Re: 即興三語小説 ―富士山は日本の富士ではなく世界の富士になった― ( No.1 ) |
- 日時: 2013/06/30 21:36
- 名前: しん ID:IlAq8wdA
星に願いを
夜空をみあげると、無限の星々がきらめいている。 星座をさがしても、星がありすぎて、どれがなにだか全然わからない。 ここに暮らすようになって、もうすぐ一年、こんな田舎の村で、酪農なんてやりたくはなかったけど、環境は人をかえる。というか、男をかえるのは、女の存在にほかならない。 虫の音にまざってひとの息遣いと、土をふみしめる音がきこえてくる。それはなんとも心地よいリズムだった。 俺をかえた女性がすぐそばで一緒に星をみあげた。 きっと同じ星をみている。
俺の家と牧場の間で二人は同じ空を見上げていた。 軒先で風鈴がきれいな音をかなでると、それを合図かのように彼女が口をひらいた。 「ねぇ、本当にUー1グランプリ、でるの?」 「うん、きみのお父さんに、認められないといけないからね」 「……むりだよ。勝てないよ」 「がんばるよ」 U-1グランプリ、それは全国の猛牛を集めて、最高の牛を決める大会。一年に一度の祭典ともいえるこの大会では、最近日本にとどまらず、世界の牛もくることさえある。 その中でも彼女のお父さんは、二十大会連続で優勝をかざっている。 去年牛の世界にはいった俺には知らなかったことだが、その筋では有名なことらしい。 そんな人物の娘とおつきあいしている立場としては、大会でお父さんに勝ち、堂々と交際宣言をして、ゆくゆくは一緒になるために認めてもらえる男になる。そのためには、同じ道で勝負するのが一番の早道だろう。 「おれにはあいつがいるしね」 少しはなれたとこに牛小屋がある。そこには多数の牛がいるのだが、その中でも一頭際立って大きく、雄雄しい牛がいる。 猛介、こいつは彼女の父に勝つために、高額で購入し凄まじい訓練により育て、対大会用に用意した最強の牛だ。血のにじむような訓練をおもいだすだけで吐き気がする。あまりに激しい練習は片目をつぶしてしまい眼帯をあて、頬にはペケ印のような傷がある。さらに近づいて見ると身体中のあちこちに傷がある。 「でも、太郎衛門は、世界遺産に打診されるほどの牛なのよ?」 きっと余程無謀なのだろう。 それでも男にはやらないといけない時というのがある。 「お父さんの、去年の優勝コメントは『男なら結果がどうあれ、さいごまで全力をつくす』なんだろう? 気に入られるためには、がんばらないとね」 彼女に、お父さんが気に入るような男とはどういう男なのかと聞いたら、去年のこのコメントを教えてくれたのだ。猛介がいても、勝てないとしても、全力をつくして認めてもらう。いや、猛介とおれなら勝てるにちがいない。 「……お父さんは、今年は特に本気よ。この前、倉にとじこもっているから、のぞいてみたら、垂れ幕に北斗七星が書いてあって、祭壇に蝋燭を用意して一心不乱になにかお祈りしていたの、あれって占星術なんだと思うの」 彼女はひどく混乱しているようだ。 「大丈夫だよ、よし俺達も占星術をつかおう」 彼女は驚いたように目をみひらき、おれの顔をみた。 俺は空を指差し。 「ほら、流れ星だ、祈ってくれよ」 二人で同じ流れ星に、同じことを祈った。
雲ひとつない空は絵具で塗りつぶしたように青く、まさに大会日和といっていい晴天。 村の広場は、大きな運動会のように、区切られ、垂れ幕が並べられ、そこには牛や飼い主の名前が書かれている。そこで一番大きく、多く応援団幕があり、叫び声にも似た応援があるのが、彼女の父とその牛、太郎衛門の名前である。 広場に牛と飼い主が並び、開会式が行われ、大会委員の挨拶などがおわると、太郎衛門をつれた彼女の父が壇上に立ち、宣誓がおこなわれ開始の合図となった。 俺は壇上の男と牛を睨む。太郎衛門は他の牛とくらべて、少し大きいものの圧倒的な差は感じられない。自分の横にいる猛介をみて、にやりと笑う。こいつとなら勝てる。 開会式がおわり、広場が牛と飼い主がひけると、かわりに楽団がはいり場をつなぐ。間に次の競技の準備がはじまっているのだ。 楽団もひけ、第一番目の競技の開始が宣言される。 彼女の父は、太郎衛門とともに全ての競技に参加するため、俺も全部に参加しなければならない。