Re: 即興三語小説−第92回− 誰がヴァレンティヌスを殺したの? ( No.1 ) |
- 日時: 2011/01/31 01:21
- 名前: みーたん ID:zoBajCSY
非日常のバレンタイン
薄暗く、カーテンによって日常から切り離された部屋に、白い、真新しい布団が、一つ敷かれていた。私は、何とかここから出ようと、必死になっており、布団とか、そこの内装には目もくれず、ありもしない日常への抜け道を探し回っていたが、急に布団が――、いや、そこに横たわっていた女性が、 「ここからは出られませんよ」と、すかさず「一緒にいてくださいな」とつぶやいた。 私は、そこで、初めて女性に目をやった。 肌が白く、髪が黒い。肩が、鎖骨が、衣服を着ていないのか、布団からちらりと見えている。 「おや、綺麗な顔じゃないか。しかし、出られないっていうのは何故だい?」 そうやって、彼女から、何らかの情報――たとえ、それが、現実では通用しない、科学的根拠のないことでも――を盗み出そうと、珍しく世辞を逝ってみたが、果たして答えはなかった。世辞はいけなかったか、とつぶやき、再び聞いてみたが、変わらず返答はない。 「死人に口なしってか?」と煽ってやり、顔を覗き込むと、彼女は目を閉じたまま微笑み、嬉々として、「勝手にしなされては困ります」といじけた。 私は不覚にも……、いや、このような状況だからこそ、彼女に見とれてしまった。荒野に咲いた花の如く、ここにあることが奇跡の存在であった。 「一髪、二化粧、三衣装というが、君は、一だけで十分に美しいよ」 「お世辞がお上手で。……そういうあなたは眉目秀麗ですね」 「こりゃ参った」 そう言って天を仰ぐと、ふと、彼女が、もごもごと寝返りをうった。 「そうそう。あなたはなぜここに?」 寂しげな背中が、しかし暖かい声で聞いてきた。 「それがわかれば必死に出ようとしないと」 「それもそうですね。ごめんなさい」 「――それはそうと、君は? 何かあったのかい?」 「私もわからないのです。気づいたらこの布団のなかにいて……」 ふむ、それは困った。そう言おうとした途端、彼女は私を一瞥し、再び、話し出した。 「でも、その前のことは覚えているんです。雪の降る夜でした。隣には婚約を控えた彼氏がいて、二人で歩いていたんです。バレンタインデーだから、一緒に食事でも行こうって。それなのに、彼は殺されてっ……うっ、うっ……」 目の前には小刻みに揺れる肩と、背中。掛け布団にさらりと流れる黒い髪。悲痛な嗚咽。止まらない。血のバレンタイン。結婚前夜。誰が殺した? 誰ガ殺シタ? 頭が痛い。鐘が、大きくて私を震え上がらせる鐘が、がんがんと鳴り響いている。色んな単語が流れ、目まぐるしく輪廻する。 「…………っ」 「大丈夫、泣かないで――」 私はいつしか、布団を剥がし、彼女を抱擁していた。 彼女の、やわらかな髪が肩にかかる。吐息が、耳を擽る。
「あなたを好きなままで――」 「ありがとう――」
* * どういうこっちゃ。
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