傷心の出会い【前編】 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/02/22 21:33
- 名前: RYO ID:PGffV9sU
青い空にふわふわと雲が浮かぶ。のどかな昼下がり――加藤司はアパートのベランダで、ぼんやりどうして葉子が自分を振ったのか、考えていた。 司が坂下葉子と別れたのは、二人が高校の卒業した翌日だった。別れを切り出したのは、葉子の方だったから、司は振られたことになる。他に好きな人が出来たというのが、その理由だった。葉子があんまりあっさり言うものだから、司は春雷が遠くでなったような錯覚さえ覚えた。たゆたう葉子への想いを、どうせ別の大学に行くことになってたんだし、遠距離になるんだしと、司は新生活の準備をしながら、懸命に自分を納得させようとして、できずに今に至る。 司が葉子と付き合い出したのは、高校三年の夏のことだった。予備校で同じクラスで席が隣だったことがきっかけだった。 「へぇ、加藤君もK大希望なんだね。私もなんだ」 模試で希望大学を書き込んでいるときに、そう葉子が覗き込んできた。 「ねぇ、模試が終わったら、二人で自己採点してみない?」 ちょっと周りを意識しながら、そう持ちかけてきた葉子は、どこか緊張した様子だった。 「別にいいけど……」 司は他の予備校生よろしく、少しでも参考書に目を通そうと考えていて、まさかそんな誘いがあるとは思ってもなくて、とくに意識もしていなかった葉子が頬を少し赤らめていたのが、妙に可愛らしく見えた。 受験勉強の合間に、一通りのことはやった。夏祭り、誕生日、クリスマス、バレンタイン――それでもやっぱり、受験勉強の合間。 単純に、張り合いが欲しかっただけなのかな? 司は雲に向けて息を吐く。それでもこのもやもやが散ってくれることはない。 大学生活も始まって、早一月。希望どおりの大学で、希望どおりの学部である。そう希望どおりの――葉子も希望どおりの大学に進学していった。葉子との間に何かがあったわけじゃない。単純に成績の伸びに違いがあっただけだ。秋までは司の方が成績は良く、葉子の方が悪かった。それが冬に入ると、司の成績は落ちていき、反対に葉子の成績が急激に伸びた。結果として、司は志望校を変更することを選び、葉子もよりレベルの高い大学を選ぶことになった。そう希望どおりに。 「浪人して、同じ大学行こうかな?」 司が葉子にそう言ったとき、葉子は一瞬、やたらと困った顔をしていた。 今にして思えば、あのとき、もう葉子の気持ちはなかったのかもしれない。もともとは、俺の方が成績が良くて、そこに葉子は惹かれたんだろうし。 実際、二人で勉強するようになって、葉子の成績は少しずつ伸びていった。司としても、自分が教えることで、葉子が伸びてくれるのは嬉しかった。それがときに自分の勉強を疎かにすることになっていたとしても。 ただ、こうなると、なんか葉子に利用された感じがないわけでもない。 そんなことはないことは頭では分かっていても、振られたタイミングがタイミングなだけに、感情の整理はつかない。負の感情が複雑に入り混じる。成績を追い抜かれたことで、多少なりともプライドが傷ついたのもある。あるいは、 「俺より成績が良くなったってことで、俺に魅力は感じなくなったってことか」 羨ましいと思っていたところに来て、追い抜いたら、途端に、かっこ悪くなったのだろうか? その止めは進学先の違いか。そう思えば合点は行く。合点は行くが、 「そんなものだけで、付き合っていたとは思いたくはないよ」 司は葉子に振られて幾度となく至った結論をまた翻して、再びスタート地点に戻ってきていた。そして、思う。 「せめて、葉子と同じ大学だったら、別れずにすんだのかな?」 司は今日何度目かの溜め息を、空に向けて吐いた。 「好きな奴ができたってんなら、そいつが誰か教えろよ!」 そう葉子に詰め寄ることができれば、もう少しはっきりした答えが聞けたのかもしれない。 「そんな根性は、俺にはないか」 司は自嘲した。 「あーこれからどうするかな……腹減った。昼飯、食わねぇと」 司は白い壁に掛けてある時計を見る。