東日本大震災、お悔やみ申し上げます。少しでも多くの方が救助され、一日も早く復興できることを願ってやみません。三語で少しでも、書き手が、読み手が、明るくなりますように。--------------------------------------------------------------------------------●基本ルール以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。▲必須お題:「介入」「宵闇」「計画」▲縛り:「必須お題を、一文で全て消化する」「現代以外を舞台にする」▲任意お題:「鬼畜生」「お月様がまぶしい」「手弁当」▲投稿締切:3/27(日)23:59まで▲文字数制限:6000字以内程度▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。●その他の注意事項・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)・お題はそのままの形で本文中に使用してください。・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。●ミーティング 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。--------------------------------------------------------------------------------○過去にあった縛り・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)・舞台(季節、月面都市など)・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)-------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
それは、お月様がまぶしい光で宵闇に介入し夜を照らす中、手弁当で人を働かせるという鬼畜生な計画だった。「今日は休日……今日は休日……今日は休日……」 ぶつぶつぶつと、暗闇よりもなお暗い怨嗟が呟く。陰気で病的なまでに悪い顔色のせいでその様子は亡霊のようにしか見えないが、影崎はれっきとした正義の味方の一員である。「しかも深夜出勤……しかも深夜出勤……しかも深夜出勤……」 いまは待機中だった。人待ちである。目の前には、窓が全部黒塗りという超絶怪しいオフィスビルがあった。 しかし、昔の正義の味方であれば休日の深夜出勤などありえなかった。正義の味方がおかしくなったのは、とある少女が悪の組織を裏切って正義の味方になってからだ。彼女が入ってから、影崎の愛する職場は変質していしまった。「なのに割増給料なし……なのに割増給料なし……なのに割増給料なし……」 もともと、正義の味方は頭すぽぽーんのリーダーのもと、すちゃらかな管理体制で動いていた。しかし、またたく間にして正義の味方の影の総帥として君臨するようになった少女は、それを一新。労働の引き締めに入ったのだ。 そうして出来上がった整然とした労働管理体制。一種の心地よさすら感じられる緊張感が漂うようになった職場。働くのが喜びです、と顔を輝かせて言い切る人同僚すらもいる。「どころか残業代もない……どころか残業代もない……どころか残業代もない……」 だが影崎の信条は怠けが旨だ。整った労働環境など良い迷惑でしかない。自分の仕事を終えさえすれば十時出勤三時帰宅が許されていた時がなつかしい。そう。影崎はもともと後方支援にいたのだ。それが、隠していた戦闘能力を影の総帥に見抜かれて、無理やり前線に放りだされた。恨み事も積もろうものである。「労働法はどこ行った……労働法はどこ行った……労働法はどこ行った……」「おいおい、労働法?」 