Re: 即興三語小説 -「蚊取り線香」「白猫」「古民家」- ( No.1 ) |
- 日時: 2015/07/12 20:18
- 名前: マルメガネ ID:THSLqXDQ
蚊取り豚に火を着けた蚊取り線香を入れる。 蚊取り豚から出る煙を見ては、ああ夏がやってきたのだ、という実感がわく。 築百年は経つであろう、民家は古民家と呼ばれる。やはり、それらしく蚊取り豚の蚊取り線香と古い古民家の造りとはよく合う。 いつの頃なのかは定かではないけれども、どこともなくやってきた猫が縁の下で子供を産んだ。 五六匹はいたかもしれない。 その子猫は猫好きな人に貰われていって、最後に白い猫だけが残り、結局残った白猫を飼うことになってしまったが、よくネズミを捕えてくれて今では家の主的な存在になっている。 蚊取り線香を入れた蚊取り豚をしげしげと見つめては、時に前足を出して、ちょっかいを出して遊んでいたが、ここ数年は見向きもしない。 長い尻尾をぴんと立てて横を通り過ぎ、風通しの良い座敷で眠っていることが多くなった気がする。 いつまでこうしていられるだろうか。私は時々そう思う。
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感想 ( No.2 ) |
- 日時: 2015/07/20 21:54
- 名前: RYO ID:TLWYbQ3o
久しぶりに感想を。
>マルメガネ様 なんとも味があります。 短い中に風情を感じます。 なんともなしに、似たようなイメージを書こうと思いつつ、 挫折したから、親近感があるのかもしれませんが。
白猫で、どうシドを混ぜるか悩んでいただけですがね。
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Re: 即興三語小説 -「蚊取り線香」「白猫」「古民家」- ( No.3 ) |
- 日時: 2015/07/28 23:30
- 名前: お ID:qkrArTtg
かんそー
二つの時間軸 ・百年からの時を経た民家 ・やってきた猫の生きた時間 そこに変わらぬものとして、ノスタルジックな、つまり取り残されたものとしての蚊取線香があり、変化と、変化しきれないものに投影される、語り手の時間がそこに被さる。
細かな言葉の選択は置いておくとして、良い出来の小品でした。
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Re: 即興三語小説 -「蚊取り線香」「白猫」「古民家」- ( No.4 ) |
- 日時: 2015/08/11 14:23
- 名前: お ID:twjify7E
小説であるとは言いません。「物語の流れが把握できる程度の粗筋」を目論んでいます。ゆえ、かなりの省略があります。
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「少年だった夏、」 蒹垂 篤梓
小学校が夏休みに入る七月後半。山里にある古民家に老いた白猫と住む媼の元へ、一台の乗用車が上がってくる。スマートに背広を着た父親、キリッとしたサマードレスをまとう母親に、野球帽を被った小学生くらいの子供が連れられて、古ぼけた家の戸を叩く。 夏休みの間、息子の康一を預かって欲しいという両親。少年は黙りこくって俯いている。 「悪夢を見るようなんですの」 「俺たちじゃ、看ててやれないから」 康一は眠ることをひどく厭がったが、移動の疲れからか、すんなりと眠りに落ちる。 蚊帳を吊し、蚊取線香をたてるのは、虫除けであるのと同時に「蟲」除けでもある。 康一少年がうなされ始めたのは、寝入って一時間も経たないうち。媼のできることといえば、傍についていてやることくらい。額に手を当て、少しでも康一が安心できるように。 夢の中で康一は、得体の知れない影に追いかけられる。立ち止まったら捕まる。捕まったら……。怖くて怖くて、眠っている間、ずっと走り続ける。息も絶え絶えになって、もう一歩も足が前に出ない、倒れる……という時になって目が覚めるという繰り返し。 今日に限って、いつもと違うのは、 「こっちよ」 と伸ばされた手。白くて小さな少女の手。康一は、引き寄せられるように少女の誘う方へ。 「しばらくここで休んでいなさい」 影の集まる中へ躍り出る少女。けれど…… 「ごめんね、あたしじゃ、ダメみたい。助けを呼んでくるから、それまで待ってて」 壱居櫟(ひとい いちい)が夢の中で出遭ったのは、白い肌の少女。 