられない。 「どうしても、伝えたいことがあったんだ。」 「・・・なによ」 僕は深く息を吸う。心臓の鼓動が早まる 今、言わなきゃもうチャンスはない
「僕は、桜 小太郎。よろしくね」
願いはかなった。 僕はそのまま倒れた 心臓はじきに止まる。余命はもうない。典型的な心臓病だ 先週に家で息を引き取りたいといい、こっちにやってきた 呼吸器なんかいらない。チューブも外した。 山登りにそんなものは必要ない 僕の人生は、この時の為だけにあったんだから
「って、いうことで僕は吉野と知り合ったんだ」 「ほんっと、無茶なことするわよね」 ここは、あの世とこの世のはざま どちらにも行くことのできない哀れな者たちが集う場所 でも、ぼくはそれでいい 「このおっさん、小学生になりたかったのか」 「楽なんだよ体動かすのが」 「うっせ、黙れこの変態!!」 「こらこら・・・」 少し困ったように笑う吉野の横顔を見ながら僕は願う
ずっと、一緒にいたい——――――と、ね
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