その影崎積年の怨嗟を、はんっ、と笑い飛ばす人間が現れた。「そんなもの、正義を愛する心があればへっちゃらなはずだぜ」 現れたのは、正義の味方のリーダーである。あらゆる意味で影崎と対極に位置するうざい人物だ。今回も手弁当の仕事だというのに、無駄なやる気が満ち溢れている。「……ちっ」 あからさまに舌打ちしてやる。リーダーは頭が残念な熱血男だ。最近ではことあるごとに影の総帥にふるぼっこにされている。そのときばかりは影崎も、鬼畜生な影の総帥ばんざいと思える。「で、悪の組織は?」 影の総帥は理不尽としか思えない危険な役目をいつもリーダーに与えている。性格的にもリーダーのポジション的にもその役目は適しているとは思う。毎回生きて戻るから、能力的にも適任なのだろう。ただ、リーダーが任務から戻ってくる度、影の総帥が「あいつ、なんで死なねえのかな……?」と、素の性格まるだしで首を傾げているのを影崎は知っている。「あの、ビルだ……」 リーダーに言葉をかけるのもおっくうだが、それが任された役目である。影崎はのろのろと目の前のスーパー怪しいオフィスビルを指差した。 今回も、リーダーひとりで悪の組織の支部を潰して来いとかいう軽く不可能な命令だ。影の総帥的にはリーダーに「死ね」と言っているのに間違いない。腕まくりをしてやる気を出しているリーダーは絶対に気が付いていないだろうが。 ビルから一人の男が出てきた。どうやらこちらの存在に気がついたらしい。この支部のエースだろう。一見してタダものでないのは分かった。「ほう」 リーダーも男の力量を見抜いたのだろう。思わず、といった感嘆の息が聞こえた。 男がこちらを挑発するように、にやりと笑う。こいよ、とでも言わんばかりだ。 自信満々なことだ。そしてそれに見合う力量も確かにある。相手にしたくないな、と素直に思った。 だがそれでも揺るがないのがリーダーだ。「よし。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」 コンビニにでも行くような気楽さで、リーダーが男に向かって悠然と歩いていく。「……逝って、来い」 影崎の言葉に応えて、リーダーが片手を上げる。ひらひらと腕を振り「影っち、心配なんて無用だぜえええぇぇぇ――!?」 その姿が、ずぼっと落ちて消えた。 影崎はぽつり、と呟く。「誰も、心配なんてしてない……」 どうやら落とし穴に落ちたらしい。アスファルトに落とし穴をつくるとは、さすがは悪の組織。意外性に富んでいる。「あれ、マジで落ちちゃったよ……」 悪の組織の男は、拍子ぬけたようにぽりぽり、と頬をかいている。誰が考えたか知らないが、まさかこんなアホな策にはまるとは思っていなかったのだろう。ちなみに影崎だったら絶対にひっかからない。「こんな罠、冗談だったのに。死んではないだろうけど……いいや。とりあえずセメント部隊出てこーい」 ビルからわらわらとセメント袋を持った男たちが出てくる。工事道具が並べられセメントが混ぜ合わされ、あっという間に埋め立て工事が始まった。わざわざそんな部隊を用意しておくとは、ジョークに対しても手を抜いていないようだ。『先輩! ほら、私の作戦がばっちりはまりましたよ! 正義の味方のリーダー打ちとったりなんて功績があったら、情報部入りは間違いないんですよね!』「ああ、お前はいつだって俺の冗談を真に受けてくれる楽しい後輩だぜ」『は……え、もしや、騙した……? また……っ、このクソ先輩戻ってきたら覚えてろよぉおおお!』 多分小型の通信機を装備しているのだろう。影崎の鋭敏な聴覚は、微かに漏れるその会話を拾っていた。 そんなアホな会話の間も、男は微塵も油断を見せない。こちらとリーダーが埋め立てられつつある足元への警戒もおこたらない。「で、あんたはやるのかい?」「……」 まさか、である。影崎にはやる気など元よりない。 影崎はくるりと踵を返した。「……帰ろ」 影崎は男に背を向け、ふらふらと歩きはじめる。