たとえば熱帯夜に、そんな戦場があったとして ( No.1 ) |
- 日時: 2011/07/11 00:59
- 名前: RYO ID:5Onofavk
「鈴木! 鈴木! 佐藤! 佐藤! そして、――山田? 山田ぁぁぁぁぁ! まさか、お前もか! どこだ! 返事をしろ!」 すぐ隣にいたはずの右腕の山田の気配さえなくなっている。暗闇の中、誰の返事もない。扇風機の回る音がうるさい。その扇風機は蚊取り線香の煙を部屋中に充満させて、息苦しさを感じる。 「く、視界がかすむ……ここまでか」 ふらふらになりながら、何とか窓際まで行き着く。 「都会の熱帯夜が懐かしいぜ」 カーテンの向こうから、ぽつんと立つ街灯の淡い光が差し込んでいた。遠くに、牛蛙の低い鳴き声が聞こえる。 「一体、誰だったっけ? 田舎のほうが生きやすいと言ったのは?」 高橋はもはやここまでと、自嘲気味に笑って、月を見上げる。都会にいたときよりも、美しく見えるのは、ここの空気が綺麗だからなのか、それとも、もう長くないからなのか――。
「隊長、エロいのはいけないと思いますっ!」 そう真剣な目で山田の意見に異議を申し出てきたのは、まっすぐな性格の鈴木だった。 「いやしかしだな。このひと夏の思い出に、大人になった記念にこれは譲れないだろ? もっと正直になれよ」 鈴木は山田に向かって、いやらしく微笑む。 「お前と一緒にするな!」 鈴木が苛立って、山田に食ってかかる。 「なんだと! 隊長の腰巾着のくせしやがって」 山田も負けていない。鈴木に顔を近づけてにらみ合う。 「誰が、隊長の巾着袋でもかまわないさ。そんなことより、本当に大丈夫なんだろうな? 淫行軍人さんよ」 そう混ぜ返すしたのは、佐藤だった。 「それはほめ言葉だぞ。たしかな筋からの情報だ。間違いない。隊長どうします? 俺はずっとここにいても、ジリ貧だと思います」 山田が高橋をじっと見る。高橋の部隊に静寂が訪れ、高橋の次の言葉を待った。 山田の言いたいことは分かる。目的がなんにせよ、確かにずっと都会にいても、たかがしれている。どうせ、皆この夏で燃え尽きる命、はだけた健康的な白い柔肌にこの逸物を突き立てても、罰は当たるまい。 「ここは確かに、我々には生きにくい。熱帯夜こそ、我々の生きる世界のはずが、あいつらと来たら、今では無味無臭の毒ガスまで仕掛けてくる始末。残念ながら我々には、それを防ぐすべはない。ここは戦略的撤退、あるいは生きることへの勝利を信じて突き進むのも悪くない」 高橋は自らの言葉に深く頷く。 「俺は風呂上りを狙う。あのほてった身体に俺の印をつけてやるのさ。たまんねぇな」 山田が今日一番エロ顔をする。そんな山田に鈴木が気に食わない表情をしてみせるが、山田は気にも留めない。 「佐藤は何を狙う?」 山田が佐藤に尋ねる。 「飯でも食ったあとだな。無防備になったところをいきなり襲ってやるよ」 「そんなこといって、またこの前みたいに、はたかれて蕎麦の麺つゆに顔から突っ込んでいかないでくださいよ」 鈴木が混ぜっ返す。 「うるさい。あれは手痛い反撃を食らっただけだ。いつもの俺ならだな、あんな攻撃を華麗によけてだな――」 「佐藤、それくらいにしておこう。よし話はまとまったな。これより我々は、魔都、東京を脱出する。鈴木、佐藤、山田、準備はいいか?」 『はっ』 それぞれに見合い、頷く。 「それでは、我に続け!」 熱帯夜――東京の濁った大気の中、ぼんやりと光るネオンと月の光の中で、高橋たちは飛び出したのだった。