「お願い、助けて」 その声に聞き惚れた途端、襖障子に囲まれた広い座敷にいる。薄暗い中、わらわらと湧き上がっては、よたよたと歩く黒い霧のようなモノ。辛気くささが気に障るも、害はないようで、襲ってくるような気配もない。向かう先に着いて行くと、黒っぽいもやもやに囲まれている少年と少女。 「襲われてるのかな?」 襲われもしない櫟は、悠然と歩き寄り、 「しゃんとしろよ、男の子!」 ぽんと頭を叩いて立ち上がらせる。 「助けて欲しい。ここから抜け出したいの」 と少女の気丈な瞳。やれやれと思いながら、この場で断る無為を知り肯く。と、それまで無害だった影が、ゾンビの如く櫟にまで襲いかかってくるのを、足蹴にし踏みつける。 霧散する影。と同時に、康一が胸を押さえる。わらわらと寄って来る影を、一体、また一体と蹴倒し踏み潰す櫟。その度、息を詰まらせ胸の苦しみを訴える康一。 「なんだよ、これ」 「苦しいか、胸を圧し潰されるように? 其の場凌ぎの現実逃避じゃ、逃げることは出来ても、痛みは退かない。ま、当たり前だな。見な」 と指す方、靄となって広がる影を背景にして見えるは、いつか少年が体験した過去。 教室、教師の質問に答える康一。周り子供たちの笑い声、その表情…… 「落ち着け。相手をよく見て見ろ。アイツらはお前のことを見ているか」 はっとする少年。 「お前は何を怖れていたんだ?」 「僕は……」 別の光景は、マンションの一室らしい。二人並ぶのは夫婦なのか、同じ年頃の男女。何か言っているが、声は聞こえない。青い顔をして頭を掻きむしる夫、輪郭のない顔をヒステリックに引き攣らせる妻、ひどくだらしがなく滑稽に見える。 「真っ当なことを言っているようでも、本性はこんなもの。敬うべきは敬えば良いけど、さて、怯えるほどに怖れ、畏まるほどのものかな」 康一の表情に迷いが生じる。 と、そこへ、 『オレ達は一人が怖い。一人になるのが怖い。一人取り残されるのが怖い。誰にも相手にされず、馬鹿にされ、一人惨めにうずくまるのが怖い』 声がする。どこからともなく、至るところから。陰鬱な声。 『共に苦しもう、共に嘆こう。オレ達は友達。オレ達は不幸を分け合う、真の友情』 大人の握り拳くらいの小鬼が、どこからともなく、わらわらと湧いて出てくる。 「厄介なのが出たな」 『お前は良いヤツだ。両親に心配を掛けまいとしている。お前は優しいヤツだ。両親の負担になるまいとしている。お前は優等生でなけりゃいけない。誰からも信頼され、クラスの中心で、成績優秀、教師の言うことも良くきき、行事にも熱心に参加する。なぜなら、お前は良い子だから。好い児でないと両親に褒めて貰えない。好い児でないと、嫌われてしまう。好い児でないと……捨てられてしまう。だって、お前は、いらない子だから』 「やめろ、止めてくれ」 『そうだ、お前は不幸だ。どんなに辛くても、辛いなんて言えない。自分の中に抱え込んで、笑ってみせる。お前は好い児なんかじゃない。好い児じゃなけりゃいられない子供なんだ。オレ達と同じ』 鬼たちの一人一人が、不幸を抱え落ち、足掻き悶え苦しみながら、それに酔っている。 『苦しみこそが至高、苦しみながら頑張ってるオレら最高、こんなにも苦しんでるんだから、オレらに問題を解決させようとなんてするんじゃない。オレらは永遠に苦しむ。苦しみながら、平穏に生きていく。誰にも邪魔させない。絶対に、誰にも』 「こいつは、拙いな」 飄々としていた櫟の表情にいくらかの焦りが見られる。 『邪魔者は排除する。そしてオレら安寧』 圧し寄せる鬼の大群。どれもこれもが辛気くさい顔をして、ぶつぶつ小声で不平を漏らしながら、笑っている。口角は上がり、目尻は下がるも、眼は死んだまま。 鬼たちの波に呑まれる櫟。そして、 「いなくなった?」 夢から押し出されてしまったのか櫟の気配が消える。 『邪魔者は消えた。オレらスゲぇ』 暗い笑顔で喜び合う鬼ども。 「お前はそれで良いのか?」 「だって、仕方ないよ。この状況からは逃れられないし」 『そうだ、お前はオレ達と同じ』 「何かに立ち向かうって言うのは怖いし、変わってしまった時、どうなるのか分からないじゃないか」 『今のままで良い。苦しみながら頑張るオレら格好いい。格好良くなくなったら、オレらは存在する意味をなくしてしまう。オレ達はいらない子なんだ』 「僕は、好い児だから」 『オレらは好い児だから』 「必要とされるんだ」 『必要とされる』 「本気でそんなことを言っているのか」 「だって……、本当のことだから」 ぴしゃりと叩く少女の掌。 