もともとこの特攻作戦は、リーダー一人に任されている。影の総帥から下された命令は「あのうざいリーダーを窮地に追い込んでください。できればとどめを」というものだった。まったく、その為に影崎の休日を削るなんて、鬼畜生この上ない計画である。しかも無給なのだ。信じられない。 コンクリ詰めされた人間にわざわざとどめを刺すのはめんどくさい。リーダーが死んでいるかどうかは微妙だが、役目は充分に果たしただろう。 悪の組織の男も、影崎を追いかけてまで戦おうとはしなかった。調子の狂ったようで後ろ頭をかきながら、ビルの中に戻って行く。「直帰、か……」 日が変わる前には、家につけるはずだ。影崎は帰路につきながら、空を見上げた。 まんまるのお月様が、まぶしかった。---------------------------------------------- ロクに本を読んでないから、色々とダメになってるんだ……もっと、本を読もう。そんな決心をしました。
P計画への介入は、一条の星明りさえない、宵闇の最中に行われた。 ロディは大型ヘリコプターの運転席後部にあたる、広い空間の座席のひとつに腰掛けている。ローターの回転音を聞きながら、作戦が始まる瞬間をただひたすらに待っていた。ヘリ内部が禁煙であることが、ヘビースモーカーである彼にとっては辛く、途切れることのない緊張感の中で、ハッカ味の飴を口腔内で転がしていた。かといって、ゆっくりと味わう余裕はなく、しばらく舐めては粉々に噛み砕き、そしてまた新しい飴を口にする。「落ち着けよ、ロディ。こっちまでハッカの匂いが漂ってるぜ。まるで芳香剤がきつい便所の中にいるみたいだ」 そういったのは、今回の作戦をともに遂行する相棒・ジットだ。軍学校からのなじみで、お互い軽口を叩ける仲間といえる。「すまない、ジット。何か口にしていないと、どうも落ち着かないんだ」「おいおい、そんなに緊張するなよ。こんな任務、俺たちにかかれば楽勝さ。俺としては作戦が終わったあとのこと、いかに余暇を過ごすかが問題だ。ティミーにするか、エランダにするか、悩みどころだぜ」 ジットは薄っすらと髭が伸びた口元に笑みをつくる。その笑みにつられて、ロディも思わず頬をゆるめた。そして、思うのだ、ジットもまた、少なからず緊張していると。沈黙の中、頭の中が不安一色に染まってしまうのを恐れている。それほどに、今回の任務は――。 ジットとのたわいない会話が一段落すると、ロディはヘリの窓から地上世界を見下ろした。沈んだ茶色の屋根が、地表に何百と見て取れる。昼間であれば、地中海に面したこのあたりは、まるで楽園といった様相をあらわす。降り注ぐ太陽光が白い壁に反射し、だいだい色の屋根が映える。海はどこまでも透明で、潮の香りを含んだ海風が、照りつける太陽にほてった身体の熱を洗う。セレブリティらに評判がよく、近年では、別荘地として多くの外国人観光客も押し寄せていた。しかし今、そこに人の気配はない。目立つのは常夜灯の控えめな明かりだけで、民家や種々雑多な施設のどれもが不気味に沈黙していた。「ちくしょう」ロディは思わず罵りの言葉を吐いていた。「ちくしょう、Pの奴、どうしてこんなことを」「考えるなロディ。俺たちはただ任務を遂行するだけ。Pのやつをぶっ殺すだけさ。周到に、迅速に、確実に。考えることがあるとするなら、そのみっつだ。それ以外のことを考えたら、お陀仏するのは俺たちのほうになるぜ」 ジットはそう語りつつも、どこか己に言い聞かせているようにもロディには思える。 ――いや、それもそうだな。Pは、俺たちのかつての仲間は、踏み越えてはならない一線を越え、今や歯止めが効かない怪物になりはてた。もうやつはあの時のやつじゃない。これから向かう先にいるのは、ただひたすらに打倒すべき相手だ。 ヘリが空中でその位置を固定した。即座に降下の合図が降りる。先行したジットに続いて、ロディもワイヤーを使って地上におりたった。