そのため最初の競技も当然でる。しかも、第一の競技は牛の実力よりも、牛と飼い主の絆を確認するもので、ひとつの花形競技『碁盤乗り』もちろん、飼い主がのるのではない牛の碁盤乗りである。 牛が飼い主の指示のもとに碁盤の上にのる。ただそれだけの競技であるが、牛と飼い主の絆、関係性を試される。牛と飼い主、双方の心技が試されるのだ。 Uー1グランプリにでるほどであり、次々と参加者はクリアしていく。たまに落脱することもあるのだが、そういうのは記念参加のように、参加することに意義を感じる人牛だ。俺はそういうわけにはいかない。 やがて俺の番がまわってくる。実はこれが一番難しい競技だ。これさえクリアしてしまえば、他の競技には自信がある。いっておくが猛介との絆には自信がないわけではない。長く厳しい練習の末にはぐくんだ絆はそこらへんの人牛に負けるものではない。 けれども。 猛介は、片目なのだ。遠近感が取れない。猛介の緊張が俺の手に伝わってくる。 俺も緊張するわけにはいかない。俺も緊張してそれが伝わると、猛介は必ず失敗するだろう。 猛介を撫でさすり、緊張をといて、笑いかけてやる。 猛介が、碁盤に足をかけ、南無三とばかりにかけあがった。 ぐらっとよろける、が碁盤の上に踏みとどまり、ぴしっと姿勢をただした。 思わず拳をにぎり、ガッツポーズをとる。 彼女をみると、手を口にあて、喜んでいる。 これさえクリアできれば、他は自信があるのは伝えてあるから喜んでくれているのだろう。 突然、観客がどよめき、そして静かになる。 太郎衛門の登場である。 俺は自分はもうクリアしているので、少し余裕をもってながめた。 彼女の父と、太郎衛門は、碁盤に近づき。 太郎衛門が、跳んだ。 ありえない! 他の牛よりひとまわり大きな巨躯がまるで、中にヘリウムガスがはいっているかのようにふわりと浮かび、身体をひねり、碁盤に着地する。それはあたかも人間の新体操選手が平均台にのるときのように、優雅に。 綺麗に四足で碁盤に着地し、揺るがない。 まるで王者かのように碁盤の上に君臨する太郎衛門。 観客からの惜しみない拍手と声援がおくられる。 あれは牛じゃない! UMAに違いない! 世界遺産の打診がくるのも当然だった。この競技からはじまり、次の競技も、次の次の競技も当然全てでるということなので当たり前なのだが、圧倒的だった。 俺と猛介は全く及ぶことはなく、僅差にもなれずに凄まじい差をつけられて負ける。 太郎衛門は一位で、二位と最下位の差よりも、一位と二位の差のほうがひらいているのだからどうしようもない。 走れば馬どころか、チーターよりはやく、力くらべをすると象より強い。泳ぐと、水底をはしるのだが、魚なみにはやい。 全ての競技は牛の祭典というよりも、太郎衛門のワンマンショーという趣であった。 総合点の表彰が行われ表彰台に呼ばれる。 一位は彼女の父と太郎衛門、二位は全ての競技に参加したこともあり、俺と猛介がよばれた。 太郎衛門が表彰台のすぐそばまでくると、跳んだ。 碁盤乗りのときとおなじように、跳びのったのだ。また会場がわき、やんやの大合唱。 太郎衛門に金 メダルを首にかけられようとしたときだった。 何故か太郎衛門が動かない。頭をさげなければ、台上の太郎衛門にメダルをかけることがない。飼い主である彼女の父が頭をさげさせようと、太郎衛門をさわったときだった。 彼女の父がうなだれ、涙をながした。 なにごとかと、太郎衛門にみな近寄り、触ってみても、まったく動かない。 表彰台で仁王立ちをしたまま死んでいた。 結局、死ぬまで大会でこきつかったと、動物保護団体に訴えられるのを恐れた大会運営委員は太郎衛門の記録を正式採用はするものの、優勝は俺と猛介となった。
後日、彼女とつきあっていることを彼女の父に報告しにいいったときに、一緒にお酒を酌み交わしながら、教えてくれた。 もう去年の大会の時点で太郎衛門の寿命はせまっていたのだ。日本中、世界からも訪れる牛たちをその状態であしらっていたのだ。 去年の『男なら結果がどうあれ、さいごまで全力をつくす』というコメントは『最後』まで、ではなくて『最期』までだったのだ。例え死のうと、最期まであばれつくす。 それをするためには、世界遺産に登録はできない。動物の世界遺産とは、全滅危惧種という意味だ。絶滅危惧種が死にかけの状態でこのような競技大会にでることは許されないのだから。 そして死にかけている寿命を延ばすために、行ったのが占星術。 北斗七星は死の象徴であり、ふるくから七星に願い、延命をおこなう術は存在するのだ。 なにはともあれ、俺と彼女の交際は、太郎衛門が出た大会で優勝したということで認めてもらえた。
