Re: 即興三語小説 ―別に死ぬわけじゃあるまいし― ( No.2 ) |
- 日時: 2014/03/21 13:58
- 名前: しん ID:LbwGX9ok
題 春の夢
みあげると空はせまく、連なる山麗は白く美しい。 同じような高さの山がひしめく合間にひとつだけ飛びぬけて高い山がある。その山はいつもは雲で遮られ頂上がみえないのであるが、時折すっかり晴れた日には頂をみせる。それは神様のおわす場所といわれ、それを見れた日は何かいいことがある、といわれている。 「これは、縁起がいいですね」 返事はない。当然である。共などひきつれていない。一緒にきてくれるといってくれたひとがいなかったわけではない。ただ、この旅路はなにひとつ確かなものはない。そのため仲間には研究をつづけてもらっている。 言葉が、白く吐き出された。 遅すぎる。 例年であれば、暖かい風が吹き、草木が目覚め、虫たちが姿をあらわし、動物たちが起きだし徘徊をはじめる。 それなのに、今だ世界は白い雪で覆われ、草木は隠され、虫の姿はなく、動物たちは閉じこもったままである。 ここ百年の間には、このような椿事はなかった。何か原因があるに違いない。 さらにさかのぼり、書物をひもとくと、あやふやな、解読困難な書物に似たような事象を発見することに成功した。 虫食いだらけで現在では使われていない書物の完全な解明にはいたらなかった。いや、それでもさらに数ヶ月の期間をかければ間違いなくましであろう。けれどもそれを待っていては時期が夏になる。それまでこの雪に覆われた世界がつづいた場合、致命的だ。待てない。それに喩え解読ができてもこの書物が必ず正しいとは限らないのだ。 男は決意して、書物を荷のひとつとして、解読しながら書物にある山へと向かう決意をした。 何一つ確かなものなどないこの旅に他のものを連れて行けるはずがない。 男は学者であり、旅などしたことはない。店で聞いて、簡単に旅支度をすませ、仲間たちにみおくられ一人旅立った。
山の袂に一歩足をふみいれると、みあげた。 何か声がきこえたような気がしたのだ。 男の中になにか確信めいたものが生まれた。 ――ここだ この異常気象を引き起こした原因になっているものはここにある。
ここまでの道すがら五日間、そして登山にも、何日もかかる。 一日の工程をおえ食事をすますと、眠るまでの間、男は書物をとりだし、できるだけ詳細に解読をつづける。 この山に何か原因になるものがあることは直感したけれど、具体的なものがわからない。 山にのぼり、どこかで何かをしたようなのだが、大事な部分が虫食いでぬけおちている。まわりを解読することによって、大事な部分に何か書いているのかを補填していくしかない。 いつも通り解読していると、大気をふるわすように響く遠吠えがきこえた。 男は、学者である。獣におそわれたときの対処などわからず、動いたほうがいいのか、動かないほうがいいのかもわからず、頭から毛布をかぶり、不安をおおいつくすようにして眠ることにしていた。
道といえる、道はない。 進みややすそうな平らな場所を通りながら、頂上をめざす。 進む方向をなやむと、あの山の麓で感じた声の気配をさがして足をふみだした。 男が日にちの感覚が曖昧になったころ、平らで広い場所にでた。 その平らな場所にこんもりと、小山ができている部分をみつけた。 雪におおわれているため、目印としてつかい、小山にちかづいていくと、どうやら、岩に雪がかかってのではなくて、ここで誰かがキャンプするためにはった布地の簡易居住のようだ。 山をさまよい暮らすものがいるという。その一族であろうか。書物ではよんだことはあっても、実際にあったことはなかった。 目の前の距離で大声でよびかけるが、反応がない。不在なのだろうか。 不在なのかもしれないが、もしかして動けないのかもしれない。 そうおもい、入り口をてさぐりでさがし、中をのぞきこむと―― 居住内から目をそらし、外で吐いた。 なかではひとり、よこたわっていたのだ。 胸が上下していなかった。 放置して先にすすもうかともおもったが、弔うことにした。 もしかしたら、これが原因でなにかが怒り、冬がつづいているのかもしれない。原因はまだわかっていないのだ。 居住内を物色すると、小型のスコップがあったので外で穴をほり、埋めてやる。 名前はわからないが、やすらかにねむってくれ。手をあわせた。 少し、間をおき、変化がないか確認してみたのだが、わからない。 これが原因で、これで春がくるのだとしても、もしかしたら少し時間がかかるのかもしれない。 とりあえず、簡易居住をたたみ、ここにいたひと愛用の杖をみつけ、墓標としてさして、もう一度黙祷した。
「ありがとう」 背後から声がはっきりときこえた。 いま、うめたひとは目の前の墓標のしたである。男いがいひとなどいないはずだったが。 ふりむくと、ちいさなひとがいた。 子供なのではない、けれど身長は男の腰くらいまで。いまいち性別はわからなかった。 「ぼくらは、ひととの直接ひととかかわれないんだよ。遠いむかし、アマンムギさまがそうきめたんだ」 「アマンムギ?」 「そうか、きみたちはもうわすれてしまったんだね。きみたちには寿命があるから、アマンムギさまがそうきめたから、しかたないね。 きみがそこに埋めたひとが、ぼくのうえに巣をつくってしまって。そのまま死んでしまったんだ。ぼくたちはひとにはかかわれないからどかしたくてもどかせなくて。ひとの手をかりたくて、ナギに色々手伝ってもらったんだ。 ああナギは、ひとには”ふゆ”とよばれているのかな、声、きこえたろ?」 山にはいったときの、声、道になやむたびに感じた声は、おそらくそれだったのだろう。もしかしたら、遠吠えも、それだったのかもしれない。 それから、男は学者の好奇心を満たすべく、アマンムギについてなど、色々と質問をすると、相手はいちいち応えてくれた。 夢のような時間だった。
どれだけたったのだろう。 黙祷から、目をあけて、さらにすすもうとおもったとき。 さきほど、簡易住居があったところに、変化があることにきづいた。 たしか、先ほどたたんだときにはなかったはずである。 中央にぽつんと、小さな土筆が頭をだしていた。 男は、冬がさり、春がおとずれることを確信した。 あとになってみると、このとき、何故それを確信できたのかまったくわかなかったが、たしかにこのときには必ず長かった冬がさり、春が訪れることを理解できたのである。 山をおりて、仲間たちのもとにもどるころには雪がきえ、土筆が頭をだしていた。 仲間たちは男を讃えた。 仲間たちもなぜか男が解決したことを理解していたが、それが何故理解していたのかはすっかり覚えていなかった。 一人の仲間が男にたずねた。 「そういえば、きみが旅だったあと、書物をしらべていると、あの山には、アマンムギ、という超常のものがいるそうだが、きみはあえたかい?」 男は頭をひねり、名前すらさっぱり聞き覚えがないと応えた。
----------------------------------------------------- 縛り:「何か新しいものを買う」 は旅支度 ということでつかっているつもりです。ちょっとわかりにくいですね
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