大分遅れました。 ( No.1 ) |
- 日時: 2017/07/15 10:50
- 名前: みんけあ ID:HCgcJCFo
偉くもない 剛速球 煮玉子 二つの視点
猫まっしぐら
「おお、お前いける口だな」 「にゃー」 彼女に別れ話をされ、一人居酒屋でやけ酒していた僕は、自分の限界を超えてまで飲んで、記憶もおぼろげで足取りもままならないのに、まだ飲み足りないとコンビニに寄り、三千円分の酒とつまみを買い、家路の途中で懐かれた黒猫を連れて、部屋で飲み直していた。 小皿に酒を垂らすとサスケはピチャピチャと舐めている。適当に黒猫に付けた名前だ。 「にゃー」 「ほら、どんどん飲めよ」 「にゃ、にゃー」 小皿に並々と注ぐと、零れないように舐めてくれるサスケに僕は愚痴を零す。 「お前に言っても分らないが、今日彼女に振られたんだ。ヒック」 「にゃー」 しゃっくりが出てきた。今の事を覚えている自信もない。 「今まで彼女も独身だと思っていたけど、子供の為に僕とはもう会えないだとさ」 「にゃー」 グラスを開ける僕の言葉にサスケは返事してくれる。 「煮玉子も食べたいのか?」 「にゃん」 小皿に置くな否や、猫まっしぐらでサスケは煮玉子に飛びついた。 かなり飲み過ぎた。睡魔に襲われる僕。 「もう、僕は寝るけど、酒とつまみは置いとくからな、窓も開けとくから好きに出て行きな」 「なー、なー」 「お礼なんていいさ、おやすみ」 僕は風呂にも入らず、下着になっただけでベッドへと倒れた。
二日酔いで起きたら、彼女から連絡が入っていた。昨日はごめんなさいと、僕に相談もしないでと、彼女と話す機会を設けてみると、子供とは猫の事だった。無頼の猫好きで、養う為に夜も土日もバイトを増やし、僕と会う時間も無くなってしまったと。 口には出さなかったが、何だそんな事かと安堵した僕は彼女と猫達を養うと結婚を申し込んだ。彼女は何度もありがとうと繰り返し、僕の申し出を受けてくれた。 彼女と猫達と過ごす中、ふと黒猫のサスケを思い出す。あの日の朝、置いた酒とつまみは綺麗にサスケと共に消えていた。酒好きな招き猫もいたもんだな。
「今年の夏は一段と暑いねぇ」 今日はどこで涼もうかなと黒猫は辺りを見渡す。千鳥足の男性に懐いた装いで付いて行く。 部屋に入るなり男性は冷房を付け、黒猫に酒を注ぐ。 「おお、お前いける口だな」 「おっ、これは上等な酒だねぇ」 黒猫はサスケと名付けられていた。名前など黒猫にはどうでもよかった。 「この涼しさは堪らないねぇ」 瞬時に冷えた部屋が心地いい。 「ほら、どんどん飲めよ」 「おっと、そんなに波々と注ぐなさんな」 黒猫は零さないように慌てて舐める。こんなに舌を出し入れするのも久しぶりだった。 「お前に言っても分らないが、今日彼女に振られたんだ。ヒック」 「それはそれは、ご愁傷様なこって」 酔っ払いの言うことなど黒猫にはどうでも良かった。それは黒猫に限らないだろう。 「今まで彼女も独身だと思っていたけど、子供の為に僕とはもう会えないんだとさ」 「そうですか、出来ればその煮玉子が欲しいんですどけねぇ」 「煮玉子も食べたいのか?」 「それぐらい貰っても罰はないねぇ」 小皿に置いて貰うな否や、サスケは煮玉子に飛びついた。 「もう、僕は寝るけど、酒とつまみは置いとくからな、窓も開けとくから好きに出て行きな」 窓を開け、テーブルに酒とつまみを男性は置いてくれる。 「全く、お人好しも過ぎるねぇ」 「お礼なんていいさ、おやすみ」 下着以外を床に投げると、男性は寝室に入って行った。 「さてと、久々にこんな上等な酒を馳走になって、ハイさよならじゃこの大五郎、サスケの名が廃るってなもんでぃ」 サスケは男性の頭に入る。比喩では無く化け猫のサスケには容易い事だった。 男性の記憶を読み取ったサスケ。 「なるほど、いつの時代も人間の恋愛沙汰は変らんねぇ、一食一酒の恩、分りやした、このサスケがどうにかしてやりやしょう」 サスケは窓から颯爽と飛び出した。
深夜、彼女の家にサスケは入る。 「なるほど、これは良くないねぇ」 二部屋しかない間取り、彼女の寝ている寝室ではなくリビングの隅にいる、二匹にサスケ近づく。 暗闇で目だけが光る。四つの目とサスケは対峙する。 「どうやら、気付いてくれたんですねぇ」 「伊達にあたし等は五十年も生きていないからね、何か用かい? 黒猫さん」 暗闇でも緑色の眼力が鋭いと感じられる。普通の猫なら逃げ出すだろう。 「あっしは人間の味方でもねぇが、この家の猫の数、九匹ってのはいただけないねぇ、不幸を招く数ってぇのは御二方も御承知な筈だと、知らないとは言わせないぜ」 サスケは二匹の瞳を貫く様にみる。 「今の御時世、人間を利用しない猫なんて、生きていけないからね、偉くもない猫の説教なら一昨日きな」 暗闇で二匹の内、どちらかが対話しているのだろう。二匹の眼力が強くなる。 「人間を利用し過ぎるのも頂けないねぇ」 「私らに敵うのかい? 黒猫さん」 二匹の眼光が二回り大きくなる。サスケは面倒だなと溜息を付く。 「全く、最近の若けぇのは、お灸を据えんといかんねぇ」 暗闇の中、剛速球の如く二匹の眼光がサスケに飛びかかる、サスケは鼻から大きく息を吐き出すと口を開けて二匹を吸い込み飲み込んだ。二匹はサスケの腹の中で暴れたがすぐに大人しくなった。 「酔いが覚めちまう不味さだねぇ」 二匹を吐き出すサスケ。粘液を纏った二匹にさっきまでの眼光は消えていた。 まさか、あの黒猫様とはと二匹は泣き出しながら頭を床に擦りつける。 「お二方には港町に越してもらうぜぇ、何、死ぬまで魚には困らないでぇ」 サスケに場所を教わると、二匹はすぐ様部屋から飛び出していた。 「騒がしくてすまないねぇ、これからは安心して暮らしねぇ」 部屋のあちこちに隠れていた七匹の猫が現れてお礼を言う前に、サスケは部屋から消えていた。 「今年の夏は一段と暑いねぇ」 今日はどこで涼もうかなと、一段と黒くなった黒猫は闇夜に溶け込み消える。
大分遅れました。
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