お待たせしました。三語復活です。 やっぱり、やってないといけないよね。 -------------------------------------------------------------------------------- ●基本ルール 以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。 ▲お題:「イチゴ」「ピラニア」「ポメラニアン」 ▲縛り: なし ▲任意お題:なし ▲投稿締切:2/5(日)21:59まで ▲文字数制限:6000字以内程度 ▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。 ●その他の注意事項 ・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要) ・お題はそのままの形で本文中に使用してください。 ・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。 ・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。 ・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●ミーティング 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。 -------------------------------------------------------------------------------- ○過去にあった縛り ・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など) ・舞台(季節、月面都市など) ・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど) ・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど) ・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど) ・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など) ・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など) -------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
涼しげな淡い水色の空。そこに、ジリリリリ、とチャイム音が響いて、乾いた空気を震わせる。音に驚いたのか、数羽の鳥が木の葉の間から空色の中に飛び出していく。 卒業式用の緑のガウンを着たままの生徒たちが、数人、校舎から飛び出して、大声で叫びだす。わあー、とか、おおー、とか。意味をなさないその声は、チャイム音よりさらに大きく空気を突き抜けて、ずっと、ずっと、上の方まで届いていく。 そんな様子を遠くの方に聞きながら、少年が二人、校舎裏に座っている。8インチほどしかないコンクリの上に腰を下ろして、その先の側溝に、ひざを折り曲げて足を渡している。一人は赤毛で、白い肌にも赤みが差していて、いかにも少年らしい。もう一人は金髪で、健康的に日焼けした肌にそばかすが印象的だ。二人とも、ぼんやりと空を見上げている。「もう、中学、終わっちゃったね」 空に向けていた顔をそばかすの方に向けながら、赤毛が口を開いた。「うん」 そばかすは、相変わらず空を見つめながら答えた。そのまま、乾いた空気と共に、沈黙がさらりと流れた。「昨日、何した?」 そばかすが聞いた。「んー、ペットショップ行った」「何見た?」「普通だよ。犬とか、猫とか」「ふうん」 そばかすは自分で聞いておきながら、さして興味もなさそうに言った。それを聞いて、赤毛は、「でも、魚もいた。なんてんだっけ? 川にいる奴。で、ほら、人とかも食っちゃうような魚」「え? 何? サメ?」 そばかすが、空から視線を移して言うと、赤毛が笑い出した。「サメがペットショップにいるかよ? しかも川にもいねーよ。ほら、もっと小っちゃい奴でさ」 赤毛が言うとそばかすは少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、再び空の方に顔を向けた。赤毛は少しためらいながら、「あの……、あれだよ。