文芸部V.S.幼馴染風紀委員 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/06/22 22:19
- 名前: ウィル ID:m8KtBCKo
「個性がないのかなぁ」 観音寺透は、そんなことを呟いた。 「観音が個性皆無の平凡普通人間だっていうのは、今に始まったことじゃないでしょ。まぁ、観音寺なんてちょっと変わった名字なだけでもラッキーよね」 「観音寺先輩、普通なのは素晴らしいことですよ。それに、付け焼刃的にキャラ付けされた登場人物は物語中盤でフェードアウトしてしまいますから、今のままのほうがいいと思います」 ツインテールと普通のロングヘア、釣り目と垂れ目、短身長と平均的な身長、幼馴染と後輩という、共通点があまりなさそうな篠宮秋穂と朝倉奈緒。その二人の共通点といえば、透と同じ文芸部に所属しているということと、それぞれが、平均以上の美少女、そして、たった今、透に精神的ダメージをクリティカルヒットで与えたということくらいなものだ。 「誰も俺の個性の話はしてない。俺が話してるのは、俺が書いている小説のキャラの話だ」 文芸部に所属している透は、当然ながら執筆をすることもある。まぁ、本格的な小説ではなく、お遊び感覚で書いて、ネットにアップロードするくらいなものだが。 「まぁ、確かに観音の小説のキャラって、どこかで見たようなキャラばかりなのよね」 《かんのんに50のダメージ》 「あ、でもこの前の小説の主人公、私は好きですよ。私が昔好きだったアニメの主人公とそっくりなんで」 《かんのんに70のダメージ》 《かんのんはたおされた》 《ぱーてぃーはぜんめつした》 《おかねにはかえられないだいじなものをうしなった》 透の心の中で何かが傷ついていく。 「ま、そんなに個性的なキャラを作りたければ、観音が個性的な人間になればいいのよ。モヒカンと逆モヒカン、どっちがいい?」 「なんでその二択なんだっ! というか逆モヒカンってただのイジメだよな」 「あ、私は頭にお花を乗せたらいいと思います」 「どうしてお前らは頭にのみこだわるんだ! ていうか、頭に花を乗せてるキャラも絶対にどこかにいるだろ……まぁ、個性的なことをすればいいのは確かかもな。芸術家というカテゴリに含まれる人間には変人が多いっていうし」 全国の芸術家を侮辱するような発言を、作者の意図とは全く関係なく発言する透は、大きく頷いた。 「そうね。じゃあ、最低でも桃色に髪をそめてみましょう!」 どこからともなく、ピンク色のスプレー缶を取り出した秋穂は、不敵な笑みを浮かべる。 「そんな髪の色、最近にアニメのヒロインしかしないぞっ!」 そんな髪に憧れるのは、魔法少女にあこがれる幼稚園児……いや、幼稚園児ならば魔法幼女か……くらいなものだ。高校生が、さらにいえば男が憧れる髪なわけがない。 「大丈夫、痛くないから。失敗したら髪を切ればいいだけじゃない。観音は将来絶対にハゲるんだから、今のうちに髪で遊ばないと」 「誰がハゲルって決めたっ! ていうか校則違反だ!」 「校則なんてやぶるためにあるのよ!」 秋穂がスプレー缶をかまえた。
「聞き捨てならないわっ!」 声と同時に飛び込んできた謎の人物。最初に見えたのは、秋穂と同じ女子の制服。そして、眩しいばかりのピンクブロンド。 そして、可愛らしいベビーフェイスの顔。 『赤津カオル!』 「誰ですか?」 透と秋穂は同時に驚き、奈緒は首をかしげる。 「幼馴染だ。秋穂、俺、そしてカオルの三人はな。あの容姿だから、一部には熱狂的なファンがいるんだ」 「何が許せないのよ、赤津!」 「あなたの台詞です!」 言われて、三人は先ほどのやりとりを思い出す。 「あぁ、ピンク色の髪をしてるのはアニメのヒロインくらいだって言ったことか。確かにお前もピンクの髪に染めてるが、だからといってお前のことをアニメのヒロインだって言った覚えは」 「そこじゃないわっ! むしろ、アニメのヒロインなら光栄なくらいだわ」 「じゃあ、何を怒ってるんだよ」 「校則なんてやぶるためにある? 違うわ! 校則は守るためにあるのよ」 当たり前のことで怒っていた。 そうだった。 「そういえば、お前、風紀委員だったな」 絶対正義の名の下に、校則を破る人間に鉄槌をくらわす集団、風紀委員。ピアスの穴をあけたのならば、その腹に風穴をあけてやるぜ的な、校則を守るためなら法律をもやぶる。いつの日か、校則の中に法令順守の項目が設定されることを願ってしまう集団の一員だった。 「えっと、赤津先輩も髪をピンクに染めている時点で校則違反じゃないんですか?」 確かに、髪を染めてはいけないという校則はある。だが―― 「違うんだ、朝倉。カオルは現在の校則ではさばくことができないんだ。あいつは、校則の穴をついてきている」 透はそういい、それ以上は何も語らなかった。 「ところで、風紀委員のカオルが何の用?」 「この文芸部を取り壊しに来たわ!」 「「「なっ」」」 三人が同時に絶句した。 そして、最初に口を開いたのは、やはり秋穂だった。 