一年後。 去年と同じく晴天にめぐまれていた。 今年は彼女とさらに一つ上のステージへと、結婚を認めてもらうために、俺は猛介とともに優勝するつもりだ。 もう太郎衛門もいないし、碁盤乗りも完璧にクリアできるほどの実力をてにいれた。片目の猛介にあわせて、俺も片目をつぶることによってシンクロニティをあげることにより、クリアする方法をあみだしたのだ。 会場で開会式をまっていると、彼女のお父さんがはいってきた。 共に歩む牛にはなにか見覚えがあった。 「太郎衛門の仔、新衛門だ、娘はまだまだやらん!」 俺達の闘いはまだこれからのようだ。
|
Re: 即興三語小説 ―富士山は日本の富士ではなく世界の富士になった― ( No.2 ) |
- 日時: 2013/07/01 00:06
- 名前: 卯月 燐太郎 ID:yKdWp2l6
しんさん、「星に願いを」読みました。
よい出来ですね。 ドラマがありました。闘牛ではありませんでしたが、それに近い競技があり、彼女の父親は太郎衛門という牛を引き連れて、連続優勝をしていた。 主人公は彼女との付き合いを認めてもらうためにその大会に参加することにした。 エピソードが具体的であり、人間と牛、父親と娘、主人公の青年と彼女。そういったドラマが展開されていました。 かなりレベルが高い作品でした。 情景等の描写もよかったしね。
不満があるとするならば、この作品は青年の一人称で描かれていますが、父親と娘の葛藤が伝わればもっとよくなるかなと思いました。 父と娘の関係が読み手にもっと伝わるように主人公が彼女の家に行くと、どういったもてなしをされたのか。そのとき、彼女は父親に対してどういった態度をとったのか。 別に彼女の父親とにらみ合いをする必要はありません。 わきあいあいと酒を飲みかわしてもよいのですが、その中に中途半端な男には娘は渡さんぞという父親の心意気が冗談ともとれるような会話のなかにあった。 そしてお開きとなると、父親はすぐに太郎衛門のところに行き、一晩中世話をしていた。それを娘は見て、父親の執念を、主人公の彼に伝えた。
この辺りを書いておけば、作品はもっと深くなるかな。
|
Re: 即興三語小説 ―富士山は日本の富士ではなく世界の富士になった― ( No.3 ) |
- 日時: 2013/07/01 23:13
- 名前: しん ID:UZHCKWUY
今回はわたし一人の投稿となりました。少しさみしいですね。
感想への返信 卯月 燐太郎さんへ よんでいただき、感想をいただきありがとうございます。 そうですね。最後のほうを主人公視点ではなく、父視点か、彼女視点にかえようかとおもったのですが、なんとなくそのままにしました。そっちのほうがよかったかもしれません。
マルメガネさんへ よんでいただき、感想をいただきありがとうございます。 お題が 碁盤乗り だったのでオリンピックのほうにしました。調べてないのですが、U-1グランプリはないとおもいます。闘牛っぽくおもえた部分に大会名もありますね。ウシリンピックあたりにしておけばよかったかな。最初は四年に一度の設定だったんですよね。 そうですね、ほりさげが足りない感があるので、ほりさげるとレベルアップそうなかんじがするきがします。
二方とも投稿していないにもかかわらず感想ありがとうございます。
|
Re: 即興三語小説 ―富士山は日本の富士ではなく世界の富士になった― ( No.4 ) |
- 日時: 2013/07/01 21:56
- 名前: マルメガネ ID:sNL.06So
「星に願いを」拝読させていただきました。その感想をば 読み始めてみて、最初は闘牛の世界かと思いましたが違うのですね。 U-1グランプリなる大会は実在するかどうかはさておいても、それにかける情熱とか伝わってきました。 もう少し何かを加えると、より良い作品になろうかと思います。 拙いですが、感想は以上です。
|