暑いとこ、そう、なんだっけ、アマゾン川? とかにいてさ……」「ピラニアだ」 そばかすが、赤毛の言葉を遮るようにして言った。それを聞くと、赤毛の顔に喜びの色が差した。「そう、それだ。それが、いたんだ」「ふうん」 再び沈黙が訪れた。そばかすは空を見つめていて、赤毛はそばかすの顔をちらり、ちらりとやっている。「なんか、買っってもらったのか?」 そばかすが言うと、赤毛の顔に再び笑みが広がった。「うん、犬。ポメラニアンって奴。弟の誕生日だったから」「お前に買ったんじゃないんだ」 そばかすが言うと、赤毛は視線を下に向けてから、ぽつりと「うん」 赤毛の口調の変化が気になったのだろうか、そばかすは空に向けていた視線を赤毛に移した。それから、しばらく見つめると「良かったじゃん、その方が」「うん」 赤毛はそう言って下に向けていた顔を空の方へ向けた。そばかすはそれを確認すると、自分も同じように空を仰ぐ。二人の前髪を、風がゆるゆると撫でていった。「オレは、リズ・エバンズのパンツ見た」 今思い出したかのように、そばかすがふいとそんなことを言った。赤毛の顔に、再び無邪気な笑みが広がって、「マジで? 何色?」「イチゴ柄」 そばかすが言うのを聞くと、赤毛はからりとした声をあげて笑い出した。「イチゴ! 何だよ、かわいいな。男よりケンカ強そうな筋肉女のくせに、イチゴ柄はいてんだ!」「ああ」 そばかすは、笑っている赤毛と視線を合わせ、口の右端を吊り上げてみせた。だが、すぐにその視線は下の方に向けられ、端の笑みも消えてしまう。赤毛も彼の反応に違和感を覚えたのか、笑顔が真顔にすうっと呑み込まれていった。二人の間を風が静かに流れていく。「オレ、リズのこと、好きだったんだ」 そばかすが言うと、赤毛は目を大きくして彼を見た。風が相変わらず、二人の頬を撫でていく。少し間を置いて「あの……ごめん」 赤毛がそばかすの靴の辺りを見ながら言った。「あ? 何が?」 そばかすは赤毛の顔をばっちり見ながら言う。「だって、オレ、筋肉女って言ったし……」 今度はそばかすが声をあげて笑った。「いーよ、別に。だって、筋肉女じゃん」 それを聞くと、赤毛もそばかすの顔の方へ視線を上げて、そして、一緒に笑った。それから、二人は笑いながら空を見上げた。白い雲が、水色の中を泳ぐように動いていく。そのまま、二人はしばらく黙って、髪の毛を揺らして去っていく風を感じていた。「やっぱ、お前、知らなかったかあ」 そばかすが空を見ながら、言った。「うん」「リズも知らないんだろうな」 そばかすは、やっぱり、空を見ながら口だけ動かして、言う。「リズは、きっと、オレがあいつのこと好きだったって、知らないまんま、ずーっと過ごすんだよ。そんで、リズにとっては、オレはずっと、他のクラスの奴らと、なんにも変わんないんだよ。昔の中学の同級生って、そんだけなんだ」 赤毛はそこまで黙って聞いていた。が、そばかすの顔を見て、それから、意を決したように「今から告ってみれば?」 そばかすは空に向けていた視線を下げ、目の前の空間を見ながら、首をふった。「今じゃ、かわいそうだよ」「そっか……」 再び、さらりとした空気の中を、沈黙が流れた。二人は黙ったまま、それぞれ空を見たり、コンクリの染みを眺めたり、側溝の中を覗いたりしていたが、そのうち、赤毛が「お前、キスって、したことある?」 そばかすは少し間を置いて「ないよ」 赤毛はしばらくコンクリの上を歩くアリを見つめていたが、何かを思いついたように、ふいっと顔をあげて、そばかすを見て「オレらでしてみる?」 そばかすは、一瞬、いつも細めている目を大きく開いて、赤毛を見た。その驚きの表情が、次第に普段の、つっぱった顔に戻っていき「しねーよ」 そばかすの返事に、赤毛は笑って彼を見た。「いや、ホントに最後だから、ためしに、どうかなって思って。ダメか」「ダメだよ」 二人は顔を見合わせて、そして、二人そろって笑った。それから、空を見ながら「オレ、キスしてみたかったなあ」 赤毛が言うと、それに被せて、そばかすも、「オレも、してみたかった」 そう言って、少し間を置いてから「リズは、そのうち、誰かとするんだろうな」 赤毛はそばかすの方に視線を動かした。「関係ないじゃん」「うん、関係ないな」 それから二人は、顔を見合わせた。言葉には出さないが、目で何かを伝えあい、分かった、というように同時にうなずいてみせ、それから、手元の方へ視線を移す。 二人の手には、拳銃が握られていた。どちらも父親の持ち物かなにかなのだろう、扱う手がぎこちない。そばかすが、ふう、と息を吐き、それから、決意したように顔をあげた。続けて、ゆっくり、伸ばした腕をあげて体とちょうど九十度の角度のところで、止める。