『夜の国』(三語) ( No.2 ) |  
- 日時: 2013/04/08 23:27
 - 名前: 卯月 燐太郎 ID:WEufP3Cc
 
   『夜の国』
   夜がひたひたと街に満ちていく。  表通りでは、赤、青、黄色のネオン管がようこそ、ようこそ、ようこそ、と愛想を振りまいている。  ぼくは雨の中を、貯金と、アルバイトのお金をギャンブルに負けた悔しさと情けなさに打ちひしがれながら、彼女が飾られている「夜」のショップへと急ぐ。 「夜」のショップでは珍しい物がいろいろ販売されている。  役に立たない古道具などもあるが、真空管ラジオを見つけた時はうれしかった。  最初、それは何かわからなかったが、老人が木目の頬を撫でながら「これは柔らかい肌を持った人間が作ったもので、彼らの世界から声が聴こえて来るんだ」  そういったとき、ぼくは、木の人形以外の世界があることが信じられずに「まさか……」と苦笑いしたものだった。  だが、真空管ラジオから聴こえてくる音声は、ザアザアと雑音が入っていたが、あきらかに不思議な世界の出来事が語られていた。  トウキョウという人間砂漠のことや、人間という嘘をつく柔らかい肌をもった僕たち以上の知性を持った生き物。そして、愛情という行為が尊いことも、僕は人間から知った。
   それから幾日経っただろうか……。  夜のショップに行くと、人間が手に入ったと老人に声をかけられた。  その女性の顔を見て、触れて、あまりの柔らかさに僕は驚いた。  そして表情も豊かだった。 「おじいさん、この人間を手に入れたいけれど、いくらするんだい?」  おじいさんは、笑顔を浮かべて君の心付けでいいよ」と言った。  しかし、「心付け」というのは、安いという意味ではもちろんない。  安ければ、それだけの物しか手に入らない。  老人のいないときに、彼女と話してみると、不思議なことを言った。 「夜寝るとね、こちらの世界のショップに飾られているのよ」 「起きているときは……?」 「もちろん、私たちの世界にいるわよ。でもね、近頃、こちらの世界に来る時間が増えて来るの……」  彼女は、さびしそうに言う。 「そうか……、じゃあさ、ぼくが助けてあげるよ。ここから助けてあげる」  僕は、どうしてもその柔らかい肌を持った女性を手に入れる価値のある金額がほしかった。  そのために貯金をはたいて、そのうえ働いた金額を合算したお金を支払おうと考えたが、もっと多くのお金がほしかった。  だが、すべては無になった。  ギャンブルで無になった。  こうなれば、ショップのおじいさんに待ってもらうしか手はなかった。  雨に濡れた石畳をこつこつとぼくの足音だけが響く。  雨のせいか人通りが少ない、路地に入ると小さなネオン管がすまし顔でいた。  やっとショップにたどりつき、ウインドウを覗き込むと青いドレスを着た彼女はマネキン人形のように微笑をうかべて立っていた。  ぼくもほっとして微笑を浮かべた。  古いドアを押して店の中に入った。  ぼくはこの店の老人にお金が出来なかったので、もう少し待ってもらおうと思った。  奥でかたりと何かが動く気配がして誰かが裏から走っていく足音が聞こえた。  何かしらと思い奥にいくと、老人が倒れていた。ひげを託した木で出来た老人の人形は頭を斧で割られていた。  ああ、なんてことなんだと思ったが、ぼくは彼女を助けられることが出来る。  急いでウインドウに飾られていた彼女の元にいき、彼女の柔らかい手をとった。  人間の手はどうしてこんなに柔らかいのだろう。 「ねぇ、どこにいくの?」  彼女が訊ねてきた。 「こんなところにいてはだめなんだ、はやく君の国へいこう。ぼくは君を助けに来たんだ」  ぼくたちも裏から出ると細い路地から路地を夜の街に紛れ込んだ。  ぼくと同じ、木で出来た人形が歩いている。彼女を連れたぼくを見ると珍しそうに声をかけてくる。 「それは人間でしょう。どこで手に入れたのよ」 「人間、人間、人間……」  誰もが振り返る――。  そのうちに、「殺された、殺された、殺された――」  声があちらこちらから波のように押し寄せてくる。  ぼくたちは裏山に出ると、夜で出来た汽車に乗りこんだ。  大勢の人形が「待て、待て、待て――」といいながら、追いかけてくるのが見える。  汽車は走り出すと雨の夜空に上っていった。  夜の国の街並みが見える。  ぽつりぽつりと電灯が灯って、まるで星の海のようだ。
 
   カーテンが膨らんで夜が入ってきたので、私は目を覚ました。窓は開いており、夜がしんしんと部屋の中に満ちてくる。  ここは大都会の七階建てマンションの最上階にある部屋だ。  私は立ち上がり窓を閉めようとした。すると目の前を汽車がゆっくりと動き出すのが見えた。ジャンクションされているところが、がちゃりと鳴った。  私を夜の国から助け出してくれた人形が汽車の窓から手を振っているのが見えた。  私も手を振った。  私は、寝て見る夢だけと違い、起きていても夢を見ていたのかもしれない。  壁に貼ってあるブラッド・ピッドのポスターを剥がした。  夜が明ければ、好きだと言ってくれている、彼と将来について話してみよう。  彼はギャンブルを止めると言っていた。  それを信じよう、そして彼が私を幸せにしてくれるのを待つだけではなくて、私も彼を幸せにしてあげよう。  何か不安だったが、吹っ切れたような気がした。  そんなことを考えていると、もう、夜の国の汽車は小さくなって消えようとしていた。
 
     ――完――
 
  お題:「古道具」「ブラッド・ピッド」「真空管ラジオ」
  作者より。 ファンタジックな作品だけれど、現実感も入れてみました。
   
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