Re: 即興三語小説 -お題が溜まっている。どうしたものか- ( No.2 ) |
- 日時: 2014/11/30 22:51
- 名前: ロム吉 ID:6FUShd5Q
部屋の明かりは、勉強机に付いているスタンドライトがただひとつ。 ベットに転がった小型ラジオは真っ黒で古めかしく、そこからはやけに明るい音楽が流れている。 今では見当たらないアンティークなラジオも、若手アイドルグループが歌う今どきのポップな歌も、そのどちらも似合わない部屋の主は今年小学校6年生になった少女、七美だ。ラジオは可愛がってくれた祖父の形見。選曲はラジオ任せだが、さすがに甘すぎる歌詞と無意味な英単語の羅列に耐えられず、勉強机から顔を上げた。 「ねぇ山崎、なにこの歌」 七美はしかめっ面で、ベッドのアンティークラジオ、の横に寝そべっている少年をちらりと見た。七美よりも年が2、3若い山崎少年はまだその幼い顔に驚愕の表情を浮かべ、嘘でしょと呟いた。 「今話題のアイドルグループ”MOYASHI”のクリスマスソングですよ!」 「山崎さぁ、もっと有意義なことに目を向けなよ。もったいないよ」 「……あなたがそれを言いますか!大体僕は」 「うるさいでーす。勉強が捗る曲に変えてください」 話は終わったとばかりに目の前の問題集に意識を戻すと、山崎少年は「僕の立場をわかってくれない」だの「女を捨てている」だのブツブツ失礼な事を言いながら、それでも音楽を変えてくれたようだ。七美は歌にあまり興味はない。たまにラジオから流れてくる曲で、これいいなと思っても、曲名や歌い手を尋ねたりすることはないのでリクエストは出来なかった。 今度は、なんだかしっとりとした昔の洋楽が静かに流れてくる。勉強が捗るかどうかは別として、先程よりは集中できそうだ。もう少し音量を上げてと振り返ろうとすると、階下からガシャンと何かが叩きつけられる大きな音が響いた。続いてパリンと割れる音。七美が反射的に身を竦ませてシャープペンシルを握りしめていると、音もなく忍び寄った山崎少年の右手がふんわりと七美の右手に重なった。透き通る小さい手はそれでも角張っているように見え、女である七美とは違うということを意識させられる。安堵と同時に、そのあまりにも感触のない冷たさの漂う手に、七美の眉は下がる。 ――”She is lost in a deep sadness.” 流暢な英語が耳元に響いた。ここ、と言われて指された箇所を見ると”deap”とつづられていた。 「スペル間違ってますよ」 「ほんとだ」 「そんな背伸びして、中学校のなんてやることないでしょうに」 「うるさい」 困惑や恥ずかしさをごまかすように急いで直すと、いつの間にかベットに寝っ転がっている山崎少年は、天井を見上げて「昔ね」と話し始めた。曲が変わり、音量も少し上がる。 「僕が仕事でとある女性と食事に行ったときの話なんですけど。僕は密偵で、敵方の頭の女である彼女を落としてなんとか情報を得ようとしているところでした。彼女はどうしても噂のナマズ鍋が食べられるお店に行ってみたいと言うので向かったんです。ところが探しても探してもなかなか見つからない。諦めて他の店に行こうとしたときに、あ!と彼女が見つけました。”なまずや”と書かれた看板を。その店構えがかなりボロボロで本当にやっているのかいささか疑問でしたが、意を決してふたりで店を覗きました。でも誰も居ないんです。ただ鍋などの調理器具が並んでいて、そのうちのひとつの鍋が湯気だっていました。準備中かもしれないなと思って、すみません、と声を掛けました。何も返ってきません。もう一度呼ぼうと口を開いたところで、何かが動きました。すばしっこい何かがひょいひょいひょいと調理器具の間を走っているんです。そして何を血迷ったか、湯気だっている鍋に自ら飛び込んだんですよ!苦しそうな悲鳴が聞こえました。――たぶんあれはネズミだと思うんです。僕らも悲鳴を上げて、走り去りました。手と手をとって、かなり遠くまで走って。」 「ちょっと待って。なんの話?」 話の終わりが全く見えず、あわてて止める七美に、山崎少年はむっと不満げに答えた。 「オチですか?吊り橋効果で恋をしてしまった敵方の女性が実は男だったという話です。陰間ですね。あ、今でいう男の娘?」 「話の次元が違いすぎるよ……」 「つまり僕のディープな話です」 「これが物語なら大抵の人は戻るボタンを押すか、紙を破り捨てると思う」 「どういうことです?でもこれでdeepの綴り忘れないでしょ?」 「むしろ忘れてた」 七美がため息をつくと、丁度曲の終わりで沈黙が訪れた。先程よりは小さいが何かが叩きつけられる音と、それに続く金切り声が聞こえ、思わず両手で耳を塞げば、場に似合わない明るい声で山崎少年が話しだす。 「あ、もう一つディープな話を思い出しました」 「……遠慮します」 「これは七美さんも気に入ると」 「うるさい。消すよ!」 「えっそれは。そんな殺生な」 「さよなら、山崎さん」 「待っ――」 ベットに向かった七美は問答無用でラジオをオフにする。ブォワンという機械音とともに山崎少年の姿はあっけなく消えた。