銃口は、赤毛の方を向いている。「お前もやれよ」 そばかすに言われて、赤毛も銃をそばかすに向けた。その腕は、まっすぐ伸びてはおらず、少し、ひじを曲げている。赤毛の銃口が自分に向けられているのを確認すると、そばかすは「じゃあ、一、二の、三で、撃つぞ」 赤毛は目を伏せ、少しの間黙っていたが、そのうち、遠慮がちに、言った。「あのさ、オレらが死んで、それで、なんか、ショック受ける人って、いると思う?」 赤毛は、その人物を探し出そうとしているように、眉間に少ししわを作っている。しかし、すぐにそばかすが「いねーよ。だからやるんじゃん」 その言葉に、やっと、赤毛は目をそばかすの方へ向けた。「うん」「じゃあ、やるぞ」「うん」「一、二の、三でな」「うん」 それから二人は見つめ合い、そばかすが「一、二の、三」 パン! 乾いた音が空気に高く響く。空の方まで突き抜けるその音に驚いて、また、木の葉から鳥が何羽か、ぱらぱらと飛び立つ。それから、再び、静寂が、ゆっくりと辺りを満たしていく。 目をつぶったままのそばかすの耳に、辺りの音が届いてきた。静かに耳の辺りでささやき、髪を撫でていく風。あれ? おかしい……。ゆっくりと動く思考がその考えに辿り着いたとき、自分の足もとに、何やら重みが増したことに気が付く。そっと、目を開けると―― 赤毛が倒れていた。横に向けた顔は、目をつぶり、口を薄く開いている。ちょうど額のところに丸く、黒く塗りつぶしたような穴が開いていて、そこから幾筋も鮮やかな赤色が流れ出ている。 そばかすの頭は真っ白になった。ただ、ただ、目に映るその姿があるだけで、思考も感情も、動かない。しばらくの間、彼はそのままの状態で、赤毛を見つめていた。が、だんだんに、ゆっくりと氷が溶けていくように、彼の思考が動き始めて、ある瞬間、目の前の事実に気が付いた。 ――こいつが死んで、オレだけ、生きてる―― それを悟った彼は、急いで赤毛の手に握られている銃を掴むと、自分のこめかみに当てた。そして、引き金を引こうとするが――手ががくがくと震えだした。彼の意識はそれを引こうとするのに、彼の指はどうしても動かない。ただ、引き金の手前でぶるぶると震えている。胸にぶわりと熱さが湧いて、それがどんどん上の方へのぼってくる。顔の方まで上がってくると、目から涙がぼろぼろこぼれ出した。引かなきゃ、引かなきゃ、引かなきゃ――。頭でそう思っても、手は全く動かない。ただ、ただ、焦るほどに震えが増して、涙が溢れるだけだった。 彼は銃口をだらりと下げた。そして、そのまま、声をあげて、顔を下に向けて、泣いた。風がさっきまで、二人に吹いていたのと同じように、そばかすの頬だけに触れていく。しばらくそのままで時間が流れた。 しかし、ふいと、そばかすの頭にあることが浮かんだ。彼は赤く、腫れぼったくなった目を銃に向けて、その弾倉の中を確認する。と―― 弾が入っていない。 それを目にすると、再び胸に熱いものがせりあがってきた。涙がじわりと目にたまってくる。 赤毛は死んでしまった。彼が単に弾を入れ忘れたのか、それとも入れずに撃ったのか、そばかすが知ることは、できない。しかし、この事実は変わらない。赤毛は弾のない銃で撃って、そばかすは弾のある銃で撃った。 そばかすは、今度は声をあげず、ただ、涙がとめどなく頬を伝っていくのを感じていた。濡れた頬に吹く風が、ひやりとさっきより冷たい。彼はしばらく赤毛のことを見つめていた。額から流れる血は、さっきより量を増し、赤毛の白い肌を伝っていく。それを見ていると、また、ふいとある考えが頭をよぎった。――顔をきれいに洗ってやろう―― そう思って、そばかすは、赤毛の体を抱きかかえ、そのまま、水飲み場の方へ、歩いていった。――――――――――――――――――――――――――――――――――――日曜日に来れるかどうか分からないので、早めの投稿です。一時間では……全然終わってないです。しっかりはかってないですが、二時間以上はかかってるかと……。スイマセン。