「ぬわぁぁんですってぇぇぇっ! あんたにそんな権限はないでしょ!」 「いいえ、貴方達の文芸部の活動による功績、部員の数、なにより部長である秋穂さんの問題の数々、私が告発すればすぐにでも廃部にもちこめる」 それが真実かどうかは透にも秋穂にもわからない。 だが、二人は知っていた。こういうとき、カオルは嘘をつかないことを。カオルができると言ったら、必ずできるのだと。 「でも、あんたのことだから、文芸部をただ潰すだけでこないでしょ」 「ええ、もちろんよ。チャンスをあげるの。私と勝負して、私が負けたら、廃部の件はなかったことにしてあげる。廃部の告発を見逃してはいけないなんて校則はないもの」 「私達が負けたら?」 いつも強気な秋穂らしくない、弱気な発言。彼女は知っていた。カオルが勝負を持ちかけたからには簡単に勝てないことを。 「そうね、文芸部の中から一人、私の言うとおりにしてもらいましょうか。願い事はもちろん、『私の恋人になって』」 秋穂と透は予想していたのか、溜息をついた。だが、一人、何も知らなかった奈緒は目を輝かせて秋穂の裾をひっぱる。 「……大変です、篠宮先輩。ライバル出現ですね。ここはもちろん、篠宮先輩が戦うんですね」 「何言ってるのよ。私は戦わないわ。めんどくさい」 「めんどくさいって、観音寺先輩をとられてもいいんですか?」 「……違うんだ、朝倉」 透はため息混じりで言う。 「あぁ、なんというか、カオルは同性愛者なんだ」 「……え?」 「というわけで、俺が戦う。勝負方法を教えてくれ」 「……え?」 いまだに何が起こったのか、思考が止まっている奈緒。 透がかわいそうに……と思った瞬間。 「きゃぁぁぁっ! つまり、愛するヒトを守るために二人が戦うんですね! 最高です、それ! 私、生でそういう戦い見たかったんです!」 なんとも強い子だった。 「朝倉、何を勘違いしてるか知らんが――」 「観音寺、勝負だ!」 透の言葉を遮り、カオルが説明を始めた。 「勝負方法は文芸部らしく、」「わかった勝負だな」「作品『クモの糸』に基いて」「お前が勝負するといったんだぞ」「旧校舎にあるクモの糸を」「とりあえず、歯をくいしばれ」「どれだけ集められるか……近いぞ、観音寺」「倒れろ」 透のこぶしが、カオルの顔に吸い込まれていくように前に出た。 簡単に言うならば、透はカオルの顔を殴った。 「観音寺先輩! いくら篠宮先輩のためとはいえ女性の顔を殴るのは」 「そうか、女性の顔を殴るのはだめだよな」 透は溜息をつき、カオルの鳩尾に拳を打ち込む。カオルはなすすべなくその場に倒れた。 「ま……まて、観音寺。校則では暴力は……」 「禁止されてるのか。退学はいやだし、まぁ、死人に口なしか」 透はそういいながら、カオルの顔をふみつける。 それに一番戸惑ったのは、やはり奈緒だった。 「篠宮先輩、とめてください。このままじゃ、赤津先輩がっ!」 「赤津なら大丈夫でしょ。というか、むしろ好きな人に踏まれて幸せなんじゃない?」 「え? だって、赤津先輩は秋穂先輩のことが好きなんでしょ。同性愛者だって」 「同性愛者は本当よ」 秋穂が指差した先――ぼろぼろになった赤津先輩の髪が――全て抜けていた。いや、性格にはピンク色の髪がころがり、黒い短髪が見える。 「さすがは観音寺。私の見込んだ男ね」 「黙れバカっ!」 透の最後の一撃によって、赤津は眠りについた。
それからそれから
校則には、髪を染めることは禁止していても、カツラは禁止されていない。 校則では学校指定の制服を着ることが義務付けられているが、男子生徒が女子の制服を着てはいけないという決まりはない。 どうして、可愛いのに一部にしかファンがいないのか。 「こんなに可愛い子が女の子のわけがない……か」 部室にあるソファに横になるカオルを見て、奈緒が呟いた。 「観音、少しデートくらいしてあげたら?」 「確かにこいつの執念は認めるが、それは嫌だな」 赤津カオルは、もともと男であり、女装が趣味などではない普通の男の子だった。が、透に惚れてしまい、透に好かれるためだけに、彼の理想的な女性を目指して女装を始めた。 「なんとも、可哀そうな話ですね」 「俺がな……」 「ですね」 とはいえ、カオルが風紀委員に入った理由が、透に平和的な学校生活を送ってもらうためだとか、そういう話を聞くと、奈緒もカオルのことが少し好きになる。 「ま、友達としてはつきあってやってもいいが」 「いいのっ! デートしてくれるのっ!?」 がばっと起き上がるカオル。 「あのな、うちの校則ではデートとかそういうのは禁止されてるだろ」 「不純異性交遊の禁止でしょ! 不純同性交友は禁止されてないのよ!」 「自分で不純というなっ!」 透の拳が再びカオルをとらえる。 その光景を見て、奈緒は思った。 こんな個性的な幼馴染を二人持ってなお、普段は無個性な観音寺透と言う人間にとって、無個性でいられるということが十分な個性なのだと。
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