Re: 即興三語小説 ―「ムカデ」「詩歌」 「黙示録」 ( No.1 ) |
- 日時: 2017/10/16 22:30
- 名前: マルメガネ ID:QdevJHJI
ここは某国の首都スキヤ。 あまたの国との貿易拠点となっている町である。 その郊外の丘に建つ修道院にいる聖アンドロギュヌスを知らぬ者はいない。 男性のような女性のようにも見える風貌をした彼は、神学研究の一人者であり、スキヤ大学の博学のヒエロニムスとの交流もある。 ある日のことである。博学のヒエロニムスが大学での講義を終えて、丘に建つ修道院を訪れた。 雑多な異国情緒が溢れる市街地を抜け、交易路を通り、丘に向かう。 「上人様はおいでかな?」 修道院で日々の課業をしている若い修道僧に彼が尋ねると、その若い修道僧は 「ヒエロニムス先生ですね。いま、アンドロギュヌス様は、書物庫においでですよ」 と答えた。 「ありがとう」 ヒエロニムスがそう言ってその場を離れようとしたとき、足に激痛が走った。 「大丈夫ですか。先生」 「ああ。どうやらムカデを踏んで刺されたようだ」 痛む足を押さえながらヒエロニムスが答えると、修道僧が大急ぎで集まってきた。 「これは大変だ。僧院へ」 ヒエロニムスが僧院に連れていかれ、そこで治療が施された。 「いったい、何の騒ぎだ?」 騒ぎを聞きつけたらしい聖アンドロギュヌスがやってきた。 修道僧が事の次第を聖アンドロギュヌスに話す。 「先生。お加減は?」 「いやはや、面目ない。わたしの不注意じゃよ」 ヒエロニムスがそう答える。 「上人様。その御手に持たれているのは何でございますかな?」 聖アンドロギュヌスが持っている巻物に気づいたヒエロニムスが聞いた。 「ああ、これですかな。書庫にて発見したものですが…」 聖アンドロギュヌスがそう答えた。 「博学の先生ならおわかりかと思い、聞こうと持ち出して大学まで行こうと考えておりました」 聖アンドロギュヌスがヒエロニムスに言うと、書庫から持ってきた巻物を差し出した。 「ほほう。では、拝見……」 ムカデに刺された痛みなどすっかり忘れて、巻物を広げるヒエロニムス。 「上人様は、どう思われたのですか?」 「たぶんですが、詩歌と思っていたのですが、いつ誰が書き記したのかはわかりませぬが、黙示録と思われます」 「ふむ」 とうの昔に忘れ去られ、歴史のかなたに消え去ってしまった古い文字と古い言語でそれは書かれていた。 「これは、わたしにもわかりかねます。今の言葉に直して読む必要がありますな」 ヒエロニムスが聖アンドロギュヌスに言った。 「まこと、そのように。しかし、手掛かりがありませぬ」 「わかりました。わたしめにお任せを」 ヒエロニムスがそう言ってよろけながら立ち上がり、心当たりがあるとみえて、よろよろと僧院を去った。
「わかりました。叔父上。ここは貿易の拠点の町でありますゆえ、異国の旅人に知っておる者もおることでございましょう」 ヒエロニムスが僧院で見た巻物のことを通詞のアノマロカリスに話すと、アノマロカリスはそのように答えた。 通詞のアノマロカリスはヒエロニムスの甥であり、諸国言語に通じている。 「では、頼んだぞ」 ヒエロニムスはそう言って、アノマロカリスの家を出て行った。 数日後、アノマロカリスがヒエロニムスを訪ね、丘の上の僧院に一緒に行った。 「これはこれは……。ようこそおいでくださいました」 聖アンドロギュヌスが迎える。 例の巻物をアノマロカリスが見る。 そして、それを翻訳し始めた。
今日の献立 栗とカボチャのきんとん 黙示録級のムカデとまずくて苦いケールの和え物
と、書かれていた。 「叔父上。上人様。これは、昔の料理本のようですぅぅ」 「な、なんだって!!」 「しかも、ゲテモノ料理本ですぅぅ」 まるで汚物を見るような目で巻物を見るアノマロカリスがいた。 これには、さすがに聖アンドロギュヌスもヒエロニムスも唖然としていた。 気を取り直して、聖アンドロギュヌスが別の巻物をアノマロカリスに渡した。 なんだか、悪い予感がするなぁ、といった顔をしてアノマロカリスがその巻物を広げると、気が進まない感じで翻訳する。
わたしは見た。天と精霊の導きによりて 偉大なる星座がその玉座を次の大いなる星座に譲るとき 天と地は闇に閉ざされる 嘘と欺瞞と猜疑が地を駆け荒れ狂い人々は争う それらは闇の王の降臨也 彼は吹聴し鼓舞し、そして甘い誘惑にて 人心を惑わし誑かす ゆえに悪徳王と称さるる 見よ 東の最果てより昇る太陽のごとく光を纏いし者きたる 彼は多くを率い救済し、荒れたる世界を建て直すだろう 光明者もしくは善徳王、光明王と称さるる そは起これり 光と闇の戦起こりたり 光明王の兵悪徳王の兵対峙せり うち斃れし兵数知れず 災なるは天と地の怒りなり 天の喇叭が奇しき音色 にて鳴り渡る その戦激しきに つひに神兵天より下りたり 諸精霊神霊あまた光明王に加わりて 悪徳王滅びぬ
そのように書かれていたものの、そのあとは欠損と汚損がはなはだしく、最後までは読み切れなかった。 「これは、まさに黙示録である。ゆえに、封印すべし。あるいは神のみぞ知るところゆえに、破却すべし」 聖アンドロギュヌスはそう言って、アノマロカリスが翻訳した書を修道僧に封印させた。そして原本も。
それから何百年も時が流れる水洗便所のごとく去り、丘の修道院も教会も朽ち果て、土台だけが残るだけとなった。 交易拠点だったスキヤは海路が開かれたこともあって衰微し、海辺のキムラーヤがその拠点になるなど大きく様変わりした。 「なにやら出てきたぞ。ふむ。古文書のようだ。大発見だ」 遺跡調査隊が丘の修道院跡発掘調査で発見した古文書に浮かれる。 「解読しよう……」 手にしたそれらは、長らく埋もれていたがために風化し、そして解読される前に粉々になったのだった。 悔しがる調査隊。
歴史とは、こんなことの繰り返しが積み重なっているのかもしれない。
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あとがき いつもながらにわけわからなくなった。 事実ではなく、フィクションです。あくまで。
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