私立高校受験の翌日、隆は幸司の家に遊びに行った。幸司は自分の部屋で五匹のピラニアを買っていた。水槽からブクブクと酸素がわき上がる音とモーターの音が響いていた。それは隆に夕日の射し込むこの部屋には、どこか場違いで、いっその薄暗い方があっているんじゃないかと隆に思わせた。「なあ、昨日はどうだった?」 隆は幸司に受験の首尾を尋ねる。幸司は県で有数の進学校を受け、隆は滑り止めだった。「別にどうということはない」 幸司は誰に聞いているんだ、と言わんばかりに鼻で笑う。「そうか。なら、いいんだ」 隆はほっと胸をなで下ろす。「どうかしたのか?」 幸司が怪訝そうな表情を浮かべた。「いや、幸司、最近、なんかイライラしてて声がかけにくかったっていうか、いつもと全然違ったからさ。受験でピリピリしていたんだろうけど・・・・・・」 隆の告白に、幸司は目を丸くした。一瞬の間のあと、幸司は声を殺して笑った。「な、何がおかしいんだよ? ひとが心配してたっていうのに」「いや。悪い。悪い。そうだな。確かにイライラしてたな。俺は。そうイライラしていた」 幸司は苛立ちを素直に認めた。自分に言い聞かせるように認めた。その様子に隆は違和感を覚えた。自信家の幸司のことだから、てっきり否定すると思っていた。「なんだよ。そんな素直に認めるなんて珍しいな。さては受験がうまくいきやがったな」「まぁな」 にやりと幸司が笑う。ここまで感情を表に出す幸司は本当に珍しかった。それほど会心の出来だったのだろうか。「受験がうまくいったっていうのもあるが、それより、俺を悩ませていた原因が解決したのさ」 そう言って、幸司は水槽に目を向ける。「へー、お前でも悩みってあるんだな」「当たり前だ」 隆は何に悩んでいたのかと聞こうとしながら、幸司に釣られて水槽に目を向ける。ピラニアが悠々と泳ぐ。ピラニアの腹の赤みは鮮明で、やけに綺麗で、と隆はあることに気がいた。「なんか水槽、赤く濁ってないか?」 目を凝らすと、うっすらと赤い粘液のようなものが水中を漂っていた。「ああ、それはイチゴだろう」「イチゴ?」「イチゴだ」「ピラニアってイチゴ食うのか?」「食ったから、食うんだろ」「そ、そうか」 しばしの沈黙。ピラニアが水面を尾びれで弾いて水槽の底に泳いでいく。この静けさに隆はいつもとは違う雰囲気を感じる。いつもは、こうもっと騒がしかったように思う。「何でイチゴなんて、やったんだ?」「イチゴがもう悪くなりかけてたからな。こいつら何でも食うから」「ふーん」 また沈黙。外からは何も聞こえてこない。何もーー「そう言えば、今日は珍しく静かだな。いつもは隣のポメラニアンがキャンキャン吠えてうるさいのに」 隆は思い出したように言った。幸司の部屋に来て感じていた違和感の正体はこれだったのか。「ああ。あのバカ犬な。なんか行方不明らしい。昨日か、一昨日の朝か忘れたが、隣のおばちゃんが血相を変えてうちに探しに来てたよ」 幸司は腹の底から可笑しいというように笑った。隆はそこに不気味さを感じて、寒気を覚えていた。「なんて名前だっけ?」「犬か? ジョンだ」「ジョンね」 犬の名前なんて大して興味もなかったけれど、話が途切れた沈黙の重さを思うと、何か言わないといけない気がした。「こいつらには、何か名前があるのか?」 隆は絞り出すように水槽を指さす。ピラニアが赤く濁った水の中で、歯をむき出しにしていた。「こいつらか? いや、名前なんてつけてないぞ」 なんだって、こんな赤いんだよ?「ああ、そうだ。せっかくだからこいつらはジョンにしよう。それがいい。で、もしも隣のバカ犬がみつからないときは、このジョンを隣にあげよう。代わりに育ててくださいって。最高じゃないか」 幸司は声高に笑った。西日に照らされて笑った。隆はもう何も言えず、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。部屋には水槽からわき上がる酸素とモーターも音が静かに響いていた。----------------------------時間は大体一時間。1600字くらい。久しぶりで感覚が戻らないけど楽しかったです。ポメラいいよ、ポメラ
僕が旅に出ることを決めたこと、それについてはいくつかの理由がある。 一つ目は、車の免許を取ったということ。(車は親のものだ) 二つ目は、家の掃除をしていたら、キャンプ用品が大量に見つかったということ。(これは僕の父が買い集めたものだ。6個の寝袋(我が家は一番多いときでも四人家族だった。余分な二つの寝袋が何のためにあるのかは僕には分からない。)、テント、折りたたみ式のテーブルと、これもまた折りたたみ式の肘掛背もたれのついた椅子(アルミ製のフレームの上、おしりと背中が乗る部分に、布が巻いてある椅子だ。肘掛の上には丸い溝が彫られていて飲み物の缶やペットボトルが置けるようになっている。中々すわり心地がいい。)、 タープ(日よけ雨よけのこと。二メートル半ほどの高さの骨組みのうえに防水性の屋根をつけて作る。運動会の時などによく作るあれに似ている。テントの横、焚き火やテーブルセットの上あたりに作ると、雨が降っても安心だ)、ランタン(ホワイトガソリンで火をつける。オレンジ色の暖かな炎と火の燃える香りが、なんとも言えず良い)、ガソリン型ツーバーナー(ガソリンで火をつけるコンロのようなもの。