Re: 即興三語小説 ― 「甘い」「冬支度」「前線」 ( No.1 ) |
- 日時: 2016/10/16 18:13
- 名前: マルメガネ ID:QdevJHJI
秋の長雨をもたらした前線が南に去ると、急激に涼しくなってきた。 もう冬支度をしようかなどと考えてしまいそうになる気温。 金木犀あるいは銀木犀の花も散った。今はただ深まりゆく秋を彩っているのは、シュウメイギクだ。 甘い香りも何もないけれども、色鮮やかに咲き誇っている。 部屋をふと見渡すと、夏の間いや秋口を過ぎても活躍していた扇風機が大きなビニール袋をかけられてひっそりと置かれ、蚊取り線香もすでにしまわれていた。 さす日差しもそんなにきつくもなく、哀愁を帯びた秋の日差しそのものだ。 秋の気配を感じたと思うと足早に去っていく季節の移ろいは、じきにそれは冬の寒さに移り変わってゆくのだろう。 夏の疲れも出て午睡をした日曜日。 飼い猫も寒さを感じてか、布団に入り丸くなって眠っていた。 _______________________________________
久々の投稿ですが、日記みたいになりました。
|
最終電車 ( No.2 ) |
- 日時: 2016/10/16 21:17
- 名前: みんけあ ID:BHKz.FpU
最終電車
甘い 冬支度 前線
「人間ってえのはいつの時代でも変わらんねえ」 朝の通勤通学の電車に乗り込む人の群れを、黒猫は欠伸まじりに眺めている。 「うう、寒。最近めっきり冷えてきたねえ」 くしゃみと身震い一つ、 「どれ、ちょっと運動がてら行きやすか」 動けば身体が温まるだろうと、少し気になる場所へ向かう黒猫。トントントンと身軽に家の屋根から飛び降りた。
ホームの端に女性が一人、幼さが残る少女とも取れる女の子は、電車を数本見送り、乗降する人の波が引くと取り残されていた。一人で立ちつくす姿がさっきから黒猫の目を引いていた。 「猫ちゃん、猫ちゃん。黒猫ちゃん」 やっぱり、向こうから声を掛けてきた。罪な毛並みだねえと思いながら、耳だけを一瞬向けて通り過ぎる黒猫。 少し離れて、背中を向けて目やにを取る黒猫に女の子は、 「ねえ、猫ちゃん聞いてるんでしょ、さっきから耳はこっち向いてるよ。って、いい加減にしないと滅多刺しにして、生爪剥がして汚物処理場に捨てちゃうよ!」 掴み掛かろうと少女は手を伸ばしたが、黒猫はサッと身をかわした。 「おっと、物騒な嬢ちゃんだねえ。あっしの毛並みよりもどす黒いときたもんだ」 身構える事もせず、背筋を伸ばして座る黒猫。 「あっしの名前は大五郎。嬢ちゃんなんかに捕まるそこいらの黒猫とは分けが違いやすぜ」 万が一にも捕まらない自信が大五郎にはあった。 「ごめんなさい、大五郎。私、気が気じゃなくて、あんな事言ってしまって。猫の手も借りたいの、私のお願い聞いてくれる?」 「せっかくですが、こちとら冬支度のために落語が好きそうな金持ちの飼い猫になろうと忙しいんで、ごめんなすって」 じゃあと、右手を上げて立ち去ろうとする大五郎に、 「ま、待って、お願い聞いてくれるなら、甘い甘いまたたび沢山あげるから、話だけでも聞いて」 「にゃ? またたびとな。ふっ、そんな子供じみた手には引っ掛からねえが、いいですぜ、話だけでも聞きやしょう」
「ほう、するってえと、嬢ちゃんは彼氏が来るのを待っているってことですね。その彼氏は隣町の病院で、退院したかは分らねえと」 「うん、私ここで待つ事しか出来なくて、頼める人は他にいなくて、どうしたらいいか分らなくて」 顔を手で覆い女の子は泣きだした。 「嬢ちゃんは彼氏にとーんときたんだね。さあ、涙を拭いて顔を上げてお天道様をちゃんと拝みねえ、せっかくの別嬪が台無しですぜ。嬢ちゃんを泣かしたとなっちゃ、この大五郎の名が廃るってなもんだ。合縁奇縁とはまさにこのこと、わかりやした。ちょっくら隣町の病院まであっしが出向きます」 「いいの? ありがとう、ありがとう大五郎」 「あたぼうよ、男に二言はありやせん」 女の子は嬉しさのあまり大五郎を抱こうとしたが、 「おっと、喜ぶのはまだ早いですぜ、まあ、期待して待っててにゃ」
途中、いつもなら雌猫を見掛けたら見境なしに声を掛けるのだが、そこはぐっと堪え。民家から流れる落語のラジオにも足を止めず、彼氏がいる病院に着いた時には陽が落ちかけていた。 彼氏がいる病室、彼氏は意識がない状態だった。大五郎が女の子がホームで待っていると伝えると、偶然か彼氏は一つ頷き、そのまま琴切れた。
終電間近、一人女の子はホームで彼氏を待っている。 「遅くなりやした。ちゃんと嬢ちゃんの思いは伝えたぜい、彼氏は次の電車に乗っているぜい」 「ありがとう、ありがとう大五郎。でも私、電車に乗れないの。彼氏を滅多刺しにして、ホームから電車に飛び込んで自殺した私はここから動けないの、最後に彼氏を一目見るだけでも」 声はそこで止まり、女の子は泣きだした。 「そんな事は、百も承知ってなもんでい、せっかくの彼氏との対面で泣き顔は御法度ですぜ、おっ、電車がきやした」 音も無く近づく真っ白な電車。前線がこの世の最終電車だった。 「でも」 「でももかかしもありやせん。最後に嬢ちゃんの彼氏は頷いて、嬢ちゃんを許してくれたんぜすぜ、笑顔で一緒に行きな、何でもいい、この簪はあんたのもんだと言ってやんな」 「私、あれ? 黒くない?」 女の子は全身を触り、確かめる。 「さっき、嬢ちゃんの罪を受け取ったでい、あっしら化け猫は罪で黒く染まるってなもんでい、さあ、行きな、彼氏に飛びついてやんな」 音も無く停車した白い電車、ドアが開くと彼氏がいた。それに飛びついて乗った女の子。 「ありがとう、大五郎。嘘ついてごめんね、生まれ変わったらまたたび沢山あげるから待っててね」 「おう、忘れたら化けて出やすぜ」 扉が閉まり、白い電車は音も無く走り出す。 「どうやら最終電車に間に合ったぜ。うう、寒い、秋はいつの間にか終わったぜ。あっしはこのまま夜に姿を消すとしやすか」 にゃあと一声、一段と黒く染まった大五郎は、闇夜に溶け込み消える。
|