Re: 即興三語小説 -「極寒」「練炭」「連携」 ( No.1 ) |
- 日時: 2016/01/27 00:37
- 名前: 青空 ID:YKru.7Lw
ぼくらは、湖のほとりにある小屋を目指している。 今年の夏は暖冬で、冬でも正月までは比較的暖かく、大学の冬休みを使って、卒業旅行に来ていた。旅行といっても、学生は金がない。だから、野宿といっていいほどの小さな小屋で、ささやかな思い出づくりを慣行する予定だ。 「はぁ、寒いわね」 裕子が、手袋をはめた両手に白い息を吹きかけてつぶやいていた。 「おかしいな。この間まで冬にしては暖かったのに」 ぼくは、後ろめたさを残しつつ、男なので虚栄心に満ち、たよりがいのある様子をアピールしようとしていた。 裕子とぼくは、同じゼミで卒業論文を制作した仲で、この間まで二人で遅くまでレポートを仕上げていた。 「このまま雪が降らなきゃいいが」 「羽鳥くんもそう思う?」 羽鳥は、ぼくより身長が高く、痩せて眼鏡をかけている男だ。ぼくが中肉中背で特徴がないのに比べ、羽鳥は優等生で少々鼻にかかるところがある。 裕子も、どちらかといえば、ぼくよりも羽鳥としゃべっている。 本当は、裕子だけを誘いたかったが、二人きりで野宿だと断られる可能性があるので、しかたなく羽鳥も誘った。 「あとどのくらいかかるの?」 地図を広げて見ているぼくの後ろから裕子が声をかける。 長い睫毛で、マフラーに長い黒髪を隠している。寒さで紅潮した唇に目がいく。 「んっ。この道をまっすぐだから、きっとすぐだよ」 「にしても、駅から長すぎだろうが」 羽鳥は、後ろでイラだちを隠せない様子だ。 「あっ雪だわ」 雪が散らついて、地図の上に和染みを作っていく。裕子が上を見上げたので、ぼくも同調した。灰色のスモークがかった空から花びらみたいな細かな雪が、幾重にもなって降ってくる。それにも増して、絞られるような冷気が徐々に身体を侵食していく。 「この道を真っすぐ歩けば小屋だ」 ぼくは、細い畦道が雪に消されていくのを無意識で感じた。地図をたたみ、リュックサックに入れると、まだ小屋さえ見えない先を見つめた。 しばらく歩くと風が吹いてくる。さらに、歩けば、風は叩き付けるようになってきた。 「ブリザードになってきたな。ホワイトアウトだ。先が見えないぞ」 羽鳥がそうつぶやく頃には、辺りは真っ白で、近視の羽鳥はすでに風の強さで眼鏡をはずしており、ぼくらの動きについてきているだけだった。 辺りは風に煽られ、雪で視界が遮られる。もし、もっとも過酷だとするなら、嵐などではなく吹雪の方がより生存の可能性を奪っていく。 裕子の小さな悲鳴でぼくは振り返る。雪が積もっている深みに足を取られている。 羽鳥とぼくは、裕子に駆け寄ると、連携して二人で引き上げる。裕子の肩にすべりこみ、支えがわりにした。 小屋が見えていたので、吹雪の中を、慎重に一歩一歩踏み出しながら進む。 風の抵抗にあいながら、やっとの思いでドアノブに手をかけると、息を切らしてなだれ込むように中に入った。 ぼくら三人がわけもわからず、床に座りこけると、ぼくだけが這うようにしてドアを閉めにいく。服についた雪が散らばった。 「まるで、監獄だな。極寒の吹雪の中を歩いてくるなんて、尋常なことじゃないぜ」 羽鳥は、相変わらず嫌味だが、目元が笑っているので、冗談めかして云っているのがわかる。 「二人とも、ごめんね。足を引っ張っちゃって」 裕子は、自分の失敗を恥じているようだった。 「裕子は、気にすることないぜ。もともとは、こいつがここに来ようなんて云いだしゃあしなけりゃ、俺らはもっと楽できたんだ」 ぼくは、その言葉に憤りと、事実こんな目に合わせた情けなさで、寡黙になっていた。その場を立ち上がる。 「西田くん、どうしたの?」 裕子が心配そうに見上げた。 「なんか暖が取れるものがないか見てくるよ」 「じゃあ、わたしも一緒にいくわ」 裕子も立ち上がると、ぼくの後についてきた。 玄関上がってすぐが人が寝られるだけのリビングになっており、奥に小さなキッチンがあった。 ぼくと裕子で何かないかと戸棚を開けていく。 「ねえ、これを見て」 裕子がシンク下の戸棚を開けて、かがみこんで何かを見つけた。 ぼくが近寄ると、裕子は目の前のものをぼくに見せた。 「そうか、練炭が置いてあったのか」 練炭ストーブと練炭の小山、新聞紙とライターが置いてあった。 「よかった。誰かが用意してくれてたのね」 ぼくは、練炭ストーブを引き出し、裕子はその他のものを新聞をトレー代わりにして運び出した。
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