ガス用のものと比べると少し重く、火力の調整は難しいが、燃料費が安く済み、ガスのものより経済的だ。) あとはこまごまとした何やかやだ。それらを僕は物置の中で発掘した。) 三つ目は、就職のために家を出た兄が懐かしくなったこと。(彼は今北の国で畜産関係の仕事をしている。楽しそうな仕事だ。もう二年ほど会っていない。) 四つ目は、男として生まれたからには、一度くらい旅に出てみないといけないということ。(誰が決めたか知らないが、僕は時々そんな風に思う。) 五つ目は、最近知り合いからカメラを譲り受けたということ。(だから道中では写真をたくさん撮りたい。綺麗な風景や、なんてこともない風景や、ばかばかしいものや、何もかもだ。) 六つ目は、北国の大地が僕を誘っているような気がするからだ。(なんだかそんな気がする。気のせいかもしれないけれど。) 七つ目は銀行の口座の中に使い道の無いいくらかのお金が溜まっていたこと。(いつか海外旅行にでも行こうかと考え、暇な時間を短期のアルバイトに費やしているうちに、少しずつためていたお金があったのだ。)行き先を決めずにためていたその資金を、このちょっとした国内旅行のために使うことにした。 八つ目は、最近時間が有り余っているからだ。(当面何もすることがなくて、とても暇なのだ) 九つ目は、ジョゼに自然を見せてやりたいからだ(彼女はこの町から外に出たことがない) 十個目以降の理由は省略する。だから理由は次で最後だ。それ以降は省略。ともかく、たいした理由ではないのだ。 最後の理由は、駅前の本屋に行き北国のガイドブックを買ったということだ。見知らぬ場所の風景写真と、それに添えられた説明文を読んでいるだけで楽しかった。 この小さな国の中いたるところに僕の知らない道が張り巡らされていて、その道に沿っていたるところに僕の知らない沢山の街があって、そこには沢山の人々と僕の知らない風景が広がっている。そして僕は少し勇気を出すことができさえすれば、そこに行くことができる。どこにだっていけるのだ。時間ならたっぷりとあるし、失って困るほどたいそうなものなど僕は持ってない。 ともかく、そういった理由で僕は彼女と共に旅に出ることにした。たいした理由ではないのだ。 行き先はただ北へと決めた。途中で宿を取るか野宿をする。自分の知らない場所を回って車を走らせ、途中で兄に会い、さらに北へと向かい、行き止まりで折り返して帰る。それだけの旅だ。 兄には近いうちに遊びに行くからよろしくということだけを電話で伝えた。「まだいつそっちに着くかは分からないよ。のんびりいろんなところを回って行くつもりだから」「だけどこっちも準備ってもんがあるからな」「じゃあ、とにかく海を越えたら伝えるよ。トンネルかフェリーかはまだ決めてないけれど、とにかくそっちに着いたら伝える。そっちには無料のキャンプ場もあるみたいだから、一日そっちでゆっくりしてから向かうことにするよ。それでいいだろ?」 兄は電話越しでも聞こえるような大きなため息をつきながら言った「ああ、わかったよ」「そう心配しなさんな。ジョゼも早く会いたがってるよ」「とにかく、気をつけて来いよ」「うん、それじゃあ。また。」「ああ」 電話を切ると、僕は車に沢山の荷物を積み込み、助手席に彼女を座らせてエンジンキーを軽くひねった。 エンジンの中で油が燃える振動が、シートを通して体に伝わってくる。車道に出るために左右の安全を充分に確かめ、大きく息を吸い込み、アクセルを踏み込む。法令通り初心者マークを前と後ろの見えやすい位置に取り付けた車は、ゆっくりと前へと進みだす。そんな風にして僕たちは旅に出る。 ジョゼと二人で地図の上の方を目指して走る。特に行き先を決めずに北に向かって走る。ラジオからは一昔前の歌が流れていて、僕たちは幅の広い道を安全運転で走っていく。 いくつかのカーブを曲がり、またいくつかのトンネルを抜ける。登った数と同じだけの坂を下る。赤信号で止まり、青信号で走る。急発進急停車は助手席のジョゼが転げそうになるのでなるべく控える。 いくつかの山を越える。曲がりくねった峠道を登り、曲がりくねった峠道を下る。お椀方の山の斜面を縫うように敷かれた車道、道の端はガードレールで仕切られた細い斜面になっていて、速度を落として走る。緊張しながらハンドルを握り、どきどきしながら幅の広い対向車とすれ違う。恥ずかしながら、そういった道はまだ少し怖い。 だけどそこからは、斜面に作られた街の姿が一望できる。それまで進んできた曲がりくねった道とそこから延びる路地、それに接するようにしていくつもの家が立ち並んでいる。遠くの景色には山と山の間にかけられた大きな橋が見える。