「俺の判断が間違っていたのか?」 高橋は独白する。 「いや、そんなはずはない。確かにターゲットは無防備だった」 暗視スコープよろしく、高橋の目に映ったターゲットの意識はなかった。熱帯夜のあまりの暑さに、上着のボタンをはずして、白い胸元に露にしたくらいだ。あれをチャンスを言わないで、なんと言う。いや――、 「まさか、誘われた? 罠だったのか?」 ターゲットが時々使う手段だ。無防備と見せかけて、のこのことやってきた連中を一網打尽にする。だとしたら――。 「あのときしわぶきしてしまった私は……」 高橋は咳した自分を責めた。一斉攻撃を指示した自分はなんと浅はかなのか? 「た、隊長……」 近くで声がした。 「そ、その声は、佐藤か! どこだ?」 高橋はあたりを見渡す。が、佐藤の姿は見えない。 「隊長は逃げてください。これは俺たちの手に負えるミッションじゃなかったんですよ」 「佐藤、どこだ!」 「こんなことになっちまうなんて、思ってなかったですけど、今まで楽しかったです。ありがとうございました」 「佐藤?」 わずかに差し込む月明かりの中、やっと佐藤を見つける。高橋はふらふらで思うようにならない身体で、扇風機の風をよけてなんとか佐藤に寄る。 「なあに、ちょっとだけ早く先に逝くだけですよ。またすぐ会えますよ。あいつらも多分、先で待ってますから。一人にして、すいません」 「佐藤、まだ逝くな、佐藤、まだ……」 佐藤が再び起きるあがることはない。 「くっ! こうなったらせめて、一太刀でも浴びせないと、死んでいった部下たちに合わせる顔がない」 高橋は最後の力を振り絞って、強く足を蹴って、その身を宙へ浮かせた。幸いなことに扇風機は首を振ってくれている。 「無能な指揮官で申し訳ない。しかし最後まで悪あがきだ。皆、見ていてくれ」 高橋は一直線にターゲットの胸元に向かう。扇風機が首を止めて、反転してくる。 間に合うか? あと少しなんだ。あの風を食らってしまっては、もう――」 高橋にはこれが最後のチャンスだと分かっていた。高橋は一気に急降下する。扇風機の風が、大気を動かして、思いもしないところから風がくる。 く、ここまでか。 高橋が力なくふらっと落ちていく。 「うーん……」 ちょうどターゲットが寝返りを打ち、高橋は運よく胸元に落ち、その上を強いが風が通りすぎていく。 「ははは。やった。やったぞ。皆。まさかあちらから、私のところに来てくれるとは思いもしなかったぞ。東京のようにベープとか水性リキッドとかいう毒ガス攻撃はやらはないやらはないと思っていたが、まさか蚊取り線香とはな。しかし、それもここまよ」 高橋は、勝利を確信する。 「さあ、心行くまで堪能しようではないか。ここまで幾多の苦難の連続だったが、それもこの瞬間があればこそ、報われるというもの」 高橋はあごを引いたかと思うと思い切り、その白い柔肌に突き刺して、そこにある血を啜る。 ああ、この瞬間のために、俺は、いや、俺たちは生きてる。 高橋の腹がみるみる赤くなっていく。 どうせ、この夏のまでの命。そのときまで、生き血を啜るまでよ。 と、そのとき何かが高橋の頭上を横切ったかと思うと、高橋の意識は途絶えた。
「きゃー、なにこれ?」 「まったく朝からうるさいわね」 「ちょっと見てよ、おかあさん。私のおっぱい、何か赤く汚れてる」 「蚊でもつぶしたんじゃない? あんたさっき、蚊がうるさくて寝れなかったって言ってたでしょ」 「ああ。そっか。お母さん、うちも蚊取り線香じゃなくて、ベープとかに変えようよ。蚊取り線香じゃダメよ」 「そうしようかね」
たとえば熱帯夜に、そんな戦場があったとして、そんなやぶ蚊がいたとして――。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2時間くらいです。 どうしてこうなった? っていうか、投稿が私だけというは勘弁してね
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