Re: 即興三語小説 ―第108回― 傑作選投票スタート! ( No.1 ) |
- 日時: 2011/07/26 04:00
- 名前: 二号 ID:VwA7jiZ6
街に帰ってきたときに感じたのは、懐かしさと、ちょっとした違和感のようなものだった。電車からおりて、改札口を抜けて駅に降り立った時、街の姿は、景色も人も、水も、吹く風も、何もかも全てが変わっていたように思われた。
四年間、高校を出ると共に生まれた町から離れて、大学の近くにアパートを借り一人暮らしを続けてきた。この街を離れて、一人で新しい生活を手に入れれば、何かが変わるような気がしていた。そしてそれから一度も帰ることなく、今日までの長いような短いような時間を過ごしてきた。どうやらその間に、街はその姿を変えてしまっていたようだ。 永遠に同じものなんて無い。全てのものは時の流れのなかで姿を変える。そんなことはわかっている。だけどこんなに早いものじゃないはずだ。もうちょっと待ってくれてもいいだろう。まるで全てが変わってしまったみたいだ。 駅前からバスに乗り、三十分ほどのところに実家はある。なぜだか、このまままっすぐに実家には帰りたくなくて、一つ前のバス停でバスを降り、そこから少し歩くことにした。駅前から車で十分ほど離れてしまうと、そこはもう別の街のように寂れてしまっていた。うち捨てられた空き家が何軒も立ち並び、そこからもっと離れると、家さえもが少なくなった。
しばらく歩いていると軽トラックに呼び止められた。そのトラックには高校の同級生が乗っていた。 「帰ってきてたんだ」彼は言った。 「いや、今ついたとこだよ」と僕は答えた。 それからしばらく世間話をして、彼がこの街の建設会社に勤めているということを聞いた。 実家まで乗せて送っていってやると言われたが、どうにもまだ帰る気になれないので、海が見たいと言って港まで乗せてもらうことにした。 「最近調子は?」と助手席に座り彼に尋ねた。 「まあまあだね。昨日と同じような毎日を繰り返してるよ」 不思議な言い回しだと思った。明日は少し手を伸ばせば手が届きそうなのに、昨日はいつまで立っても過去のままだ。だけど、なんとなく、毎日昨日を取り戻すことが出来るような錯覚を覚える。多分気のせいなのだろう。 「それにしても、ずいぶんと変わっちまったもんだね。駅前なんか、ほとんど総入れ替えしたみたいだと思ったよ。空き家も増えた」 「あそこはだいぶ変わったね。全体的に人口が減ったんだよ。まあでも商店街のあたりは結構そのまんまだよ。相変わらず年寄りばっかりで。変わるとしたら後は、シャッター通りに変わるくらいだろうね」 「寂しいもんだね」 「まあね」と彼はクールに応えた。 「この街は好き?」とたずねてみた。 「ん、まあまあだね」 「なぜ?」 「さあ? もう長いこといるからね」 「なるほどね」彼の口調を真似て、呟いた。長いことこの街で暮らせば、僕もこの町を好きになることができるだろうかと考えたが、どうにもそれは無理そうだと思った。 「正直言って、あらためて帰ってくると、今のこの街はあまり好きになれそうにないな」 「うん、分からないでもないけどね」 「死にかけてる」そう呟いて、付け加えた「街が」 「そうかもね」そう言って彼は笑った。「もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない」 港に着くと礼を言って車を降りた。彼は、仕事に戻らなきゃといって、帰っていった。 港にはいつも通り、潮の匂いと死んだ魚の匂いが漂っていた。夕暮れ時ともなると人気がなく、寂しい場所だった。そこで一人、ぼんやりと海を眺めていた。 海だけは変わらなかった。夜の海だけはいつもと同じように暗く、深く、優しく、波を打ちながらそこにあった。 フランスの詩人が海と太陽に永遠を見つけたのを思い出した。 少なくとも、海は変わらない。少なくとも、今のところは安心することが出来る。
海を見ていると悲しい気持ちになってきて、時間が止まればいいと、ぼんやりと、そんなことを思った。そうすれば街は死ななくてすむかもしれない。 蒼海は柔らかな日差しの中で暖かいままに凍りつき、荒野に吹く風は何をも揺らすことなく静かにその動きを止める。広く穏やかな海の上をすれ違う二隻の船は、無線で互いに貴船の御安航をお祈りしていますと言いおえることが出来ずにその旅を終える。人は年を取らず、子供は子供のままで、死にかけている街は永遠にその一歩手前で留まり続ける。 恐らく、永遠とは静止だ。全てのものがどこへも行き着くことが出来ずに、永遠に留まり、永遠に彷徨い続ける世界。完全な静止。それこそがきっと俺の望んでいる世界だ。 海に向かって念じ続ければ、時間は止まるだろうか。時間が止まれば、この街はこれ以上死なずにすむだろうか。いや、止まるのは俺の中の時間だけでもいい。俺の中の時間が止まりさえすれば、少なくとも俺の中で街は死ぬことはないだろう。時間よとまれ。止まれ。止まれ…。
そんな風にしてしばらくの時間が過ぎた。もちろん時間は止まらなかった。周りの時間も、個人的な時間も。分かりきったことだった。 当然ながら祈りで時間は止まったりしない。海は波を打ち、風はそよぎ、船は港から港へと向かっていく。人は年を取る。街もそうだ。来るべき時が来れば、それがいつになるかは分からないが、街が死ぬこともあるだろう。誰にもそれをとめることは出来ない。個人的な時間を止める方法はあるかもしれない。つまり、永い眠りにつくことでその願いはかなえられるかもしれない。 少なくとも、生きている限りは変わっていくことから逃れることは出来ない。 時間は人の中で速度を変えながらも確実に流れていく。人は過去にも未来にも生きることは出来ない。生きている限りはひたすらに現在が延々と続いていく。 そしてその中をあらゆるものが通り過ぎていく。文字通り全てのものが。誰にもそれを止める事は出来ない。いともたやすく、さよならだけが人生だと言い切ってしまうことも出来る。時間が流れていくということに耐え切れないのなら、どうにかして息をすることをやめるしかないのだろう。 しかし、過ぎ去っていくものと同時に、新しいものもまた常に何処かで小さな産声を上げているとしたら。全てのものを見送りながら、耳を澄まし、新しく生まれるものの産声を聞くことが出来れば、もしかしたら…。 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、周りはもう夜になっていた。もうずっと長いこと海を見ている。夜になると灯がともるというのは、町だけのことではなかった。港を行く船のために、海には緑と赤の誘導灯が灯っている。その光を頼りに、船は夜の海を進んでいく。
とても遅くなりましたが、にぎやかしに一人だけでも。 そして今、刻々と状況を変化させられていないということに気がつきました。色々とすいません。
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