Re: 新歓と書いて、三語と読め ( No.1 ) |
- 日時: 2011/06/05 00:40
- 名前: 白熊 ID:EaPT1.Ws
竹林にぽつぽつと雨が降る。 和傘を差して、着物姿の小梅はバス亭に佇んでいる。 待つこと長く、雨音と揺れる竹林のざわめきだけが心に響く。 小梅はざぁざぁという音が心地よく、不思議と待ち続けることは嫌いでない。 バスがやってきて、ヘッドライトが無感動な小梅の表情を照らす。 一人の学徒服の美少年が降りてくる。 バスがゆっくりと、泥の跳ねないように去ってゆく。
「お待たせ、悪かったね、出迎えなんてさせて」 「いえ松風様、だって……」 小梅は、松風と呼ばれた学徒に寄り添い、傘のうちに招き入れる。 そして接吻を、唇にする。ちょっとだけ、背伸びして。 松風は思わず驚きあとずさって、小雨に濡れる。 「小梅、いきなりなにを」 「ずっと会えないことが寂しくて、つい……我慢できなくて」 「……すまない、小梅。まずは家に案内してくれ」 「はい、松風さま」 小梅は傘を松風に預けると、その隣に寄り添い、自宅へと雨にぬかるんだ道を歩んだ。
衣服を囲炉裏で乾かしつつ、お茶を炒れる。古い民家に住んでいる小梅はその生活に不自由を感じつつ、適応している。 「松風さま、お茶どうぞ」 「ああ、あたたまる、かたじけない」 小梅も胡座に正座すると、囲炉裏を挟んでふたりはゆっくりとくつろぐ。 「あの、竹美さんとは仲良くやってらっしゃいますか」 「ああ、おかげさまでね。本当は魔法使いの家系を残すための血統優先の縁組、お互い顔を会わせて三日で結納をあげたわりに、落ち着いたものだよ。竹美は……僕の妻にはもったいないくらい良い子だよ。才能もあり、血筋もよく、気立ても良い。半年経つけれど未だに、愛しきれてはいないけれどね」 「存分に愛されても、いいんですよ」 「僕は甲斐性なしでね、割り切れないんだ」 「遠慮なさらずに。私は……二号ですから」 「小梅、僕は君のことを一番愛している。だけど、竹美のことを少しずつ、愛し始めてもいる。いつか君より彼女が大切になる日が訪れることを恐れているんだ。こんな男に、どうして尽くせる」 「私は……あなたと出会った時から、そして恋した時から覚悟はできていました。分家の生まれで、魔法の血統も近く、血を遺すに相応しくないことは分かっていましたから。それに家が近くなければ、幼馴染として幼少を過ごすことはできませんでした。あなたが化生を怖がって厠にもいけなかったことなんて、竹美さんは知りませんし、私には私だけのあなたが居るんです」 「む、昔のことだ! 」 松風は思わず頬を染め、茶の湯が勢いで少々こぼれた。 その後も昔のことをすこしだけ語り合って、談笑をつづけた。せつなく侘しく、甘くほろ苦い一時を。 「……小梅、それで化生はどこに化けて出た」 「はい、あの竹林の奥深くにある古屋を根城にしています」 「雨が上がったら仕掛ける、支度を済ませよう」 松風は囲炉裏を立ち、障子を開くが、小雨はいつまでも止む気配がない。 陰のある声で、小梅がつぶやく。 「雨は……もうしばらく止みませんよ」 「……魔法を使ったのか」 「もうすこしだけ、あなたと一緒に居たくて」 「……いたちごっこだ。同じ水の魔法の遣い手で、そして本家の僕の手に掛かれば、こんな魔法はすぐにおしまいだ」 「……私はいつまでたっても、あなたにとっては魔法を使えるだけの少女ですか」 「ああ、魔法使いの僕に言わせればね。専門家とはいえない。けど――」 手を天にかざして、松風は雨天に問いかける。 「まさか、はじめっからこの雨は君が降らせていたとはね」 「だって――あなたと相合傘をしたかったから」 小梅は松風のそばに寄り添い、天に手をかざす。 不思議な光と共に、雨が止んでいく。 「いきましょう」 「いいのか」 「せめて化生を早く倒して……今夜はふたりでゆっくりとしたいですから」 小梅は和傘を手にすると、水溜りの点在する庭へ出でる。 和傘を開くと、その内側には魔法の文様が幾重にも刻まれている。小梅が杖の代わりにしている得物なのだ。 「雨はなくても、日傘にはなりますから、相合傘もまだできますし、だから」 小梅はくいくいと、晴れ渡るようなはにかみ笑顔を浮かべて、手招きする。 「松っちゃん、昔みたいに手ぇつないでいこ! 」
-fin-
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