人の気配をまったくというほど感じない静けさの中で、常夜灯に焼かれる羽虫の音が聞こえる。二人は対象を目掛けて、サブマシンガンを構え、ゆっくりと前進していった。 パリパリ。パリパリ。 足元から枯葉にヒビが入ったような感覚が伝わる。ロディはそれでも足元を確かめない。そこにあるものが、一体なんであるか、彼はとうに知っていたから。 対象Pが潜んでいると情報があった広場が近い。言葉数は減り、息遣いだけを聞く。 二人は広場に入る直前、最後の確認をした。「いいか、俺がひきつける。ロディ、おまえがやつをしとめてくれ」「わかった、死ぬなよ。ティミーだか、エランダかが待ってるんだろ」「ああ、そのうちそんな名前の女を探してみるさ」「なるほどな。そのときは俺も手伝おう」「おう」 ロディとジットは最後に視線を交わし、そしてお互い深く頷いた。覚悟を決めた。 それと同時にジットが駆け出す。携えたサブマシンガンを打ち鳴らし、対象の前を全速で横切る。 ロディがそれに続く。注意を逸らされたはずの対象Pを確実にしとめるために。「うーわー、やられたー」 ジットが絶叫した。 ロディの中で感情が爆発した。 ――く、ジットが、ポテトマンのポテト光線にやられてしまった! ポテト光線にやられたものは、身体をポテトチップスに変えられてしまうというのに。おのれー、人類を全てポテトチップスに変えてしまおうという恐ろしい計画を立てたポテトマンめ。この街の人々をポテトチップスにするだけでは飽きたらず、俺の戦友にまで手を掛けるとは。絶対に俺が敵を討ってやる。 ロディが対面したポテトマンは、ジャガイモ状の頭部をもち、黄色の全身タイツ、背には赤いマントをたなびかせる怪物だった。「食らいやがれ!」 ロディは手にしたサブマシンガンをポテトマン目掛けて乱れうち、手榴弾を投げて、最後は肉弾戦までしたのだけど、ポテトマンには効かないようなので、最後は食べてしまった。「ふう、ポテトマンを倒したぜ、しかし、犠牲はあまりに大きい。俺は決して忘れない。ジットのことを、この街の人のことを。あ、悪い、ジット。つい踏んづけてしまったぜ」 こうして、P計画は名もなき兵士たちの働きによって、壊滅したのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーー何も考えずに書いたらこうなってしまいました。ごめんなさい。
大学のカフェテリアでサークルの仲間とお茶をしている駿一の携帯に、メールが届いた。「ごめん、メールだ」 駿一は皆に断わり、自分の携帯を取り出す。メールの差出人は駿一のバイト先の居酒屋の店主、みどりさんからだった。 ――なんだろう。今夜のバイトはいつもの時間より早く来いとか? 駿一が恐る恐るメールの中身を見ると、そこには次のように書かれていた。『今宵闇鍋計画中、お願い紹介入店希望者』 何故に漢字だらけのメール、と思いつつ、駿一は『闇鍋』という単語に目を奪われる。 ――ついにあの闇鍋が完成したんだ! メールを見ながら表情をほころばせている駿一に、向かいに座っていた正人が興味深そうに声をかけた。「なんだよ、駿一。なにかいいことでもあったのかよ?」「みどりさんからメールなんだけど、新メニューが完成したらしい」「誰ぇ、みどりさんって?」 今度は斜め右横に座る鈴音がいぶかしそうな目つきで駿一に質問する。すると正人がここぞとばかりに意地悪そうな声で説明した。「何、気になる? みどりさんってのはよ、コイツの大切な女性なんだぜ」「おいおい正人。いい加減なこと言うなよ」 駿一は顔を赤くしながら弁明する。「みどりさんって僕のバイト先の居酒屋の店長。すごくお世話になっているから大切な方には変わりはないけど、付き合ってるとかそんなんじゃないから」「ふーん」 鈴音は納得したようなしないような表情で鼻を鳴らす。「そうだ駿一、その新メニューって何なんだよ」「それが聞いて驚くな。