夏の風物詩の独占販売・IN宇宙ステーション ( No.1 ) |
- 日時: 2016/07/15 09:56
- 名前: ウィル ID:x3SlBHo2
第72宇宙ステーション・シガラキ。 地球人が宇宙に出て数万年経った。12年前にシングルナンバーの宇宙ステーションは全て廃棄され、ダブルナンバーの宇宙ステーションも半数以上が廃棄されている。 72という二桁の数字は、もはや骨董品としての価値しかなく、そこに住むのはひどく苦痛だ。 とはいえ、気温は常に10度から25度と快適な温度で天候の操作も自由とあって、遥か昔のご先祖様に比べたら快適な生活とは言えるのだろうが。 「遠雷が聞こえるな……もうすぐ夏か」 夏といっても気温が25度を超えることはない。雷の音もただの効果音であり、実際に雷が落ちるということはない。そもそも、空の雲にしたってホログラムであり、実在する雲ではないのだ。 私の呟きに、30年連れ添った妻は立体映像(もちろん触ることができる)の新聞紙を片手に言う。 「夏ね……またミニスカートを用意しないといけないわね」 「去年みたいにまた若者にナンパされに行くのか? 君が美人なのは認めるが、それを一年も自慢されるこちらとしてはたまったものはないよ」 妻も私と同じで、もう160歳を超えているのだからそろそろ自重してほしい。すでに昆孫(孫の孫の孫)までいるというのに。 人類の平均寿命が200年を超え、20歳から180歳までは見た目はそう変わらない。 160歳以上の年の差婚などはよく耳にするが。 「それより、家計のほうは大丈夫なのか? あれも買わないといけないだろ?」 「そうね……今年もきつくなるわ……夏になると」 「そうだな。全く、困ったものだ。夏の唯一の楽しみを買うのに、こうもお金を払わないといけないとは……」 私たち、宇宙民(宇宙に住む者のこと。星に住む人は大地民という)にとって、季節とは気分のメリハリをつけるとても大事なものだ。だが、その夏を満喫するためのある商品が、ひとつの企業が独占販売しているため、それの値段も跳ね上がった。 全く、困ったものだ。 だが、あれがなければ夏という気がしないのだから仕方がない。 私は風鈴の音と遠くから聞こえる蝉の音のBGMを流してもらいながら、妻にそれを買ってきてもらうように頼んだ。
その日の夜。私はベッドで寝ていた。 とても寝苦しい夜だった。気温調整の装置は壊れていないはずなのにやけに汗が出てくる。なのに肌寒い。いや、寒すぎる。子供の頃、真冬に宇宙ステーションの気候安定装置サクラが壊れ、一カ月間外気温が8度にまで下がってしまった時、宇宙ステーションの全宇宙民が凍え死ぬのではないかと思ったことがあり、その時の記憶が蘇る。 助けを呼ぼうかとしたが、声が出ない。体が動かない。 閉じられた目蓋を開けるのが怖い……だが、私は意を決して目を開けた。 すると、そこにいたのは血塗れの青白い肌の女性だった。 私は無意識に叫んだ。だが、声が出ないのだから、その叫び声は音にはならない。 女はふっと微笑むと突然私の体の上から消え去った。 残ったのは、大量の汗でしめった布団カバーとパジャマだけだった。
私は妻に昨晩起きた怪奇現象について語った。 妻はトーストを食べながら私の話を黙って聞いてくれた。 「いや、独占販売だから技術の進歩はないだろうと思って舐めていたが、なかなかのものだったよ。君のところには何が来たんだい?」 「私のところは泣いている女の子だったわ。声をかけたら女の子が振り向いて、目も鼻も口もないのよ。最初はちょっとびっくりしたけど、でも茹で卵みたいで可愛くて、ちょっと残念だったわ」 「そうか、それは残念だったな。いやぁ、さすがは夏の名物、肝試しだ、寝覚めが爽やかだよ。やっぱり夏はビールと怪談だな」 霊魂の実証実験のため、人の魂の原理が明らかになった。霊魂の存在が証明されたことにより、逆に怪談話は全て作り話だと証明されてしまったが、人はやはり怖いものを恐れる。 そのため、今や心霊現象の類は全て機械で作り出す。 それを独占販売しているのが、ホロホロ堂シリーズの「怪談の種シリーズ」だ。 昨日の女性の幽霊も、怪談の種から生み出された立体映像である。 そこそこの値段がするのに使い捨てという高価なものだ。 「日曜だからって朝からビールを飲むのはやめてくださいね……はい、麦茶」 私の思惑を妻に潰され、仕方なく麦茶を飲むことに。 そして、私は昨日妻が見ていた新聞の広告欄を見て訝しんだ。
『ホロホロ堂怪談シリーズ、怪談の種の一部に動作不良発覚』
……私は自室に戻り、怪談の種を見た。怪談の種が動いた形跡がなかった。 そういえば、昨日私の上に乗っていた血まみれの女性、よく見ると妻に似ていたような気がするが……まさか……と思った瞬間、私は急に胸が苦しくなるのを感じた。
※※※
夫が死んで一年。 死因は未だに不明のまま。まぁ、呪い殺したなんて誰も信じないでしょうね。 霊魂の実証実験が終わり、呪いや悪霊が実在すると知った政府はそれを慌てて隠蔽した。 それはそうでしょう、そんなことが公に知られたら、宇宙中に呪いが溢れてしまうから。 一部の研究者(私を含めて)の間では今でも様々な実験が秘密裏に続けられている。中には私みたいにそれを悪用する人もいるけれど、それも実験の有用なデータということで誰も咎めはしない。 こうして、私は無事、前の夫と死別し、若い男と再婚することができたのだが。 「それにしても、君の持ってきた怪談の種、凄いね……まるで本物のようだよ」 そう言う現在の夫の顔色はあまりよくない。 「そうでしょ? ちなみに、どんな幽霊が出てきたの?」 「男性の霊だったよ。『妻をよくも……』って呪いの怨嗟のような声で僕を睨んでね」 私は怪談の種なんて買ってきていないことは、彼が死ぬまで黙っておくことにした。 ちょうど新しい彼氏ができたことだし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お久しぶりにこのノリで書いてみました。 プロット1分、執筆20分です。
|
|