橋の根元はくもの巣に似た形で自らの重さを支えている。列車がその上を通り過ぎる。橋の上のレールと列車の車輪の間で鳴るその音はこちらにまで届き、列車が通過し、山並みの緑に吸い込まれていくと共に途切れる。(山道の途中で駐車場を見つけるたびに、僕はそこに車を止め、そこから見えるそういった風景を写真に収めていく。) のろのろと走る僕たちのすぐ脇を、焦れたトラックが大きな音を立てて追い越していく。ジョゼはおびえたようにこちらを振り返る。 ジョゼは白い毛並みのポメラニアンだ。体は小さく、臆病な犬で、あまり活発な性格ではない。おっとりとしていて食事と散歩のとき以外はほとんど眠っているような犬だ。「なんてことはないさ」と僕はジョゼに向かってつぶやく。 ジョゼは心配そうな目でこちらを振り向いた後、また少したつと窓の外に目をやる。またトラックに追い越されると、小さく震えながらこちらを振り返る。本当に臆病な犬なのだ。 そんなふうにして僕たちは二人で長いドライブを楽しむ。これといって目的のない旅なのだ。寄り道を沢山しながら、ゆっくりと北に向かって進んでいく。 朝のうちに出発した道のりが、やがて正午になり、さらに北へ進み、道の駅で遅めの昼食を取りながら一息ついていると、日が落ちかけていることに気づく。 ガソリンもだいぶ減ってきた。空気が先ほどとは違うものに変わったかのように冷たくなり、東の空が暗くなり始めている。僕は地図で自分のいる場所を確認し、そろそろ宿を探すことに決めた。幸いなことに、近くにはキャンプ場が幾つかあり、道の駅の車の中で一晩過ごすということはなんとか避けられそうだった。 出発から半日ほどかけて車を走らせ、結局たどり着いたのは湖のある街だった。湖のほとりにあるキャンプ場に飛び込みで頼み込むと、なんとか受け入れてもらうことができた。料金は宿に止まるよりもずっと安い。焚き火のための薪を買い、今晩眠る場所を自分の力で組み上げる。 一時間ほどかけ、何とか苦労してテントを張り、タープの下に折りたたみ式のテーブルと椅子を広げる。ジョゼのための毛布を地面に敷き、焚き火を焚くと、やっと落ち着くことができた。 焚き火で体を温め、人心地がつくと、僕はジョゼを連れて湖の周りを散歩した。彼女は僕ほど寒がってはいないようだった。 ジョゼの祖先は寒い場所で生きてきた犬だ。そのために彼女の体は保温性の高いふわふわとした柔らかい被毛で覆われている。 集団生活を営んでいた彼女の祖先は、何よりも孤独を恐れた。暖かさのない、過酷な自然の冷たさの中で、孤独を選ぶことは自殺行為だったからだろう。そのせいか、彼女は独りになることを恐れる。首輪をはずしていても、僕からそう遠くに離れようとはしない。生まれてはじめて見る湖の姿に興味をもち、湖面に向かって駆け出していくものの、静かに波打つ水の冷たさに驚いてまたこちらに戻ってくる。 散歩に満足すると僕たちは夕食を取ることにした。僕はバーナーと飯ごうで米をたき、レトルトカレーを水を入れた鍋の中、焚き火の炎で暖める。ジョゼのためにはドライフードと缶詰を用意する。ジョゼにとって缶詰つきの夕食はご馳走だ。ジョゼはお腹一杯夕食を平らげると、焚き火の近く、暖かさは届くけれど火が燃え移らない程度の近さの場所で丸くなった。 僕は椅子に座り焚き火の炎を眺めながら。ぼんやりと次の日の計画を練っていた。 時折ジョゼは僕の足元までやってきて、何かを訴えるような目で見つめてくる。普段散歩に行きたいときや、喉が渇いたけれど水入れに水が入っていない時にするような目で、こちらのことをじっと見つめてくる。尻尾を振りながら、僕の足元に前足をかける。これは彼女が僕に何かをしてほしい時にする仕草だ。だけど散歩はさっき連れて行ったし、食べ物も水もあげたばかりだ。どうしたのかと頭をなでてやると、気持ちの良さそうな顔をしたあとで、またこちらの足元に前足をかける。これは頭を撫でてもらいたかったわけではないということだ。 しばらく考え込んだあとで、僕は気がついた。ジョゼはなぜ自分がこんなところにいるのか分かっていないようだった。彼女は僕に早く家に帰ろうと言っているのだった。「ジョゼ、今日は家には帰らないよ。わかる?」 ジョゼは何も答えない。「帰りたい?」 ジョゼは何も答えなかった。 「ごめんな。変なことにつき合わせちゃって」 謝りながら頭を撫でてやると、とても気持ちの良さそうな顔をしてその場に寝転んでしまう。これは背中を掻いてほしいときの合図だ。僕は彼女の背中を掻いてやりながら、少しだけ寂しい気持ちになっていた。 湖面が波打つ静かな音が聞こえてくる。