なんと闇鍋なんだ」 すると正人は呆れた顔をした。「闇鍋って、中に何が入っているか分からないってやつか? そんなものお店で出して大丈夫なのかよ」「私だって嫌だわ。トマトとか靴下とか入ってたら最悪じゃない」「鈴音、お前今までどんな闇鍋体験してきたんだよ」 鈴音が語る闇鍋の具材に、すかさず突っ込みを入れる正人。「あはははは、大丈夫、大丈夫。入っているのは食べられるものだけだよ。僕の予想では、季節の野菜とか、店長のお勧め具材を使っているお楽しみメニューだと思うんだけど。蓋を開けるまで中身が分からないという意味でね」 そして駿一は二人の顔を改めて見ながら提案する。「その闇鍋が完成したから人を呼んでほしいってメールだったんだけど、二人とも来る?」 すると鈴音が返事をする。「私行く。そのみどりさんにも会ってみたいし」「正人は?」「お、俺は……。なんだよ二人のその冷たい視線は。行くよ、行けばいいんだろ」 こうしてその日の駿一達の夕食は、居酒屋『みどり』で闇鍋を試食することになった。 居酒屋『みどり』は、六畳くらいのお座敷とカウンターがあるだけの小ぢんまりとした居酒屋だった。普段は、みどりさんとバイトだけで店を回している。駿一は週に三回のローテーションでバイトに入っており、バイトの日は晩御飯もご馳走になっていた。残り物ももらって朝食にしていたので、みどりさんには何かとお世話になっているのだ。「いらっしゃい、今晩は駿一君達の貸切よ」 店を訪れた駿一、正人、鈴音の三人に、みどりさんがカウンターから微笑んだ。 みどりさんは、理化学機器メーカーに五年間勤めた後、急に会社を辞めて居酒屋を開いたという異色の経歴の持ち主だ。だから大学の工学部に通う駿一とも話が合う。居酒屋を始めたのも、女性の利点を活かした仕事をしたいということだったらしく、『女手弁当』とか『お袋鍋』とか日々変わったメニューを開発していた。「それで今夜の闇鍋って、中身は何なんですか?」「駿一君、君は闇鍋ってものを分かってないわね。中身が事前にわかっちゃったら闇鍋でもなんでもないじゃない。蓋を開けるまでのお楽しみよ」 意地悪そうに笑いながら、みどりさんは金属製の重厚なお鍋を駿一達が座る座敷に運んできた。「えっ、土鍋じゃないんですか?」 駿一が驚くとみどりさんは平然と言い放つ。「これは私が開発した特殊な鍋よ。そんなことよりも駿一君、まずはお友達を紹介してくれないかしら」「わかりました。では……」 改まって正座をした駿一に従い、正人と鈴音もいそいそと正座をする。「二人ともサークルの友人で、鈴音さんと正人」 手振りを添えて駿一が二人を紹介すると、まず鈴音がお辞儀をした。「初めまして。今晩はご馳走になります」「鈴音さんね。可愛い娘じゃない、駿一君も隅に置けないわね」 すると鈴音はちょっと嬉しそうな顔をした。「み、みどりさん。そんなんじゃないですから。そしてこっちが正人」 駿一は赤くなる顔を隠すように正人を紹介する。「お久しぶりです、みどりさん」 実は正人は何度かこの店に来たことがある。「あら、正人君じゃない。最近ご無沙汰してるわね。いつでも夕飯を食べに来てちょうだい」 みどりさんも正人のことを覚えていてくれたようだ。そしてみどりさんは座敷のテーブルのカセットコンロの上に金属製の鍋を置いた。「さっきも言ったけど、この鍋はね、ものすごく特殊な鍋なの。加熱しすぎに注意してね。だし汁を加えながら温度を一定に保って使うのよ。じゃあ、ごゆっくり」 そう言いながらみどりさんはカセットコンロに火を付けた。そしてカウンターに戻ろうとすると、その後姿に駿一が声をかけた。「みどりさん、部屋は暗くしなくていいんですか?」「大丈夫よ。その鍋は闇鍋専用の鍋だから」 いや、闇鍋用の鍋を使うから闇鍋なんじゃなくて部屋を暗くするから闇鍋なんじゃないかと、三人は顔を見合わせる。「闇鍋って、部屋を真っ暗にするから闇鍋じゃないんですか?」 今度は鈴音がみどりさんに向かって質問する。