その街の、夜の一幕 ( No.2 ) |
- 日時: 2014/09/08 01:38
- 名前: 片桐 ID:me/KDOio
娼婦と客引き、それに群がる男どもが溢れる夜の通りを、バロイは、ドブのなかを掻き分けるように進んでいた。 街灯がまばらなせいか、佇むものらが吸うタバコの火がやたらと目立つ。タバコといっても、火種から広がる紫煙はひどく甘い匂いをはなっており、何を混ぜてあるかわかったものではない。とはいえ、そのことを騒ぎ立てるものはひとりとしていなかった。 この街の人々はおしなべて病み、すがる何かを常に求めている。それはバロイとて変わりなく、今はまるで呼吸困難を起こしたように、あうあうと口を開閉させながら、ひたすらにある場所を目指している。 どれほど歩いたか、バロイに声が掛かった。 「やあ、あんたよく来たね」 見れば、色の黒い女が、軒下に立ち、バロイに笑みをむけている。片耳から伸びるピアスチェーンが唇にまで通じていて、その金属部分が、店の中から漏れる光を受けて輝いている。それが、バロイには、まぶしく、そしてまったく美しい光に感じられた。 しばらく女に見惚れていたバロイは、思い出したように「レド」と女の名を呼ぶ。 「バロイ、さあ、いつまでもそうしていないで、中に入って」 レドはバロイの手を引き、店の扉の方へと促す。バロイはようやくその顔に人間らしい色を浮かべ、「そう、あわてさせないで、おくれよ」とまんざらでもないようすで店の中へと入っていった。 たったひとつの照明が、唯一の光源となって、木造の店内を照らしている。決して明るくないはずだが、バロイはたまらず、眼を細めた。闇に眼が慣れ過ぎていたためだろう。バロイは、ゆっくりとカウンターまで進むと、一番端の席に腰をおろす。 「何にする?」 漆喰の壁に打ち付けた平な板のうえに、酒が並んでいる。酒の種類は五つとほどで、どれも、最下級の酒ばかりだ。 「いつもの、やつを」 バロイはそれだけいうと、酒の準備を始めたレドの後ろ姿に見入る。 レドはおそらく三十半ばといったところ。露出の多い服装を好み、今も背中を大きく見せる薄手の黄色いドレス――それは間違いなく安物ではあるが――を着ていて、年相応とはとても思えない光沢のある肌を見せていた。スカートの丈も短く、しなやかに伸びた生足に、バロイは一滴唾を飲んで、慌てて眼を逸らした。 「なにさ、黙り込んで。たまには景気の良い話はないの?」 レドは、酒をカウンターに置くと、その上に腕をのせて身体をあずける。 「三人、三人、殺したよ。金が結構貰えたから、ツケも今日は、まとめて払える」 バロイは、照れたように、レドの方をちらちらと覗う。 レドは瞳を輝かせ、さらに身を乗り出した。 「へえ、三人も。上出来じゃない。どこの連中?」 「サヴァのやつら」 「サヴァ。南の連中か。やつらも、相当まいっているみたいね。こんな貧しい、クソみたいな街に、眼をつけるなんて」 「ど、どこも一緒。子供は、もう生まれてこない。生まれても、死ぬばかり。俺たちは、いつかみんな滅ぶ。最後にできるのは、残った喰い物を奪い合うだけ」 レドは、バロイの言葉に返事をするでもなく、胸元から取り出したタバコに火をつけ、一息吸って、煙をゆっくり吐きだした。 「ねえ、バロイ。あんた、私とやらないかい?」 いきなりそう口にされて、バロイは眼を泳がす。 「な、なんで?」 「なんでって、あんたも女を傷つかせるこというね。私はあんたを気に入ってる。抱かれてみたい。それだけのことだろう」 「で、でも、でも子供はできない。できても、すぐ死ぬ」 「それがなんだっていうんだよ。滅ぼうが滅ぶまいが、こんな街で、こんな世界で、それ以外の楽しみなんてありゃしないんだから」 「わかった。明日、明日また来るから、その時、しよう」 「なんだよ、この前もそういって逃げたくせに。このフニャチンやろう」 「ご、ごめんなさい」 「まあいいさ。でも、勘違いするんじゃないよ。私はあんたの『ママ』じゃないんだからね」 バロイは、うつむき、手にしたグラスをきつく握りしめた。そして「わかった」と一声出す。 ホントかね、とつぶやいて、レドは苦笑いをする。 「じゃあ、飲もうよ。明日滅ぶか、明後日滅ぶかわからない世界で、バカみたいに騒いでさ」 ふたりは、グラスを合わせて一気に酒をあおると、朗らかに笑った。
ーーーーーーーーーーー もう一本書いてみました。 また、こりずにプロットなしで。 案の定まとまってないのですが、最近こういう書き方を練習中なのでゆるしてください。 説明不足感もひどいし、後半が特に粗いのですが、これに近い世界観のものを書いてみたく、その練習として書いたものになります。万が一お読みになられた方がいらしたなら、文字通りの意味で、お粗末さまでした、といいたいです。
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