ジョゼは疲れたのか焚き火のそばでいつの間にか眠ってしまっていた。夜の闇の中に月と山の陰が映っていて、時折吹く風が焚き火の炎と暗闇の中の木の葉を揺らした。湖は静かに波打っている。 ランタンの明かりの下で地図をめくりながら、今日自分が走ってきた道を指でなぞってみる。地図の上ではそう遠く離れていないように感じられるが、ずいぶんと長い道のりだった。目的地まではまだまだ距離がある。こんな風にのんびりと車を走らせていると、一週間近くかかってしまうかもしれない。道の途中にある土地を全て見て回る時間は無いんだ。明日からはもう少し考えて進まなければいけない。 「こんばんは」 止まる場所も今日のように都合よくキャンプ場が見つかるとも限らないし、これから先に向かえばちゃんとした宿に止まらなければ寒くて夜を越せない可能性だってある。旅費を節約できるところはきっちりと節約していかなければいけない。ここまで来た以上今更もう後戻りはできないんだ。明日はもっとうまくやろう。そのためにはもう一度計画を練り直す必要があって、それで…。 「こんばんは」 男の声と、ジョゼの鳴き声が聞こえた。 地図から目を上げ、周りを見渡すと、暗闇の中に男が立っていた。こちらからは顔は良く見えない。腕に何かを抱えている。焚き火の明かりがぼんやりとかすかに男の顔を照らす。いつの間にかジョゼが足元に寄り添っていた。 「こんばんは」と僕は挨拶を返した。男の顔が見える。腕に抱えているのはどうやら毛布のようだった。「ここのキャンプ場のものだけど。ちょっといいかな?」「はい、なにかありましたか?」「いや、うまくやってるみたいだね」男は僕の質問には答えずに話を続けた。「ええ、なんとか」「今頃寒さで凍えてるかと思ったよ」彼は笑いながらいった。「冬のキャンプにしては準備が無さそうだって聞いてたから、心配してたんだ。凍死でもされたらこっちとしてもかなわんからね」「ああ」と僕は頷いて、緊張をほぐしてやるために、ジョゼの頭を撫でてやった。「すいません、ご心配おかけして」「いや、こちらこそ。くつろいでいたみたいなのにすまないね」「大丈夫です。ちょうど時間をもてあましていたところですから」「そうかい? いや悪いね」そう言うと男はその場に腰を下ろし、体の周りに持っていた毛布を巻きつけた。こちらに一声かけてすぐ帰るものと思い込んでいたせいで、少々面食らってしまった。なんとなく気詰まりな空気が流れ、その空気に耐え切れずに僕は口を開いた。「いいところですね」「そうかい?」「空気が綺麗で、景色もいいです」 男は笑いながら頷いた。「今の季節はお客も少ないけれど、このあたりは湖を見せ場とした観光の町なんだ。役場もレジャー関係の街づくりを進めていてね。気に入ってくれたならうれしいよ」「冬はお客がすくないんですか?」「シーズンじゃないからね。大体春から秋にかけてだよ。夏が一番かな。ここが賑わうのは。家族連れのキャンプだとか、釣り客が多いんだ。ここらへんは」「なるほど」と僕は相槌を打った。「冬は寒くてキャンプどころじゃないし、魚も冬眠しちゃうからね。あまり釣れなくなっちゃうんだ。ピラニアでも釣ろうっていうんなら話は別だけど」「ピラニア?」と僕は聞き返した。「ピラニアが釣れるんですか? ここは」「いや、冗談だよ。もちろん」彼は笑いながら言った。「嘘嘘、ごめん。面白い人だね」「君は釣りする人?」「いえ、ほとんどやったこと無いですね」「そっか」と彼は少し残念そうな顔をして言った。「いや、悪いね。少し前まではほんとに釣り客が多くてね、君もそうじゃないかと思ってたんだ。昔はこのあたりは釣り人が多かったんだよ。冬でもつれる魚でも教えられたら良かったんだけど。残念だな」「はあ」「私たちも毎年魚を放流したり、ダイバーに水草の駆除をお願いしたり。釣り客を集めようとがんばってたんだ。ちょっとしたブームになったりもして、毎年シーズンになると釣り客がやってきて、忙しかったな」男はこちらのことなどお構いなしにしゃべり続けた。僕はそれをただ黙って聞いているだけだった。「だけどもうブームも終わっちゃってね、釣り客のごみマナーの問題だとか、外来種が生態系を壊しているだとか、あんまりいい話題がなくて、最近シーズンになってもあまり釣り客が少なくなってたんだ。」「だから君が釣り客だったらいいなあなんて思ってしまったんだ。すまないね」「ええと」 男は僕が返事に困っているのを見ると、にっこりと頷いて言った。「いや、長居してすまなかった。私はそろそろ失礼するよ。冬は私たちも暇だからね、若い人が来てくれて少しうれしくなっちゃったんだ」「はあ」「ともかく、寒さ対策はしっかりしたほうがいいよ。