少年は、頬に残る痛みよりも、くしゃくしゃに表情を歪める少女の、その辛そうな瞳に引き込まれる。 「なんで、泣いてるの?」 「お前のせいだ。お前がそんな辛いことを言うから」 「さっき会ったばっかりなのに、何で」 「お前が生まれて、こうやって育って、今も生きてくれていることを、本当に喜んでいる者だっているんだ。会ったことはなくたって、お前という人間がこの世にいてくれることを、何よりの幸福と思って生きてる者だっているんだ。だから、そんな寂しいことを言わないでくれ」 額の辺りにじんわりと暖かみを感じる。 「お婆ちゃん?」 「ワタシとお前の祖母は、かつては確かに同一の者だった。だが今はそうとも言えん。けれどあれの心はワタシに逐一伝わってくる。アレはそう長くはない。ワタシもな。お前の将来を見守ってやることは出来んだろう。だから強くなれ。ちょっとばかり打たれ強いばかりじゃ、世の中は渡れん。少しくらい小狡いくらいに強かになれ。そのためには、もう少しだけでも、自分に優しくなれ。辛さを強いてばかりじゃ、自分が歪んでしまう」 少年は省みる。今まで、自分を案じた人は? 自分のために涙を流した人は? そして、自分は……? 心を知られることを怖れていた。だから、心を知ることを避けてきた。周囲を騙し、自分を騙し。けど、もう、そんなのは、 「ごめんだ」 自分すら騙して、僕はいったい、何になりたかったのだろう。 「僕は、僕でいたい。だから、僕の偽物はもういらない」 少年は前を向く。今までは目を背けてきた。でも、今からは。 「ワタシも手伝おう。何が出来るでもないが、おらぬよりはましだろう。気休めだと思ってくれ」 歩み出す二人。二人を怖れて、鬼どもが逃れていく。いくつもの部屋を抜け、奥へ奥へ。様々な光景が目に入る。背けるのではなく、見詰める。逃れるのではなく、受け入れる。本当はどうしたかったのか、反芻しながら。相手の態度も本当はどうだったか、確認しながら。 そして、辿り着く最深の一間。 手にするのは、薄いガラスの珠。そこに見える光景は、少年の心の一番奥底に留められ、しっかり封をされ、二度と浮き出てないように、それそのものを忘れようとしてきた。その封が開く。 小さな幼子の首に伸びる、女の白い手。力を込め、締められる。けれど、 「あたしにはできない。この子の将来を摘んでしまうことも、この子の将来を積み上げてあげることも。ダメな母親」 力なく項垂れる女。年若い、少女の面影すら残るような。 「誰にも頼れない。死なせてあげることも出来ない。あたしが育てるしかない」 自分に言い聞かせる言葉とは裏腹、不安に揺れる瞳は深く沈み込む。 「やっぱり僕はいらない子だった」 絶望よりも深い諦めが少年を締め付ける。鬼たちが勢いを盛り返し、すぐ傍まで迫ってくる。 そこへ飛び込む白猫。一声咆哮すると、巨大な白虎へ変わる。 「よく見ておやりな、母親の表情を」 背中をさする少女に促されて見る。 「お前が憎かったわけじゃない。お前が邪魔だったわけじゃない。怖かったのだろうさ。先の見えない自分の将来が。それにお前を巻き込んでしまうことが。今の状態よりもっと非道いことを想像して怯えていたのさ。でなけりゃ、あの涙は流せないよ」 若い母親の頬を伝う熱い滴りには、苦渋満ちた中に微かな悦びが混ざる。少なくとも康一にはそう思えた。 「行っておやり」 促されて、肯く。今ここにはないはずの母親の肩にそっと手を置く。思っていたよりずっと細く、頼りなげだった。 「生まれてきてごめん、重荷になってごめん。でも、僕は生きてるよ。母さんが生かせてくれたから。いつもいつもは好い児でいられないかも知れないし、これからもっと迷惑をかけるかも知れない、重荷になっちゃうかも知れない。でも、僕は生きるよ。僕として、母さんの息子として」 闇が晴れる。光の中に影が溶け込み、一つ一つが光の珠となって、康一の身体の中に吸い込まれていく。 陰鬱な邸は消え、陽だまりに包まれ温かな座敷にいる。 「良くやったな」 白猫を連れて櫟。縁側に足を投げ出し茶を啜る。 「明日、お前を訪ねて三人の子供が来る。少しばかりお馬鹿だけど、悪気だけはないヤツらだ。適当に相手をしてやってくれ」 翌朝、康一の携帯が鳴る。母親から迎えに行こうかという電話だった。 「大丈夫だよ。……、無理なんかしてない。良いところだよ。友達もできそうな気がするし」 お盆には必ず行くからと言って、電話は切れた。 少年にとって、何かが変わる切欠が生まれる夏休み。
(。・_・)ノ
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