山崎少年はラジオである。 ラジオに取り憑いた魂と認識すべきか。祖父が亡くなる前に、大事なものだから持っていて欲しいと渡された古いラジオを七美は数ヶ月の間、部屋にただ放置していた。ある時、音が欲しいなと気まぐれにつけてみれば、3D映画さながら「やっと話せたぁ」と少年が伸びをしながら現れたのだ。小さい頃から変なものを目撃してきた七美だけど、さすがにこのときは固まってしまった。こんなにも『意思を持った魂』は初めてだったのだ。少年は「山崎です」と名乗った後、満面の笑みで宣った。 「頼まれたんです。おじいさんの代わりに七美さんを守るって」 「……強そうには見えないけど」 「そうですか?今は子供の姿ですけどね、一つ前の記憶が10才かそこらで途切れているので」 これでも刀持って戦っていた時代もあるんですよ――そう言って構えた少年の姿には少し見惚れてしまった。その時から、山崎少年はずっと七美の近くにいた。七美もいつの間にかラジオを持ち歩くようになっていた。 (見守るって言っても、どっかから音楽拾ってきたり、くだらないことを言ってるだけだけどね) 七美は無言になったラジオを握りしめ、山崎少年が今さっきいたベットに横になってみる。当たり前にぬくもりが感じられず、全てが自分の創りだした妄想なのではという考えが七美を襲う。体が深く沈んだ。 また、怒鳴り声が響いた。今度ははっきり、「いいかげんにしろ」という父親の声。数分して、バタンというドアの音と車のエンジン音が聞こえてきた。七美は飛び起き、布団の中にぬいぐるみを2、3個入れて盛り上がらせ、自分は毛布とラジオを引っさげてロフトへと急いで掛け上がる。星好きな父親の希望で付けられたロフトの窓も今は七美しか開け閉めしていない。かつては、サンタクロースもここからやってきていたというのに。 窓を開けて、上半身を乗り出し外を確認すると丁度、車は曲がり角に差し掛かるところであった。七美はしばらく小さくなっていくライトを見ていたが、やがて見えなくなると力が抜けたようにずるずると座り込み窓枠に頭をのせた。家々を飾るクリスマスイルミネーションがぼやける。まばたきに合わせて、まあるい光と光がくっついて弾けた。どこかの家からは、少し遅めの夕食だろうか、おいしそうな匂いが届き七美のお腹を刺激する。 (クリームシチューかな) 目を閉じて昔食べたシチューを思い浮かべた。厚手の鍋でコトコトと煮込んだ鶏肉と、時間差で入れた野菜はとても柔らかくて、ダシがよく出たスープはバターと小麦粉で程よくとろりとしてる。パンに付けて食べるととても美味しかった。七美は鍋を開けた瞬間の匂いと湯気が大好きだった。 (あの湯気に溶けてしまいたい。そしたらきっと笑顔を見ていられる。シチューの周りは幸せだよね) 目をうっすら開ける。車は戻ってこない。冷たい空気が頬を刺す。 転がったラジオを手元に寄せ、電源をオンにした。しかし、ラジオからは雑音と――少ししてから「ぐーぐー」とわざとらしいイビキが聞こえてきた。山崎少年の姿は見えない。七美はむっとし、冷えきった指先でデコピン(おでこはないけど)をすると「いたっ」と山崎少年の声がする。どう考えても痛いのは七美の指のほうである。 「山崎、怒ってるの。ごめんね」 「……」 「大人げない」 「……」 反論を期待したが、ラジオはだんまりを決め込んでいる。七美はため息をついてもう一度、窓の外を眺め、消え入るように呟いた。 「サンタクロース、今年も来ないかもしれないね」 山崎少年は出てこず何も答えてくれない。けれども代わりに、曲が流れてきた。 やさしくてあったかい、名もわからない歌。前にも訊いたことのある歌だ。ところどころ途切れているけど、いつも七美の心に溶け込んで包み込んでくれる。シチューの匂いも湯気はないけれど、少し心が浮上するのが七美にもわかった。 悲しみに沈んでいるのは、だれだろう。 (少なくとも私にはラジオがある。お父さんは他に居場所があるみたい……) では母は。母に救いはあるのだろうか。 きっとそれは今、七美ではない。昔の父の影を追い、バラバラになった家族を必死でつなぎ合わせようとする母が哀れに思われた。荒れ果てたリビングですすり泣く母親を想う。せめてこの歌が母の心にも届けばいいと星空に願った。
―――――――――――――――――――――― ずーん。重い!
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