深夜から明け方にかけて、びっくりするくらい冷え込むからね。意外と地面からも熱が奪われるから、寝袋の下にその毛布を敷いておくといい。貸してあげるよ。せっかくの旅行も体調を崩したら台無しだからね、くれぐれも風邪には気をつけるんだよ」「はい、ありがとうございます」「今度くるときは、夏に来るといいよ。釣りをしなくても、今よりもずっとすごし易くて、東京より涼しい」「はい、是非」「そうだ、最後にもう一つだけ。今日はもうさっさと寝ちゃって、明日は早起きするといい。できれば日の出の前くらいに。冬はね、朝の景色がいいんだ。」ようやく男は立ち上がって言った。「それじゃ、おやすみ。いい旅を」 「はい、おやすみなさい。ありがとうございました」 男はそう言うと、さきほど来た道を戻って行った。ほんの少し歩いただけで男の姿は暗闇に吸い込まれ、僕たちの周りに再び静けさが戻ってきた。暗闇と共に、焚き火の燃える音と、風と波の音が僕たちを取り囲んだ。 男がいなくなると、僕たちはテントの床に毛布を広げて、二人で寄り添って眠った。ジョゼが眠れるかどうかが心配だったが、疲れていたのか僕よりも先に寝息を立て始めた。彼女が眠ったことを確認すると、僕もいつの間にか眠っていた。 次の日の朝、夜明けと共に目を覚ますと、テントの中は吐いた息が凍り付いてしまいそうなほどに冷え込んでいたが、不思議とシュラフの中は暖かかった。地面に霜が降りたせいかテントの生地を通り抜けて染み込んできたらしい水分が毛布の裏側で凍り付いていた。これでもし毛布が無くて、テントの床に直に寝袋を敷いていたらと考えると恐ろしかった。 僕は顔を洗うためにテントから顔を出した、冷たい水で頭をすっきりさせたかったのだ。 しかし、寝ぼけ眼でテントから外に出ると、一瞬にして目が覚めた。それは冷たい風だけのせいではなかった。 僕たちが眠っていたテントの周りには、息を呑むような風景が広がっていた。 湖は一夜にして岸辺から一メートルほどの長さで薄く綺麗に凍り付いていた。上り始めた太陽の光を反射してその氷が白く輝いている。溶け出した氷の上を湖の水が撫でるようにして波うち、その光を不規則にきらめかせる。朝日に照らされる山並みが昨夜とは違う姿で視界の端から端まで聳え立ち、湖面にはうっすらと霧がかかっていて、空気までもが柔らかな太陽の光を受けて輝いているようにみえる。 まるで全てのものが自ら光を放っているような景色に、僕は息を呑み、眠りから覚めたばかりの体が凍えているのも忘れて急いで車の中からカメラを取り出す。写真の取り方も何も分からないが、ただひたすらに何度もシャッターをきる。きっとこれが僕の望んでいたものなのだ。息をするのも忘れ、目に映るもの全てをどうにかして記録しておかなければと必死だった。 やがて霧が晴れ、湖の氷も解けてなくなってしまうと、僕は再び呼吸をすることを思い出した。魔法が解けてしまったかのように、湖の景色はその輝きをどこかに隠してしまった。 僕は呆然としたまま顔を洗い、簡単な朝食を済ませた後、再び出発をするために準備を始めた。 テントやもろもろの道具を車にしまい、チェックアウトを済ませるために受付のある小屋に向かうと、昨夜の彼の姿はなかった。受付にいた女性に尋ねると、昼間彼は仕事に出ているのだそうで、こちらには夜にしかいないようだった。彼にお礼を伝えてもらうよう彼女に頼むと、僕たちは湖をあとにした。 遠ざかっていく湖と、遠くにある山の景色を眺めながら、僕たちは車を走らせた。「いい人だったね」と僕はジョゼに言った。 彼女は何も答えず、窓から顔を出してただ通り過ぎてく風景を眺めていた。時折思い出したかのように後ろを振り返りながら、彼女はただじっと助手席に座っていた。「あそこが気に入った?」とジョゼに尋ねた。 彼女は何も答えなかったが、尻尾を振りながらこちらを見た。「また来よう」と僕は言った。 僕たちはさらに北に向かうことにした。 助手席の窓から冷たい風流れ込んでくるを感じた。それでも窓を閉めようとは思わなかった。それは多分、助手席の彼女のためだけではなかったはずだ。窓の外を眺めていた彼女は、いつの間にか静かに目を閉じていた。イチゴイチエ、と僕は小さく呟く。 口の中で小さく大気を振るわせたその音は、すぐに車のエンジン音にかき消された。自分でも本当にそんなことを呟いたのかどうかも分からないほどに、小さな呟きだった。 僕は右足を強く踏み込む。アクセルに反応したエンジンは回転数を増し、車は力強く加速して、まっすぐな道を進んでいった。 終わりです。長かったり時間がすごかったりしてすいませんでした。計6時間くらいです。気合も入りすぎかもしれません。ほんとにすいません。