「あははは。それが暗くしなくても大丈夫なのよ。いいから蓋を開けてみなさい。具材はあらかじめ煮込んであるから、もう食べれるわよ」「それじゃあ……」 正人が鍋の蓋を掴む。そしてゴクリと唾を飲み込むと、意を決して蓋を開けた。「えっ!?」「なにこれ!」「マジ?」 三人は一斉に驚きの声を上げる。 鍋の中には文字通り深い闇が広がっていたのだ。「すげえ!」「正に闇鍋だわ」「中身が全く見えねえ……」 鍋の中は本当に真っ暗で、中に何が入っているのか全く見えない。ぐつぐつと何かが煮える音だけが闇の中から聞こえて来るのは、なんとも不気味だった。 それはまるで、鍋の中に宇宙が広がっているような風景。「じゃあ、僕から行くよ」 駿一は先頭を切って、恐る恐る菜箸を鍋の中に入れた。「うわっ、箸に何か当たった。中に何かが入ってるよ」「そりゃそうだろ、鍋なんだから。おい、駿一。中のものは食べられそうか?」「そんなのわかんないよ。なんかぐにゃぐにゃしているものが多いけど……、おっ、これは固い。箸が刺さるぞ」「じゃあ、それを取ってみてよ」 鈴音も興味津々だ。「わかった」 駿一が菜箸を上げると、マジックのように闇の中から具材が姿を現した。それはよく煮えた大根だった。「どうだ駿一。それは食べられる大根か?」「匂いは美味しそうだけど……」 駿一は取り皿に大根を移し、自分の箸で大根を崩して一切れ口に運ぶ。「うまい。これはおでんの大根だよ。大丈夫、鈴音も取ってみな」「……う、うん」 鈴音は駿一から菜箸を受け取ると、恐る恐る鍋の中に入れた。「ホントだ。なんかぐにゃぐにゃしたものばかりね。あっ、これは特に柔らかい」 そう言いながら鈴音が取り出したものは、はんぺんだった。「じゃあ、次は俺な。餅入り巾着、餅入り巾着と……」 正人が取ったのはがんもどき。どうやら鍋の中身は普通のおでんのようだ。「どう、その鍋面白いでしょ」 にこやかな顔をしてみどりさんが戻ってきた。「これ、すごく面白いです。いったいどんな仕組みになっているんですか?」 興奮しながら駿一が尋ねると、みどりさんは得意げに説明を始める。「ふふふふ。この鍋はね、私が前に居た会社の新開発品『闇ガス』を使ってるのよ。光を吸収する性質を持ってるの。その闇ガスが鍋の中に入ってるのよ」「だからこの鍋はこんなにごっついのか」「そしてね、鍋の内側はガラスになってるの。鍋の内側に入った光がすべて闇ガスに吸収されるようにね。そうすると鍋の中はこんな風に闇状態になるのよ」「すげえ、そんな仕組みだったのか」 正人も目を丸くする。「中身はもう分かっちゃったと思うけど、お店で出しているいつものおでんよ。だから安心して食べて頂戴ね。でもこうやって食べると普通のおでんだって楽しいでしょ」「みどりさんって素敵です」 鈴音はうっとりとみどりさんを見つめていた。「いやね、照れるわよ。じゃあ駿一君、私は二十分くらい出てくるからあとは任せたわよ。皆さん、ごゆっくり」 そう言ってみどりさんはお店を出て行った。 駿一達がおでんでお腹が膨れてくつろぎ始めた頃、突然鈴音が怪訝な顔をした。「ねえ、今何かパリンって音がしなかった?」「いや、気付かなかったけど……」 すると正人が叫びながら鍋を指さす。「お、おい、駿一。鍋のフチから蒸気みたいのが出てるぜ」「まずい。おい正人、火を消せ」 正人は素早くカセットコンロの火を消す。しかし、蒸気みたいなものは相変わらず鍋から出続けていた。「そういえばみどりさん、鍋の加熱しすぎに注意って言ってたような気がするわ」「じゃあ、だし汁で冷やさなくちゃ」 駿一がテーブルの上のだし汁の容器を掴むと、中身はすでに空だった。「僕、カウンターからだし汁を取ってくる」「おい駿一、こんな時にそんなこと言ってる場合じゃねえぞ。冷やせるものなら何だっていいじゃねえか」「ダメだよ、だし汁じゃなきゃ、中のものが美味しく食べられなくなっちゃうじゃん」「駿一君も正人君も今は言い争ってる場合じゃないわよ。