Re: 即興三語小説 ―万年筆の沼にはまったおっさんの話― ( No.1 ) |
- 日時: 2013/04/15 18:13
- 名前: 卯月 燐太郎 ID:mH6hVxyw
『頭上注意』
居酒屋で相席になった男に、フリー・ライターをしている佐々木は酒に酔っている勢いで愚痴をこぼしていた。 「雑誌に記事を書かなければならないのだけれどね。編集長がうるさくて。ライターも苦労するよ。以前は大手の新聞社で記者をしていたのだけれど、人員整理にあって解雇さ。生活が出来なくなったから雑誌に記事を書いているんだけれど。何か、面白い話はないものかね」 「そうだな……、わしは長生きしているでのう。いろいろと面白いことは知っているがの」 「どんなこと? お願いだからその面白いお話というのを聴かせてよ。ここの飲み代は僕が出すからさ」 頭が剥げて額がやけに飛び出したその老人は着物を着ていたが、帯を胸のあたりで締めているという変わり者だった。 佐々木は、こういう老人だと何か面白い話を聴けるかもしれないと期待した。 しかし、結局は老人に飲み食いをされただけで、面白い話は聞けず終いで佐々木がトイレに行っている間にいなくなった。 佐々木は自宅に帰って来ると酔いつぶれていたので、眠ってしまった。 雑誌の締切が明日というのに、面白いネタが手に入らなかった。
その夜のことである、窓から差し込む月明かりが佐々木の頭を照らしたころに佐々木は夢を見ていた。あの老人の夢で、佐々木の頭に沼を作りそこで魚釣りをし始めたのだ。 老人が魚を釣っているとしばらくして鹿や熊がやってきた。 彼らは沼の水を飲むと帰っていく。 夢の中で季節が変わると桜が咲き、沼のほとりには桜を見物に人が集まりだした。どんちゃん騒ぎになったので、佐々木はうるさくて起きてしまった。 佐々木はその顛末を万年筆でメモを執り、パソコンで記事にして編集長に渡した。編集長は眼を通した後、「今回はこれでいっとくか……」と、いかにもお情けという感じで原稿を受け取った。 「あとは、読者の反応を見て続編を書くかどうか決めることにする」
佐々木が寝ていると、窓から月明かりが頭を照らし、あの老人が沼で釣り糸を垂らしていると、ヘルメットをかぶった技師が何人もやってきて、測量をやり始めた。 何しろ夢の中だから時間の概念がなくて、測量をしていたかと思うと、トレーラーが何やら掘削機を運んで来たり、沼の中に基地を作りだしたりして、結局は石油を沼から採取することになったらしい。 タンクローリーが行きかいを始め、頭の上に沼地だけと違い、町が出来て、人々が集まり、町が街になった。 佐々木は、起きるとさっそくそのことを原稿にまとめると編集長に見せてみた。 編集長はにやにやしていたが「あほか!」といいながらも、原稿を受け取った。 佐々木がその夜夢を見ると街では佐々木が原稿を書いている雑誌が売れており、本屋に行列が出来るまでになっていた。 佐々木の元に編集長から電話が入り「お前の記事が大うけだ。どんどん続きを書け」とはっぱをかけられた。 夢の中で佐々木の頭は大都市に変貌して、雑誌はバカ売れして、いつの間にか佐々木は売れ子作家になっていた。 あちらこちらからインタビューを受け、毎夜バーで接待攻めにされて、美女を相手に佐々木は羽目を外していた。 まさに佐々木にとってはこの世の春である。 佐々木は夢をそのまま原稿に書いているだけでどんどん儲かっていった。 そんなある夜のことである。 石油基地から吸い上げていた石油が出なくなった。 枯渇してしまったのだ。 たちまちにして石油会社から税金が入らなくなった大都会は打撃をこうむり、財政難になった。 そして佐々木が執筆する書籍も売れなくなり、返品の山になった。
佐々木は貧乏人に逆戻りした。 ある夜のこと、佐々木は居酒屋で一杯飲んでいた。 するとそこにあの老人が他のテーブルの男と話をしているのを見つけて、あわてて、老人の元に話をしに行った。 老人は佐々木の顔をしばらく見て、思い出したように、「ああ、あの話はもう、終わったよ」とこともなげに言った。 「頼む、あの続きを書かせてくれ。あれがダメなら、他の話でもよい」 すると老人は言った。 「あんたの頭の上の沼で石油を掘り返して、どんどん販売しただろう。あの石油はあんたの脳髄みたいなものだ。わかりやすく言うと知恵だ。創作に関する知恵は掘り出した。もう、あんたには物語は書けんよ」 老人の前に座っている鉢巻を巻いた作業人風のおっさんは、なんのことかわからない様子だったが、佐々木に「まあ、一杯飲めや」と酒を勧めた。
――― 了 ―――
今回のお題 「沼」「万年筆」「おっさん」
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