もう二時前で、起きたのが十一時過ぎだったとはいえ、いい加減空腹を覚えた。 世間はゴールデンウィーク。大学に入学したときは実家に帰るつもりだった。が、司の通帳は、残高百五十二円。懐は吹雪いていた。こうなってしまったのも、大学のサークルの新歓コンパに誘われて、やけくそで出まくってしまったからだったりする。 「新しい出会いとは言うけれど、結局出会いはなかったし……」 コンパの席が思い出される。散々先輩に飲まされて、金だけ払わされた気がする。で、肝心の新しい出会いという奴は、なかった。いや、正確には、一年の男は男同士で固まり、一年の女の子は女の子同士で固まり、その塊に先輩が間を割って入って、サークルへの本気の勧誘が始まって、 「あんまり覚えてないな……」 司は溜め息を吐く。なんのために散財したのか。とりあえず飲み会の相場が四千円くらいと分かったのが、司の収穫だった。 突然、何か食えと腹が鳴る。 「仕方ない。出るか。金ないけど」 司は遅い昼食を取りに行くことにした。空に流れる白い雲が千切れていった。
大学近くの飲食店は安い。その上、数も多い。和洋中何でもござれである。もっとも、大学生になったばかりでは、どこが安いのかも分からないし、ましてや一人で飲食店に入るというのはそれなりの度胸がいる。司もその例に漏れない。コンビニでカップ麺でも買うことも考えたが、すでに飽きてしまっている。司は飲食店が建ち並ぶ通りまで歩いて、先日行った一杯四百五十円の豚骨ラーメン屋に入ることにした。ラーメン店なら、一人で入ってもそんなに抵抗感がなかった。内心、こういう休みの日こそ、大学の生協は学生の健康面と経済面を考えて開けるべきだろうに、と呟いていたが。 司がラーメン店を選んだのにはもう一つ理由がある。ずらりと並んだ漫画である。じっくり時間を潰すには、もってこいだ。ついでに、替え玉も、学生価格の五十円と格安ときた。 司がラーメン店のガラスの引き戸を開けると、なんとも言えない特有の臭いが漂っていた。 「いらっしゃい」 と、じゃが芋も連想する頭の店主がにっこりと司に笑いかける。司は軽く会釈して、キョロキョロと店内を見渡す。店内は、赤いテーブル席が三つに、カウンターが八席とそんなに広くはない。昼時を外しているこの時間帯では、客もテーブル席に三人いるだけだった。司はカウンターに座ることにして、歩き出したときだった。テーブル席に座っていた女性客と目が合う。何か引っかかって、司は立ち止まる。一瞬の間があった。 「あっ! なんかすごいのきた! やっときたわよ! うちのサークルの期待すべき新人、一号が!」 テーブル席の他の二人も振り返る。 「あなたは、確か……そう、加藤君ね。よく来てくれたわ!」 女性は興奮気味に司の名字を言うが、当の司には何のことか良く分からない。 「こんな奴いたか?」 「さあ?」 残りの二人は顔を見合わせて首を傾げていた。 「酔っ払っていたあなたたちの記憶なんて、最初から当てになんかしてないわよ」 その女性客は得意げに言う。 中学生か? いや……大学生か? 司は訝しがった。というのも、百四十センチくらいの小柄だったからだ。彼女の栗色のウエーブの掛かった長い髪は、表情を変えるたびに揺れた。 なんか怪しいから、無視しよう。 司はそう心に呟いて、三人の座るテーブルの横を通って、まっすぐカウンターに向かおうとする。 「ここまで来て、その態度はないんじゃない? 良いからこっちに来なさいよ」 その彼女はしっかりと司の左手を掴んで、にっこり司を見上げていた。その笑顔はクリッとした瞳を輝かせて、なんとも嬉しそうで、楽しそうで、司は思わず見とれていた。 それが司と坂崎智世との最初の出会いだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――― 締め切りに、間に合った(笑 さて、久しぶりに司君です。皆覚えてますか? 司と智世の出会いの部分を、三語っぽく適当に作ってみます。 というわけで、続くきます。 後編のお題はこれから選出します(ぁ
2/22 21:33 一部修正
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