早く鍋を冷やさなきゃ、なんだか大変なことになりそうよ」 鈴音が見つめる部分の蒸気は、色が白から黒に変わりつつあった。それは鍋の中から闇ガスが漏れ出ている証拠だ。事態は悪い方向に転がっていた。 そうこうしているうちに、今度はバリンと大きな音がした。鍋が弾けたのだ。それと同時に居酒屋は真っ暗になって駿一達は視界を失った。「なんだ、真っ暗だぞ」「何も見えない……」「闇ガスが漏れ出したのよ」「おい、みんな怪我はないか?」「大丈夫よ。きゃっ、誰? どさくさに紛れてどこ触ってんのよ、この鬼畜生!」「ご、誤解だよ。俺じゃない」「僕でもないよ。それよりとにかく店から出ようよ」「わかったわよ。触った人は後で覚悟しなさいよね」 ぶつぶつと不満を漏らす鈴音を諭しながら、駿一達は手探りで前に進み、やっとのことで店の扉を見つけた。「やっと外に出れるよ」 駿一が扉を開けると同時に、皆の視界に光が戻った。「娑婆がこんなに明るいとは思わなかったぜ」「ホント、お月様がまぶしいわ」 居酒屋『みどり』の前に立ち尽くす三人を月明かりが照らしていた。-------------------------------------------4400文字くらいです。断続的に書いていたから4時間くらいかかったかも。時代は、『闇ガス』が発明されるくらいに未来ということでお願いします(笑)地震はすごかったですが、何とか生きています。
とりさとさん> それは、お月様がまぶしい光で宵闇に介入し夜を照らす中、手弁当で人を働かせるという鬼畜生な計画だった。まさか任意お題までも一緒に一行で片付けてしまうとは。恐ろしい力技に脱帽です(笑)>アスファルトに落とし穴をつくるとは、さすがは悪の組織。確かに予想外でした。面白かったです。とある少女の活躍が見られなかったのが、ちょっと残念でした(笑)。萌コスチュームで敵をバッタバッタと倒してほしかった~片桐秀和さん> P計画への介入は、一条の星明りさえない、宵闇の最中に行われた。なかなかスムーズな一行ですね。お見事です。>人の気配をまったくというほど感じない静けさの中で、常夜灯に焼かれる羽虫の音が聞こえる。ヘリから投下したばかりなのに、すぐに「静けさ」というのが、ちょっと展開早いかもと思いました。読みやすい文章は流石ですね。見習いたいです。それにしても、とりさとさんと片桐さんの作品がどちらとも”二人で敵に挑む”話だったのは、興味深かったです。この作品を書かれている時にポテトチップスを食べていたとか?自作品お題消化の一行は、ちょっと苦しかったですね。うーん、難しい。あと、鈴音が「この鬼畜生!」と言うくらいまで怒りを爆発させたのに、その後であっけらかんとして話が終わってしまったのも反省です。もっと人間を書かなくちゃ。さて、次回は記念すべき第100回。参加しなくちゃと思いながら、お題消化が結構難しそうで悩んでいます(笑)
とりさと。 うーん……微妙。すべては一行目から始まった話ですが、楽しさがたりないと反省してます。もうちょっとノリが何とかなればいいんですが……うーん。 片桐秀和さん。 一行目からの、ぴんと張りつめた緊張感あふれる空気。ハードボイルドを感じさせる語調。読み始めた瞬間、わたしのほうも思わず背筋を伸ばしてしまいました。 くる、絶対来る! これは……前振りだぁ! と。確信してました(笑) うふふふ、片桐さんなら絶対やってくれると信じていました。「うーわー」がね、もう何ともいえない緩み方でしたよ! ナイスです! ジットを踏んじゃうロディが好きです。 つとむューさん。 お題を素直に使わないぞ、という心意気が素晴らしいです。 え、なべっていうか、まさしくおでんじゃんというツッコミはきっと禁止なのでしょう。 闇鍋を、まさに真っ暗な鍋にするという発想が楽しいですね。闇がスがもれだしてからのドタバタが際立っていると、もっと楽しかったかもと思ったり思わなかったり。