Re: 即興三語小説 -ラノベ黎明期にこうなるとはだれも思うまい- ( No.2 ) |
- 日時: 2014/08/24 19:13
- 名前: 脳舞 ID:H8mkJQw2
それはエレベーターの下降する感覚に似ていた。 ベッドで寝ていたはずの自分は相変わらずベッドの上だが、自分の部屋にあるものと背中に感じる柔らかさが違っていた。 タカヒロは何故だか理解していた。自分が月曜の足音とは無縁の世界にいることを。 すなわち、異世界にいることを。 「なんつーか、自分で体験してみるとベタベタなもんだな」 異世界に召喚されたことをそんな一言で片づけて、タカヒロは半身を起こした。そして視界に入った人物とモノを見て、小さく呻く。 「いや、もうちょっと異世界感があってもいいんじゃないか、こういう場合」 タカヒロが期待していたものは魔法陣や無駄に長いローブを着た魔法使いや、ありていに言えばファンタジーじみた何かだったのだが。 「いや、もうちょっと慌てたり驚いたりしてもいいんじゃないですか、こういう場合」 ツッコミを入れてきたのは白衣を着た男だった。タカヒロの常識の範囲でいえば三〇代くらいの医者か科学者にしか見えない。 「で、俺がここにいるのはどういうわけだ? 異世界から勇者を召喚して魔王を倒して貰おうとか考えてたなら悪いが、俺はどちらかといえば運動オンチだぞ」 「そんなラノベみたいな都合の良い展開じゃないんですけどね」 こっちにもラノベがあるのかとか考えながら何故か胸を張るタカヒロと、拍子抜けしたような顔で答える白衣。そして白衣が続けてくる。 「魔王とかいませんから。それに、この国が最後に戦争したのって、もう六〇〇年くらい昔の話ですし」 「……じゃあ何で」 「ヒマを持て余してたので、異世界転送器で誰かを呼び出してみたんです」 ぽんぽんと金属製の大がかりな道具を撫でつつ悪びれもしない白衣の言葉に、タカヒロは半眼で犬歯を見せながら、 「持て余したヒマで異世界の住人の一生を左右するのかよ。あと、魔法じゃなくて科学なのかよ」 そう言って白衣を睨んだ。 「いや、別にもう二度と元の世界に戻れないわけじゃありませんから。一度元の世界に帰してしまうと、もう二度と呼ぶことはできませんが」 「なんだそりゃ」 「例えが適切かどうかわかりませんけれど、砂浜から一粒の砂を拾い上げることはできても、それを砂浜に戻してしまうとそこから同じ砂粒を拾い上げるのはまず無理ですからね」 白衣は傍らにある地球儀の海岸線を指でなぞりながらそう言った。タカヒロの見たところ、そこに描かれている世界も明らかに自分のいたそれとは違っていた。 「じゃあその異世界転送器? ってやつがクラッシュしたらどうなるんだよ」 タカヒロの疑問に白衣はついっ、と視線を宙にさ迷わせて、 「……それは考えたことがなかったですね」 額にうっすら汗など浮かべつつ、無責任な答えを返した。 「よし、じゃあ今すぐ俺を元の世界に戻せ」 「え? こっちの世界を見て回るくらいはしても良いんじゃないですか? 私も退屈しのぎに案内しますよ」 「こっちでどんな面白いものを見たとしても、俺の世界じゃただのホラ吹きだろ。確実に帰れるうちに帰りたい」 「……淡泊というか、珍しい人ですねえ」 「いいから早く戻せ」 「……はいはい。何かすみませんでした。変なことに付き合わせてしまって」 白衣が何やら異世界転送器のパネルを操作すると、またエレベーターの下降するような感覚があって、次の瞬間にはタカヒロは自室のベッドの上にいた。 「誰も信じちゃくれないだろうな。別にどうでもいいが」 半身を起こしながら、タカヒロは窓の外の見慣れた世界を眺めた。 タカヒロの異世界旅行はこうして始まり、そして終わった。
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